第7話 雨がやむ前に。
六月も終わりに近づいたころだった。昼過ぎまで晴れていた空が、放課後になって急に濃い鼠色へ変わり、大粒の雨が降り出した。中等部の昇降口まで来たところで、朔は足を止めた。校庭の向こうが白く霞み、雨音は、さっき教室で聞いたときよりずっと大きくなっている。折り畳み傘なら鞄に入っているが、この雨の中を歩く気にはならなかった。
「これは帰れないね」
すぐ後ろから声がした。ひかりだった。鞄から折り畳み傘を出し、一度開きかけて外を見て、そのまま閉じる。二人で並んで、しばらく雨を見た。澪は委員会で、望は千夏と一緒に、降り出す少し前に帰った。聞かれる前にそう言うと、今ごろ後悔してそう、とひかりが言った。
「いいんじゃない。あいつらもたまにはそんな目にあった方が」
「……朔くん、今、すごい悪い顔したよ」
「してない」
また少し黙る。
* * *
自販機のところに行かない、とひかりが言って歩き始めた。渡り廊下の端にある自動販売機の並びの前で、ひかりは立ち止まった。
また迷ってるの、と声をかけたら、ひかりは、黙ってうなずいた。悩んだ挙句、レモン味の炭酸のボタンを押した。朔も適当に一本買って、近くのベンチに並んで座った。窓には、まだ雨が激しく打ちつけていた。
「朔くん、中学どう?」
「歴史の授業が面白いかも」
「そうなんだ」
「ひかりちゃん、最近は迷ってないの?」
ひかりは頬を膨らませて、まだ言うの、と言い返してきた。
「流石に、もう迷わないよ」
「じゃあ、中等部校舎どこ?」
「今いるじゃん!」
声が廊下に響いて、離れたところにいた生徒がこちらを見た。ひかりが口を押さえ、朔くんのせいだからね、と小声で言う。二人で小さく笑った。
「そういえば、この前の写真。忘れてくれた?」
「クリームのやつ?」
「……忘れて!」
「聞くから思い出すんじゃん。あ、あと髪が短かった写真も覚えてる」
「あれはルイーズが短くしていて可愛かったから。でも切ったら、思っていたのと違った」
「あれはちょっと似合ってなかった」
「自分でもそう思うけど、誰かに言われると腹立つなあ」
「面倒くさ」
「それ、澪にも言われる」
ひかりは少し黙ってから、朔くんって本当にいろいろ覚えてるね、と言った。
「別に覚えようと思って、覚えてるわけじゃないよ」
「……じゃあ、クリームの写真だけは忘れて」
髪を切った時のは覚えてていいんだ、と朔が言ったが、ひかりは何も答えずに炭酸を一口飲んだ。
* * *
雨はまだ降っていたが、向かいの高等部の校舎がはっきり見える程度にはなっていた。二人で昇降口まで戻った。
ひかりは持っていた傘を開き、朔も自分の折り畳み傘を出した。それぞれ、自分の傘の下で並んで歩いた。
「今日、結局何してたんだろ。一時間近く」
「雨待ってた」
「何話したっけ」
「知らない」
「私も覚えてない」
「じゃあ何で聞いたんだよ」
何となく、とひかりは言った。
角を曲がると、いつもの分かれ道だった。また明日、と言い合ってから、ひかりは数歩歩いて振り返った。
「朔くん。レモンのやつ、結構好きかも」
「……何の報告?」
「この前、無茶って言ってたじゃん。私が何好きか選ぶの」
朔は少し考えて、ああ、と言った。




