↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選んだあとも、選ばれなかったあとも。  作者: 9ry5hrk_2we


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/42

第23話 上の空だった。

 ひかりと一緒に帰ったその日の夜、朔が鞄から宿題を出そうとすると、紙の端が目に入った。図師先生にもらって、帰り道でひかりに見せた紙だった。引っぱり出して、机の上に広げる。準備室で聞いたときは面白かった。一行目から読み直す。二行目、三行目と進んだところで、目が止まった。


 ――待ってた人にそれ言う?

 顔を上げても、机の向こうには壁しかない。もう一度一行目から、今度はさっきよりゆっくり読んだ。気がつくと、また三行目で止まっていた。読み進めるのをやめて目を瞑ると、待ってた人、という言葉と、昨日から引っかかっている、付き合う、という言葉が、頭の中で一緒に転がった。そこへ、不意に別の声が混ざった。


 ――金井と成瀬って、付き合ってんの?

 紙を押さえていた指に、力が入った。文化祭の準備をしていた教室で、根岸がそう言ったとき、隣には千夏がいた。

 朔は紙を半分に折った。少しして、また開いて、さっきと同じ行に目を落とした。

* * *

「……違う」

 千夏はシャープペンを置いて、途中式を見直した。マイナスが一つ抜けている。消しゴムで消して書き直し、次の行へ進んで答えを出し、解答と照らす。また違った。今度は途中で符号を逆にしていた。消すたびに、机の上の白いかすが増えていく。夕食のあとから、ずっと数学をやっている。

 難しい問題ではない。ようやく正解し、次へ進む。取り掛かったところで、ひかりの横顔が浮かんだ。手が止まった。


 中等部の方へ続く道を見ていた、あの顔だ。今から帰るの、と望に聞かれて、ちょっとね、と答えて、また道の方を見たときの顔。あ、と自分が声を出したことまで思い出した。

 自分たちは今日、先に帰った。帰り道、望はほとんど喋らなかった。珍しいと思ったけれど、千夏も何も聞かなかった。

 あのあと、朔は来たんだろうか。来たに決まっている。図師先生の話が終われば、あの道を通って帰るのだから。ひかり先輩は、朔を待っていた。だったら、そのあと――。


 千夏は椅子から立ち上がって、伸びをした。それからもう一度座り、問題に目を戻し、式を書いていく。

 また間違った。今度は数字を一つ写し間違えている。千夏は消しゴムを取って、ごしごしと消した。全然進まない。

 机の上のかすが、また少し増えた。

* * *

 紙を読むのを諦めた朔がベッドに寝転がっていると、扉を二回叩く音がした。

「何」

 扉が細く開いて、望が顔を出した。

「お風呂、次入っていいって」

「うん」

 閉まりかけた扉に、朔は体を起こした。

「あ、望。そういえば、ひかりちゃんがさ」

「何?」

「今日お前、ちょっと元気なかったって」

 ドアノブの上で、望の手が止まった。

「……そう?」

「上の空だったって」

「普通だったけど」

「ならいいけど」

 望はしばらく、朔の顔を見ていた。

「何だよ」

「朔こそ、なんか変」

「別に」

 望は眉を上げたが、早くお風呂入って、とだけ言って扉を閉めた。朔はまたベッドに倒れて、目を閉じた。


 今日の帰り道が浮かんだ。途中から、ひかりが少し先を歩いていた。その背中を見ていた。その背中に、別の背中が重なった。

 いつもの制服で、いつもの髪で、少し前を歩いていく千夏だ。何度も見てきた、ありふれた背中のはずだった。

 朔は目を開けた。

「……何なんだよ」

* * *

 数学の宿題は、結局全部終わった。いつもより、ずっと疲れた。風呂から上がって髪を乾かすと、千夏はベッドに横になった。明日は、普通にできる。今日はたまたま集中できなかっただけだ。

 目を閉じると、中等部に続く道が浮かんだ。先に帰った今日の自分が、一度も振り返らなかった道。そのあと何があったのかは知らない。明日、望に聞けば分かるかもしれないし、望だって知らないかもしれない。だったら、朔に――。

 そこまで考えて、目を開けた。

「……何を聞くのよ」

 思わず声が出た。

 そもそも、聞いて、どうするのだろう。ひかり先輩が待っていて、朔が来て、二人で帰った。それだけのことだ。たぶん。

 

寝返りを打つと、別の帰り道が浮かんだ。展示計画書の提出日を間違えた日の、次の日の帰り道だ。

 あの日、初等部のころ、係の仕事を一つ忘れただけで一日中落ち込んでいたことを、朔は覚えていた。自分でも忘れていたようなことだった。他の人にも分かったかな、と聞いたら、朔は何でもないみたいに言った。

 ――知らない。俺は分かったけど。

 朔はきっと、もう覚えていない。

 それでもあのとき、嬉しかったのかもしれない。布団を鼻のあたりまで引き上げた。


 しばらくして、電気を消そうと立ち上がり、スイッチに手を伸ばしたところで、机が目に入った。閉じた問題集と、何度も書き直したノート。その周りに、消しゴムのかすが散らばっている。いつもなら、寝る前に払っていく。

 千夏はそれを見て、そのまま電気を消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。