●とある写真家の憂鬱6
去り際に大石と名乗った男性は、名の知れた写真家だと分かった。
「マユちゃんのところに来たのかい?」
「はい。結構、定期的にいらっしゃいます。気になって先日、名前をお聞きしたら・・・」
「あの人はプロアマ問わずに、写真と名の付くものなら何でも興味を持つことで有名なんだ。だけど、まさかマユちゃんのところに来るとはなあ」
写真屋のおじさんはびっくりしていた。
近々、大石さんの写真展が開かれるとおじさんから聞いた。これも何かの縁。大石さんのことを知っておきたいと思い、スケジュール帳にメモした。
それから数日後、夏らしい入道雲が浮かぶ空を見上げながら歩いていた。汗だくになってたどり着いたのは知り合いが主催するホームパーティの会場。
大石さんと共に仕事をしたという人が居るらしい。
「いらっしゃい」
迎えてくれたのは高校時代の級友。現在は結婚し主婦をしながら、文化教室の運営に携わっている。実際に会うのは大学生の頃以来だ。
「久しぶり。まさか、こんなに早く結婚するなんてびっくりしたよ」
「あんたも早く見つけないと手遅れになるわよ」
「はいはい。で、大石さんと親しい人って来てる?」
適当にあしらい本題に入る。
「あそこにいる山川さんよ。大石さんが所属していた写真家集団で一緒に活動していたんだって」
彼女は辺りを見回して、ある男性を指した。四十代くらいの優しそうな人だった。
「一応、名の知れた写真家さんだから、いろいろ話を訊いてみたら?」と助言された。
「はじめまして。私は浜田マユと申します。」
「話は伺っております。山川俊郎です。よろしく」
名刺を手渡された。
「こちらこそよろしくお願いします。急なお願いで申し訳ありませんでした」
「いや、パーティには顔を出さないといけないと思っていましたから」
見た目通り、優しい雰囲気を醸し出している。
「あの・・・大石さんはどんな方なんですか?」
単刀直入に訊く。
「そうだねー例えるなら子供たちを優しく見守る母親・・・父親って言ったほうがいいかな。とにかく面倒見がいい。そして、分け隔てなく人を愛す。円も縁もない若手写真家を集めて写真家集団、《グラフクラブ》を設立したくらいだから相当だよ」
自分の子供のことを話すようなトーンで教えてくれた。大石さんの人当たりの良さを感じる。
「そうなんですか。私の個展にいつもいらっしゃるのですが、どういう意図があると思われますか?」
「本人じゃないから分からないけど、たぶん、あなたの写真を気に入ってるんじゃないかな?」
少し悩んで答えた。
「この間、私の写真は悲しそうな雰囲気だとおっしゃっていました」
その問いに思い当たる節があるような反応を見せた。
「それは『もっと視野を広げたらどうかな?』っていう意味だと思うよ。私は昔『君の写真は元気過ぎるほど元気だ』って言われたよ」
そう言った直後、真面目な顔になった。声のトーンを落として話を続けた。
「あの人は分け隔てがないけど、写真に関してはシビアなんだ。あなたの写真に伸びしろがあると見ていると思うよ。その気があるなら、あの人に弟子入りするといい」
意外な言葉が飛び出したため、どう返していいか分からず困った。
「えっ、いや・・・そうですか・・・考えてみます・・・」
「それじゃ、この辺りで」
声のトーンを戻して、話を終わらせた。
「あ、ありがとうございました!」
会話を終えて、級友に話しかけた。
「ありがとう。おかげでいろいろとお話を聞けました」
「お役に立てたなら、よかったわ。もう帰るの?」
「うん。私は部外者だし」
「関係なくても歓迎するわよ」
いつもニコニコしていて人を拒むことはしない性格の彼女。だからこそ、部外者の私がここに入れるのだ。
「でも、用事があるので・・・」
これからバイトがある。そうでなくとも遠慮したい雰囲気だ。
「あら、そうなの。それじゃ、またね」
残念そうに言った。ちょっと悪いことをしたかなと、気にしてしまう。
「本当にありがとう。それじゃ」と返事をして、その場を後にした。
まさか弟子入りの話まで来るとは思わなかった。だが、そんなことをしてまで写真家としての地位を築こうとは思わない。
そんなことより、大石さんと話がしたい。そればかりが頭にあった。




