●とある写真家の憂鬱8
まさかオフィスに案内されるとは想像もしてなかった。
五分ほど歩き、綺麗な外観のビルに入ってゆく。
通りに面した外壁は全面ガラス張りで、各階の窓の下半分はオフィスや店舗の名前が書かれたパネルが付けられている。会社や塾などが名を連ねる中、フォトグラファーサイト「o-ishi」の名前があった。
オフィスのある階に上がり、常に開け放たれたドア枠をくぐる。
「ここがオフィスだよ」
そこには、幾つかの事務机とガラス張りの壁で仕切られた部屋が飛び込んできた。
「お疲れさまです。お客様ですか?」
「いや、私の写真仲間だよ」
「そうでしたか。はじめまして、掛合淳と申します。ここで働いていますが、一応写真を生業としています。よろしくお願いします」
「はじめまして。私は浜田マユと申します。よろしくお願いします。アマチュアですけど写真家として個展を開いたりしています」
自己紹介をすると、掛合さんの顔が変わった。
「そういうことですか。大石さん、浜田さんの個展を見に行ったでしょう?あれほどスカウトはしないように注意したのに」
「私は何もしてないさ。マユさんからアプローチがあったんだから」
「そうなんですか。それは失礼しました」と軽く謝罪した。
「そんなことより、ここの紹介をしてくれないか?」
大石さんは掛合さんに説明するように指示した。
「わかりました。ここはフォトグラファーサイトといって、写真家が活動の拠点にしたり、交流をしたりできるスペースなんだ。奥に透明な部屋が3つあるんだけど、そこでは個展だったり、ワークショップを開いたりできるんだ。利用登録しておけば、年会費だけで追加料金がいらないから便利なんだ」
「こんなものがあったんですね」
もっと早く知りたかったと思った。デパートの空きスペースがいくら安いとはいえ、回数を増やせば増やすほど費用は嵩む。
「まぁ、あまり知られてなくて個展とか開いても人が集まらないんだけどね」
それを聞いた大石さんがいきなり話を始めた。
「ここは私が設立したから、私の事務所も兼ねてるんだ。私の事務所に所属している写真家たちの拠点としても使っている。と言っても三人しかいないんだが…」
聞かせたくない情報から話を逸らそうとしたのだろう。しかし、意味がなかったようだ。
「それって、弟子みたいなものなんですか?」気になっていたことを尋ねてみた。
「そんなのじゃないさ。少し世話を焼いてるだけだよ」
「具体的に何をするのですか?」
「興味、あるのかい?」
掛合さんの方を気にしながら訊く。
「少しだけ……」
それにつられて、遠慮がちに答えた。
「へぇ~」
大石さんを睨みつけながら、大げさに反応してみせる掛合さん。
大石さんは「私は何も言ってないからね…本当に……」と掛合さんを説得する。
私は正直な思いを伝えてみようと思った。そうすれば、自分の意志でここに来たと分かってもらえると考えた。
「私、ひとりで活動してきたんですけど、実感が湧かないし、仲間なんて全然できないから、本当にこれで良いのか分からなくて……何かを変えたいと思う自分と、今のままがいいと思う自分がいて、先の見えない写真家としての道をどう歩んでゆけばいいのかが分からないんです…そんなとき大石さんと出会ったんです」
「そうですか……要するに方向性が見えないっていうことですか……こんなところじゃ、答えが見つからないかもしれませんよ?それでもここが良いんですか?」
掛合さんが訊く。
「見つかると思います……というか見つけ出します!」
別に大石さんの下で活動したいわけではなかったが、気づいたらそう答えていた。
こんなに必死になったのは何年ぶりだろうか。
「そうですか。どうします?大石さん」
「当たり前だろう。歓迎するよ。活動自体を変える必要はないから、自分の思うような活動をしてみるといい。まずは、仮登録って形でいいかな?お試し期間ってやつさ」
「はい!」
素直に嬉しいと思った。これも何年ぶりだろうか?
「改めて、よろしく。浜田さん」
「よろしくお願いします。掛合さん、大石さん」
「あぁ。さて……話の続きでもしようかな-」
こうして、成り行きではあるが大石さんの事務所に所属することになった。
予想外の展開ではあるが、ここをスタートにして新たな道を歩いてゆこうと決意した。




