第6話 いつもの帰り道。
五月も半ばを過ぎたころだった。
「千夏、帰ろ」
終礼が終わるなり、望が鞄を肩にかけて誘ってきた。うん、と答えて千夏も鞄を取る。隣の席では、朔がまだ机の中をかき回していた。英語のプリントがないらしい。朝出してたじゃん、朔が出してたの私見たよ、と望が呆れる。千夏は黙って朔の机の下を指さした。一枚の紙が落ちている。
「あ。いつ落ちたんだろ」
「知らないよ」
しゃがんでプリントを拾った朔が、ありがと、と言う。どういたしまして、と返して、三人で教室を出た。
中等部の校舎を出たところで、声をかけられた。
「望、朔。それに千夏ちゃん」
振り返ると澪がいて、その隣にひかりがいた。学校に戻ってきてから一か月半。最初のころは廊下ですれ違うだけで周りの生徒がちらちら見ていたが、最近はもうそれほどでもない。澪の隣にいる姿も、すっかり馴染んでいる。
「コンビニ寄ってかない?」
そう言った澪に、望が、行くと即答した。千夏も行くと言い、朔も行くと言って、五人で校門を出た。
* * *
冷蔵ケースの前で、千夏がいつものペットボトルに手を伸ばそうとすると、その前に朔が一本取って差し出した。ありがと、と受け取ると、横にいたひかりが二人を見比べた。
「聞かないんだ。それでいい?って」
「いつもこれだから」
千夏が答える前に、朔が答えた。好きなの、とひかりに聞かれて、千夏は少し考える。
「だいたいこれです。選ぶの面倒なので」
「それ、好きとは違わない?」
「飲めればいいんです」
そうなんだ、と言ってひかりは冷蔵ケースに目をやった。
「……何飲もう。朔くん選んでよ」
「自分で選びなよ」
「千夏ちゃんのは選べるじゃん」
「無茶言うなよ」
朔はケースを少し見てから、炭酸飲めるの、と聞いた。ひかりが大丈夫、と答えると、ケースの中段を指差した。
「じゃあ、この辺」
「広い」
「だって、炭酸はこの辺だし」
大雑把だなあ、と言いながらひかりは結局、自分でレモン味の炭酸を取った。
* * *
店の脇にあるベンチに、五人は並んで腰を下ろした。澪と望と朔はアイスで、溶けるよ、ほら垂れてる、どこに、などと盛り上がっている。千夏がペットボトルのキャップを開けると、隣でひかりはもう炭酸を一口飲んでいた。当たり、と言って満足そうな顔をしてから、千夏の方を向いた。
「千夏ちゃん。朔くん、学校だとどんな感じ?」
「なんで千夏に聞くんだよ」
隣から朔が口を挟む。でも、ひかりは、本人以外から聞きたいの、と言って相手にしない。千夏は少し考えてから、よく物をなくすかな、と答えた。なくしてない、と朔が不満そうな声を上げる。
「多いじゃん。今日も英語のプリント探してたし」
アイスを食べ終わった望が割り込んでくる。あれは落としただけ、と朔が言い返すと、ひかりは笑った。
「昔と一緒だね。よくおもちゃをどこ置いたか分かんなくなったじゃない」
「六歳だろ、それ」
「だって、その頃しか知らないんだもん」
ひかりは何でもないことのように言った。朔は何か言いかけて、やめた。千夏は二人を見た。森野先輩は、幼稚園児の朔を知っている。自分は知らない。
「じゃあ、昔、朔って泣き虫だったって本当ですか?」
「おい」
朔がこちらを見た。ひかりの顔が、ぱっと明るくなる。
「すごかったよ。私が先に帰ろうとすると大体――」
朔が焦った顔をして立ち上がった。ひかりがその顔を指さす。
「ほら、こういう顔してた」
千夏も、朔の顔を見る。
「……何だよ」
朔は耳の先まで赤くなっていた。
* * *
店を出てからは、五人でいつもの道を歩いた。澪と望が前を歩き、その後ろを千夏とひかり、さらに少し後ろを朔の順だった。ひかりはキョロキョロしながら、珍しそうに周りに目をやっている。
「森野先輩、日本、もう慣れました?」
「学校はだいぶ。でも、まだ分かんないこともあるよ。分かんないなら聞けばいいし。朔くんのことは千夏ちゃんに聞けるし」
「やめろって!」
後ろから声が飛んできた。
「地獄耳」
「普通、聞こえるだろ。この距離なら」
千夏とひかりは顔を見合わせて笑った。
森野先輩は、思っていたよりずっと話しやすかった。フランスに六年住んでいた年上の女の子。澪先輩と望の昔からの友達。朔が小さいころ、いつも後をついて歩いていた人。そういう話ばかり聞いていた。話してみれば、よく笑うし、たまに変なことを言うし、朔のからかいかたは望よりも上手いかもしれない。そう思って、見つめていたら視線に気づいたようで、どうしたの、と聞かれた。
「いえ、別に」
「千夏ちゃんもそれ言うんだ」
「うつりました。たぶん、この辺から」
千夏が後ろを指すと、俺かよ、と朔が言った。
* * *
道が分かれるところで、ひかりが立ち止まった。
「じゃあ、私こっち。またね、みんな」
「また明日、森野先輩」
「うん、また明日」
千夏に返してから、ひかりは少し後ろを見た。
「……朔くんも」
「分かってるよ。また明日だろ」
ひかりは少し笑って、一人で別の道へ歩いていった。四人はまた、いつもの道を歩き出す。しばらくして、望が言った。
「千夏、ひかりちゃん、どうだった? ちゃんと喋ったの、今日が初めてみたいなもんでしょ」
「……普通にいい人だった」
「普通にって何」
「普通には普通に」
「出た」
望が笑う。少し先を歩いていた朔が振り返って、置いてくぞ、と言った。今行く、と千夏は答えて、望と一緒に足を速めた。
いつもの帰り道だった。今日は途中まで、一人多かった。




