第30話 好きなんだ。
同じ土曜日の昼過ぎ、望と千夏は町田駅からほど近い食材専門店にいた。
バレンタイン前の製菓コーナーは、いつもより棚が増えていた。板チョコ、生クリーム、ココアパウダー、飾り用の砂糖菓子。二人はスマートフォンに残しておいた去年のメモを見ながら、必要なものを籠へ入れていった。板チョコあと二枚、こっち? それ去年使ったやつだしこれでいいか、とやりとりしながら選んでいく。
毎年やっていることだった。初等部のころから、二月になるとどちらかの家に集まって作ってきた。最初のころは溶かしたチョコを型に流すだけだったし、一度だけ焦がしたこともある。去年からは、少し手の込んだものを作るようになった。誰にあげるかも、だいたい毎年同じだった。家族と、仲のいい友達と、何人かの男子。朔も、その中の一人だった。
「あと、ラッピング」
望に言われて、隣の売り場へ移った。透明な袋に色のついた袋、小さな箱、リボン。千夏は去年と似た袋を何枚か取った。これでいい、と聞くと、いいんじゃない、と望も隣から別の袋を取る。
千夏は、もう一度棚を見た。少し下の段に、小さなクラフト紙の箱が並んでいた。一つ、手に取る。
「それも買うの?」
「うん」
「誰の?」
「……別に」
望が、こちらを見た。
「何」
「別に」
同じ言葉を返されて、千夏は眉を寄せた。
「みんな同じだと、分かんなくなるじゃん」
「名前書けば?」
「……そういう問題じゃなくて」
望はそれ以上何も言わなかった。千夏は箱を籠へ入れた。
* * *
二時少し前に待ち合わせのカフェへ着くと、ひかりたちはもう来ていた。結が大きな紙袋を足元に置いて、ストローでジュースを飲んでいる。席につくなり、何買ったの、と結が聞いた。
「チョコの材料」
望が答えると、作るの、と結の目が千夏へ移った。千夏ちゃんも?
「毎年、望と作ってるよ」
へえ、と結が言った。向かいに座っていたひかりが、少し顔を上げた。
「毎年?」
「うん。小学生のころから」
「そっか」
ひかりはそれ以上、何も言わなかった。結が足元の紙袋を持ち上げた。
「私も買ったよ」
「湊くんの?」
千夏が聞くと、うん、あとパパの、と結は答えて、ひかりの方を見た。
「お姉ちゃんは、朔くんのだけを買ったんだよね」
ひかりの手が止まった。千夏はひかりを見た。ひかりも、こちらを見た。
「そうなんだ」
「うん」
すぐに結が、自分の買った箱を見せ始めた。それさっきから三回見せてるよ、と澪が言い、千夏ちゃんにはまだ見せてない、と結が言い返す。話は、そのまま別のことへ移っていった。
* * *
その夜、金井家のキッチンには甘い匂いが広がっていた。
溶かしたチョコを型へ流して冷蔵庫に入れ、固まるのを待つあいだに洗い物をして、取り出したものから順に飾りつけていく。これ曲がってる、食べたら同じ、見た目も大事でしょ、去年も言ってた、言ってない、言ってた、などと毎年と同じやりとりをしながら、出来上がったものを冷めた順に分けていった。
千夏は、買ってきた袋を並べた。その中に、一つだけ小さな紙箱がある。蓋を開けて、チョコを入れた。一つ、二つ、三つ。手が止まった。皿には、まだ残っている。もう一つ取って、箱へ入れた。少し見たあと、取り出した。
「何してるの?」
望が聞いた。
「別に」
取り出した一つを、隣の袋へ入れようとして、やめた。また、箱へ戻した。
望は何も言わなかった。千夏は蓋を閉じた。
他の袋にも、順番に入れていく。いつもの分。いつもの相手。いつものバレンタイン。最後に、さっきの箱が残った。千夏はもう一度蓋を開けた。中には他より一つ多く入っている。
一つ取ろうとした。
指が止まった。
そのまま蓋を閉じる。
――ああ。
私、朔が好きなんだ。
隣で、望が洗ったボウルを伏せる音が響いた。




