XXII 作戦実行
作戦会議をした翌日、ゆづりは朝日と共に中継場へと舞い降りた。
そして、眠い目を擦りつつ宇宙空間部屋に出れば、もう既に桃とイルゼの姿があった。
どうしよう。少々遅れてしまっただろうか。
ゆづりは怒られるかとヒヤヒヤしつつ二人に駆け寄る。すると、イルゼの「いい加減にしろ!」という怒号が、ゆづりの耳をつんざいた。
「貴様なんて汚い食べ方をするんだ!それでもヒトか?!まるで獣じゃないか!」
「ん、正解。桃はヒトでもあり獣でもある…わ、これうま」
「こら!クリームを服で拭うな!汚いだろうが!」
「は、うるさ。めんど。だる。うぜ。死ね」
「貴様!今なんと言った!」
どうやらイルゼは遅刻したゆづりではなく、桃に怒っているらしい。目を釣り上げ、目の前にいる桃に怒鳴っていた。
そのことにゆづりはホッとしつつ、桃へと視線を送る。すると、彼女は手でケーキを握り潰して、次々に口に放り込んでいた。その際に、クリームが飛んだのだろう。机には至るところにクリームが飛んでしまっており、散々なことになっている。
「こら!ここにも跳ねているだろうが!」
「げ、うるせー」
気ままに生きている桃と、几帳面なイルゼ。
予想通りと言うべきか、馬が合わないようだ。ゆづりが険悪な空気の二人を遠くから見守っていた最中、不意に桃がこちらに尖った瞳孔をこちらに向けてくる。そして、ピョンと椅子から飛び降りると、ゆづりの方へ駆け寄ってきた。
「や、アイツうるさい。何とかしろ」
「え、えぇ……」
桃はドンとゆづりの背中を足で蹴飛ばす。その拍子にゆづりはバランスを崩して顔面から床に突っ込みかけたが、呆れた様子のイルゼに首を捕まれ事なきを得た。
「貴様がこの竜の親か?一体どういう躾をしているんだ」
「ち、違います。赤の他人です」
「え、赤の他人なの」
「いや、まぁ、そんなことはないのかもだけど」
桃は全く知らない人ではない。が、彼女の生き様に関しては一切ゆづりは関与していない。桃の天然ものだ。
桃のジト目とイルゼの不可思議そうな目が、ゆづりの頬を抉るように刺さっている。その緊張感ある視線にゆづりが顔を引き攣らせて困っていれば、ふと背後に気配が迫った。
「や、いたっ!」
「おい、何をする?!」
「只、挨拶」
振り返れば、そこにいたのはシンギュラリティだった。
彼女はいつの間にか、ここに足を運んでいたらしい。桃とイルゼの髪を真顔で握りしめて突っ立っている。
「話、有。傾聴?」
「は、はい」
有無言わせぬシンギュラリティの声に、ゆづりはともかく、桃とイルゼも素直に口を閉ざす。
すると、シンギュラリティは二人の髪を解放し、空になった手を宇宙が広がるガラスへと向ける。刹那、透明だったガラスに映像が浮かび上がった。
「貴人依頼、『在監者確保』又『金時計奪取』」
「きんとけい…?」
在監者確保はともかく、後者は知らない単語だ。ゆづりが首を傾ける傍で、イルゼと桃も不可解そうな顔でシンギュラリティを見つめている。
「金時計、金時星骨格。数多時計統帥、支配」
「……時計を纏める大事な時計ってこと?」
「肯定。金時計、『在監者』、起動不可。『創造者』、一人、使用可能。使用後、八星時空、逆流。八星混乱、無存在」
「へぇ…」
金時計とやらは、神には使えず、創造者のみが使えるもの。それでいて、現在は使用できない他の時計と比べて機能が優れており、この騒動を何とかできる力もある、といったところだろうか。
シンギュラリティのたどたどしい口調では仔細は理解出来ないが、とりあえず、金時計を回収してくればいいということを覚えて置けばいいだろう。
「ふーん。で、その金時計っていうのは何処にあんの」
「『在監者』、保有」
「あの男が持っているのか」
「肯定。『在監者』体内。予測、心臓付近」
「えっ」
金時計は在監者のポッケの中に入っているとかではなく、彼の体の中にあるらしい。
そんなもの、どうやって奪えばいいのだろう。疑問に思ったゆづりはシンギュラリティを伺う。しかし、桃とイルゼは勝手に納得したらしい。軽く頷いていた。
「なるほど。結局やることは一つか」
「ん、在監者を殺す」
イルゼはクルクルと糸を指で絡め、桃は握り締めた拳を掲げる。
まるで人殺しをちょっとした任務としか思っているかのような、あっさりとした態度だった。
「在監者のこと殺すんですか?」
「え、違うの。殺せば時計奪えるじゃん」
「あぁ。死体から時計を取り出せば済む話だろう」
「それはそうですけど…」
言っていることはごもっともだ。
だが、ここまで軽く殺害を決めてしまってもいいのだろうか。他にどのような手段があるか吟味しないまま。
ゆづりが複雑な心境に顔を歪めれば、イルゼが「まぁ」と少しこちらに歩み寄るようにため息を吐く。
「貴様の躊躇いは分からなくはない。が、殺さないなら、どうするつもりだ。あんな好き勝手暴れているやつが、私たちに大人しく制圧されるとでも?」
「そ、それは……」
ここで在監者を説得できる、言葉だけで改心させられると言い切れれば良かった。
しかし、そんなこと口が裂けても言えない。化物じみた持論を振りかざすあの神を、ゆづりごときが懐柔できるわけがない。
やはり、殺さないといけない人もいるのだろう。姉を守るために、ゆづりが父を殺そうとした時のように、一戦を越えないとどうにもならない人はいるのだ。
「譲渡」
ゆづりら三人が方針を定めたのを見計らって、シンギュラリティは机の上にアタッシュケースを広げる。すると、中には三つの拳銃が厳かに並んでいた。
「これは…」
「銃。神、殺害可能」
シンギュラリティが在監者に向けて発砲した、あの銃だ。
不死である神を傷をつけ、死に至らせることも出来る、法外な武器。どうやらシンギュラリティは、これを携帯していけと言っているらしい。
「ん、あんがと」
「受け取ろう」
物騒なものを手にすることに恐れるゆづりを差し置いて、二人は流れるように銃を受け取る。そして、使い勝手を確かめるかのように、引き金を引こうとしたり、何発玉が入っているのか確かめたりしていた。
残されたゆづりも、置いていかれないよう箱の中にある拳銃に手を伸ばす。
しかし、シンギュラリティに「静止」と手を掴まれた。
「貴人、他銃、譲渡」
「……これは?」
「麻酔弾。気絶用。殺害不可能」
シンギュラリティは神を殺せる拳銃を遠ざけ、新しい拳銃をゆづりに示す。先程の拳銃と比べて、少し小柄で色が薄いものを。
「此銃使用後、『在監者』身柄拘束。連絡。当機出動」
「……私がこの銃を使って在監者を寝かせたら、シンギュラリティが来てくれる」
「肯定」
どうやら在監者を殺害しなくとも、シンギュラリティが何とかしてくれるらしい。殺さなくとも構わないのなら、殺さない方がいい。素直に受け取っておこう。
ゆづりはシンギュラリティに「こっちの銃を貰う」と告げ、麻酔弾の入った拳銃と彼女を呼ぶ用の通信機を手に入れる。
「じゃ、行こ」
「あぁ」
早速、桃とイルゼが動き出す。二人とも喧嘩早いから、こういう時の行動力は凄まじい。ゆづりも取り残されないよう駆け足で追いかける。
「なんだこの部屋…汚いな」
素早く金時星の部屋に入っていった桃とイルゼ。すると、すぐにイルゼの嫌がっている声がゆづりの耳に届いた。
まぁ、それもそうだ。この部屋の壁に多くついている時計の大半は壊れ、凄惨な状態になっている。床はガラス片やハスキが流した血やらで埋め尽くされている。
綺麗好きのイルゼにとっては地獄のような空間だ。
「早く此処を出たいところだが…貴様らは在監者の居場所に心辺りはあるのか?」
「ん、ない」
「私もないです」
ゆづりは在監者のことなんてほとんど知らない。過去を見たいと思った時以外、金時星にも行っていなかったし、彼と仲良く雑談をした記憶も薄い。だから、彼が今どこで何をしているかなんて、知るよしもない。
「え、君も知らないの?度々アイツと話してたでしょ」
しかし、桃はゆづりから芳しい言葉が貰えないことが気に食わなかったらしい。何か言えと云わんばかりに、ゆづりの頬を両手で潰してきた。
このままだと殴られる。本能的に悟ったゆづりは、恐怖心から「そういえば」と口を開いていた。
「人を殺すのが好きだって言ってたよ。あと、人が死ぬところが好きだみたいなことも言ってたような」
「ふーん。悪趣味」
桃は嫌悪感からか露骨に顔を歪める。すると、イルゼが呆れたように桃のことを見下ろしていた。
「なんだ、貴様でもアイツの気持ちは分からないのか」
「は?」
「貴様も人をいたぶるのが好きなんだろう。なら、あの男のことも理解出来るのではないのかと思っていた」
イルゼは軽蔑を隠さぬ眼差しを桃に向ける。すると、桃は暫し呆けた後に、「や、違う」と頬を膨らませた。
「桃とあんなヤツと一緒にするな」
「気を害したか?悪口を言ったつもりはなかったが」
「うぜ、黙れ、死ね、殺す」
「ふん。やってみろ」
イルゼが挑発的に口を歪めれば、桃はダラリと垂らしていた尻尾を振り上げる。そして、辺りの時計を巻き込んで、イルゼの横面へ暴力を叩き込んだ。
ガシャリと派手な音を立てて割れる時計。ドンと地震が直撃したかのように震える部屋。ゆづりの頬を撫でるガラス片交じりの風。
「ちょ、ちょ!ちょっと!」
勘弁して欲しい。こんなところで揉めている場合ではないのに。
ゆづりは二人を諌めようと手をのばす。しかし、戦闘なんぞからっきしのゆづりがこの喧嘩を止められるわけがない。次々と順調に時計は割れ続け、部屋はミシミシと軋んでいた。
「何事?」
しかし、理不尽に始まった喧嘩はあえなく終幕する。
騒動を聞き付けたのであろうシンギュラリティが、こちらに向けて銃を発砲したのだ。
「時間、皆無。喧嘩、暇無」
「や、先にコイツが手出した」
「たわけ。先に暴れだしたのは貴様だろうが」
桃とイルゼは我に帰ったのか、殴り合いは止める。が、仲直りはしない。今度は口先での喧嘩に移動していた。
この調子だと、また何処かで揉めそうだ。ゆづりがげんなりした顔で二人を見つめていれば、シンギュラリティが「貴人、言伝、有」とゆづりの腕を掴んできた。
「金時星、中継場。ルタン公園。公園、時計台有。時計、秒針十二、接触」
「ルタン公園にある時計の秒針が十二を指したら、時計台に触れればいい」
ゆづりの再度の確認に、シンギュラリティは「肯定」と頷く。
刹那、ドンと力強くゆづりの腕を引き、金時星へ落下させた。
ゆづりは姉のことになると価値観が狂いますが、他のことに関しては常識人です。




