●とある写真家の憂鬱5
翌日、デパートに行くと他の出展者が準備をしていいた。
「おはようございます」
挨拶をすると笑顔で返してくれた。ハンドメイドグループの方々は皆、50代から60代のおばあちゃんだった。いろいろと会話をしながら準備する姿は輝いていた。私もこんな感じで輝けているだろうかと考えた。
昨日壁に掛けた写真を眺めた。どれもこれもお気に入りの写真たち。撮った時の出来事や感情が思い出さなくても浮かぶ。
その写真のほとんどは、定期的に個展を開くようになる前のもの。元から写真に興味はあったため、当時の写真が多いのだ。
個展を繰り返し、ねぎらいの言葉も指摘の声も掛けられた。まだ少ないがファンもできた。それが間違いなくプレッシャーになっているように感じる。
自分の創作物を発信するだけならネット上でも出来るご時世。プロを志す理由を問われた時、相手を納得させる程の理由がある訳じゃない。
「あの・・・もうやってますか?」
前も来てくれたことのある顔見知りだった。
気が付けば、開始時間を過ぎていた。
「はい。どうぞ」その人を招いた。
早速、展示を眺めながら話し掛けてきた。
「新作はある?」
「これです」
指し示した写真はとある日の空。私がまだ学生だった頃に撮ったものだった。
「これはまた、悲しそうな雰囲気の写真だね」
「悲しそう・・・ですか」
「うん、とても・・・」
切なそうな顔をする。
「こういう写真しかないのかもしれません・・・色んな写真を撮ってきたはずなのに・・・」
「やはり、君の写真は悲しいイメージばかりだね」
そのあと、いくつかアドバイスをして帰ろうとした。名前も素性も知らない四十代くらいの男性は、いつもこんな風だ。
帰りかけた男性に問いかけた。
「あの・・・お名前は?」
「大石・・・と言います。あなたと同じ写真を愛するものです。ではまた」
そう言い残して、去っていった。




