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異世界たちと探し人  作者: みあし
三章 金時星編

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XVIII 首謀者の告白  

 

 乱れた赤髪。青白い肌。少し汚れた入院服。

 血だらけで倒れている人の特徴は、ハスキに似ていた。いや、ハスキだった。血の気の抜けた顔が、彼女そのものだったのだから。


「え、あ、は?な、なん」


 呂律が回らない。心臓がバクバク言って止まらない。手がガタガタ震えてまともに動かない。


 だっておかしいだろう。なんでハスキが血だらけになって倒れている。なんで死んでいる。なんで、なんでなんで。


 シャットアウトするゆづりの思考と四肢。しかし、それでも視覚だけはしっかり動く。目だけは淡々とハスキの状態を頭に伝える。


 この大量の血は彼女の首から溢れている。彼女の手には大きなガラス片が握られている。首の傷は何かに刺されたような跡が残っている。ガラス片には血がベットリと付着している。


 何故彼女は死んだのか。彼女が首を切ったから。

 どうやって彼女は死んだか。近くに落ちているガラス片を使って。

 誰がやったのか。それは、おそらく。


「自殺だね」


 パンク寸前のゆづりの頭に、結論が混じる。

 在監者だ。ゆづりがゾッとして顔を上げれば、彼はいつの間にか歩み寄ってきたらしい、ゆづりのすぐ隣に立っていた。そして、目の前に死体があるとは到底信じられないような、愉悦を含んだ笑みを浮かべている。

 

「まさか……」


 その微笑みに気づいた瞬間、ゆづりの全身から血の気が引いていった。それと同時に体の芯が一気に引き抜かれ、意識がフラフラと遠ざかる。


 嘘だ。いや、嘘じゃない。もう間違いないだろう。

 ハスキをこんな目に合わせたのも、在監者の仕業だ。


「彼……か…?」

「ん?」

「彼女に、何をしたんですか…?!」

「特に何もしてないね。お嬢ちゃんにやったことと同じことをしただけだよ」

「は…」


 在監者がゆづりにしたこと。それは、ゆづりに悪夢を見せ、精神を破壊したこと。確かに地獄を見せられたが、ゆづりは死ななかった。いや、死ねなかった。あの世界で、ゆづりは何も出来なかったのだから。


 どういうことだと固まるゆづりの疑問を、在監者は察したらしい。なるほどねと一人呟くと、ハスキを抱き上げて彼女の虚ろな顔を見せつけてきた。


「君はあの空間で自殺は出来なかっただろうけど、このお嬢ちゃんは違う。あの世界でも自分で好きに動けるし、喋れるんだ。君と違って普通の人間だからね」

「フツーの人間…」

「そうそう。だから、あのお嬢ちゃんは、時計の世界で体験したものに対抗することが出来たんだよ。自分の行動を変えて、相手の行き先も変更させて…ってね。でもまぁ、全部失敗して挫折するようになっているんだけどさ」


 在監者は明け透けに口を回す。全く受け入れられない話にゆづりが我を忘れていることにお構い無く、ひたすら喋る。己の人道外れた行いと、その結果を、一人歌うように。


「人は何回も失敗すると心が折れるでしょ?そして、最終的には逃げるんだ。その最終手段が自殺だね。ほとんどの人がこの末路を辿る。このお嬢ちゃんも一緒さ。ふふ、ありきたりな結末だよね。だからこそいいんだけどさ」

「………」

「ちなみに、君の時計が壊れてあの世界から抜け出せたのも、あのお嬢ちゃんが死んだ時の血が君の時計にかかって、壊れたからだろうね……って聞いてる?」

 

 彼の言葉が耳に入ってこない。いや、ちゃんと聞こえてはいるのだ。しかし、頭が聞こえたものを拒んでいる。シャットアウトしてしまっている。


「……んで」

「ん?」

「な、なんでそんなこと、するんですか」


 だって、意味が分からないだろう。

 人にトラウマを何度も見せつけて自殺させる。そんなことをする必要も、意味も、理由も、何もかも分からない。理解できないのだから。


 ゆづりの心からの当惑に、在監者も気味が悪いことに不可思議そうな反応を見せる。しかし、すぐに呆れたように答えを示した。


「楽しいからに決まってるでしょ」


 彼はまるで簡単な質問を生徒から聞かれたように、簡素で分かりやすく、その上相手を安心させるように笑いながら答える。


 しかし、その答えは到底ゆづりの理解に及ばなかった。混乱している頭に更に訳の分からない説明をされたようなものだ。思考はピタリと止まり、眉間にいくつもの皺が寄る。

 在監者はそんなゆづりを見て、すぐに自分の説明を理解してもらってないと悟ったらしい。近くにある棚に腰を預けると、身振り手振りを加えて話し出した。


「お嬢ちゃんは映画とかドラマとかで見ないとかな?恋人が病気で死んで悲しいとか、冒険を共にした仲間が死んで辛いとか、家族が殺されて腹が立つとか。よくあるよね。ありきたりだよね。今も昔も腐るほど見つかるよね。まぁ、多分これからも増え続ける。何故だか分かるかい?

 それはね、人は人が死ぬ姿、死に際の姿を好むからだよ。

 人は人が死ぬところを見るのが好きだ。だから誰もがみんな人を殺したいと思っている。でも実際に人を殺すと法律に引っかかるだろ?ほら、人を二、三人殺すと死刑になるってよく聞くし。困るよね。これじゃあ満足に人を殺せない。それじゃあどうやって多くの人を殺そう。警察にバレずにやるか?でも、それだと人の目を気にしなくちゃいけないから面倒だ。好きな時に好きに人を殺せないのもイライラする。

 ならどうするかっていうと、嘘の世界で人を殺そうってなるんだ。作品の中なら何人人を殺しても許されるだろう?戦争を起こそうとデスゲームを主宰しようと、何もしようと許される。人の死を味わうには偽物の世界で我慢するしかないんだ。だから、死を扱った作品は永遠に増え続ける。みんなそれで忍ぶからね。

 でも、自分はそんなのじゃ物足りない。だって、ニセモノの死なんて死じゃないだろう?この手で実際に命を奪ってこそ、壊してこそ殺人は楽しいものなんだ。だから、自分はちゃんと生きている人間を殺したかった。方法は自殺に追い込むことしか見つからなかったけど、まぁそれでも楽しいよ。映画や本を読むより遥かにね。というか、自分はそれで満足するしかないし。人を傷つけられない神になんかなっちゃったからさ。

 長々と話したけど、「なんで人を殺すの」という疑問に対する答えは簡単だよ。人を殺すと楽しいから人を殺す。人を殺すと気分が良くなるから人を殺す。人を殺すとスカッとするから人を殺す。他の人は紛い物の死でも我慢できるみたいだけど、自分は無理だから生の人を殺してる。それだけの話だよ」


 怪物だ。

 この人は少し変わっているとか、拗らせているとか、そういう浅いレベルの人間ではない。人間の根っこの部分からひん曲がった、人間の形をしているだけのナニかだ。


 全ての人間は尊重される。人の嫌がることはしてはいけない。人はみんな幸せになる権利がある。

 そんな誰もが持っているありふれた道理と、彼は自分の欲望でしかない「人は人殺しを楽しむ」を同列に見做しているのだ。


 だからこの人に殺人はいけないことだ、みんな人殺しなんて好んじゃいないと反論しても意味はないのだろう。

 ごく普通の善人に、人はみんな不幸になるべきだ、人は死を楽しむべきだと説くようなものなのだから。


「どう?分かったかな?」


 在監者はたった今自分がとんでもないことを口走ったという自覚がないのか、相変わらずニコニコと口許を緩めて、友好的に微笑んでいる。

 そんな彼の顔を殴る人もいるだろう。ふざけるなと怒鳴りかかる人もいるだろう。


 しかし、今のゆづりに自然と怒りはなかった。それよりも失望と恐怖が勝った。

 この人はこんな人だったんだなという途方もない失望と、もうこんな人とは関わりたくないという軽蔑が、ゆづりの全身に巡り、気力をことごとく奪い去っていた。


「…はい。分かりました」


 ゆづりは相手を刺激しないように、彼の意見を肯定する。同時、足をしっかりと動かしてジリジリと後ろに下がった。


 逃げよう。一刻も早くここから出よう。どう足掻いてもゆづりがこの怪物をどうにかすることは不可能なのだから。根底から外れている人の説得なんぞ成功するはずがないのだから。


 そんな無謀なことをするよりかは、一刻も早く彼を制圧できるであろう、ノアや桃といった戦闘のプロを呼びに行った方が良いはず。

 

「じゃあ…私は予定あるんでこれで……」


 ハスキを置いていくことに罪悪感はある。しかし、死体だけなら正直いつでも回収できる。だから、今は許してくれ。必ず戻ってくるから、どうか今だけは。


 そう謝りながらゆづりは、在監者の腕の中にいるハスキから目を逸らし、部屋を出ようとしたのだが。


「ぁ……」


 ふと、小さな呻き声がゆづりの耳に届く。刹那、ゆづりは間髪いれずに後ろを振り返った。


「ハスキ!」


 在監者の腕の中、血塗れのハスキの手が少し動いていた。そして、彼女の影を落とした橙色がゆづりを見据えている。アタシはまだ生きている。だから、助けてくれと訴えているように。


 彼女からのメッセージに気づいた瞬間、ゆづりは踵を返す。そして、ガラスだらけの床を蹴り上げて在監者に飛びかかった。


「おっと危ない。急にどうしたのさ?」


 ゆづりの急な襲撃に在監者は揺らぐことはない。相変わらずピエロのようにヘラヘラした面でこちらを見下ろし、手慣れた様子でゆづりの顔を蹴り飛ばした。

 

「いっ…!」


 顔を蹴られた。無論、痛くはない。

 しかし、体は衝撃のまま後ろへ押し出され、ドンと鈍い音を立てて壁にぶつかる。その拍子に壁についていた時計が床に落ちて、粉々に砕けた。


 鋭利なガラス片が背中を貫き、剥き出しの足を引っ掛けていく。おそらくゆづりがこの奇特な体で無かったら、今頃あちこちから血を流し痛みに悶えていただろう。

 それくらい蹴り飛ばされた衝撃は強く、在監者は非情だった。


「…っくそ…」


 しかし、ゆづりはこういう輩には慣れている。暴力にも不条理にもこの体に染み付いている。


 だから、ゆづりは躊躇いなく破片の湖に剥き出しの掌を乗せると、再び立ち上がった。そして、近くにあったパイプ椅子を掴むと、在監者の足へ投げつける。


 道具を使うなんて卑怯だとは思う。しかし、ゆづりは力なんてまるで無い、ただの女子中学生だ。そんな自分が、目の前の成人男性に殴り合いで勝てるわけがない。この殺人鬼に素手で敵うはずがない。

 

「うお、物騒だね。怖いな」


 ゆづりの必死な攻撃に、在監者は怯むことも受けることもない。彼は淡々と迫るパイプ椅子を蹴り飛ばすと、床に叩きつける。その動きは喧嘩慣れしていて、普段の穏便さの欠片もなかった。


 おそらくゆづり一人で彼に勝つことは出来ないだろう。

 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。ハスキをここに連れてきたのはゆづりだ。金時星に行くなと言われていたのに、たいして警戒しなかったのはゆづりだ。


 ハスキをここまで追い詰めた根本の原因は、ゆづりにあるのだ。だからゆづりには彼女を助ける義務がある。まだ助かる見込みがあるなら、手を差しのべる道理がある。


「そろそろしつこいね」


 何度も飛びかかってくるゆづりに、在監者は痺れを切らしたらしい。彼はゴミでも捨てるようにポイとハスキを背後に投げると、空いた手でゆづりの首を鷲掴む。そして、ゆづりをドンと力強く床に押し倒し、無防備に空いた彼女の腹に腰を下ろした。


「離し…!」

「ハイハイ、良い子だから大人しくしててね」


 在監者は片手でゆづりの首を絞めたまま、反対の手で自分の胸ポケットを漁る。

 そして、ゆづりを地獄のような世界に連れ差った、あの懐中時計を取り出して見せた。


「お嬢ちゃん、もう一回あの世界に行ってきなよ。まぁ何が起こってもお嬢ちゃんは死なないから、意味はないけど」

「は……」

「でも、体は死なず精神だけが死んだ人間も、そこそこ面白そうだと思うんだ。ね?」


 在監者はニッコリと笑みを浮かべる。

 そこには人を傷つけてやるという悪意も、徹底的に嫌がらせをしてやるという邪悪さもない。あるのは、まるで初めての理科の実験にワクワクするような、そんな小学生のような無邪気さだけだった。


「ば、ばけもの…」


 害意が一切ない、純粋無垢な暴力。それに呆気に取られたゆづりは言葉も手も出ないまま、時計に意識を奪われ…


「警告。娘、距離、撤退」


 ることはない。

 ドンと乱暴に廊下と繋ぐ扉が開け放たれた音と共に、低い声がしたのだ。そして、薄暗かった室内に目映い光が差し込んでもくる。


 その変貌に誘われた在監者はゆづりから意識を逸らし、下にいたゆづりもゆっくりと目を開ける。

 すると、白い廊下を背景に、シンギュラリティがこちらに拳銃を向けていた。

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