↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選んだあとも、選ばれなかったあとも。  作者: 9ry5hrk_2we


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/42

第22話 何となく。

「……俺?」

 朔は一瞬、固まった。

「他に誰がいるの」

「いや、だって」

 言いかけて、続きが出てこなかった。ひかりは鞄の持ち手を両手で握ったまま、こちらを見ている。


「何で?」

「何でって?」

「待ってたんでしょ」

「うん」

「だから、何で」

 ひかりは目を逸らした。

「一緒に帰ろうと思って」

 それだけ言うと、先に歩き出した。朔はその場に一秒ほど残ってから、あとを追った。

「何かあった? 俺に用事とか」

「ないよ」

「じゃあ何で待つんだよ」

「一緒に帰るのに、用事いる?」

「いらないけど」

「じゃあいいじゃん」

 ひかりは少し笑った。帰る方向は途中まで同じだから、偶然一緒になって帰ることなら、これまでにも何度もあった。けれど、待たれていたのは初めてだった。


「結構待った?」

「ちょっと」

「何分?」

「数えてない」

「時計見てた?」

「見てたけど、数えてないの」

「それ、結構待ってるじゃん」

「図師先生が長いのが悪いんでしょ」

「さっき、やっぱりって言ったの、それ?」

「うん。望ちゃんと千夏ちゃんから聞いてた」

「最初から言えよ」

「聞かれなかったし」


 少し先で信号が赤になって、二人で立ち止まった。

「で、何だったの? 図師先生」

「ああ」

 朔は鞄から、さっきまで見ていた紙を出した。

「これ」

「また? 昨日の地図と似てるけど」

「あれとは違う」

 ひかりは受け取った紙を両手で広げた。細かい字と地図が、隙間なく並んでいる。

「読めない」

「読めるだろ」

「字が多いって意味」

「だから説明すると――」

「待って。今ここで始めるの?」

「聞いたの、ひかりちゃんじゃん」

「聞いたけど」

 信号が青に変わった。ひかりは紙を持ったまま歩き出した。

「歩きながらならいいよ。止まって聞いたら、家に着かなくなるから」

「そんな長くない」

「昨日もそう言ってなかった?」

「昨日は現地だったから」

「今日は?」

「先生に聞いた話」

「余計長そう」

 ひかりが笑った。


 朔は横から、紙の端を指でたどった。昨日見た弾薬庫跡のこと。戦争が終わったあと、あの場所がどうやって今のこどもの国になったか。軍の土地がほかの使い道に変わった場所は、ほかにもあること。図師先生は準備室でそれを、いつものぼそぼそ声で話し始めて、途中から急に早口になった。

「あと、鉄道も」

「あ、それ昨日言ってたやつ。弾薬運んでた線路」

 朔は、ひかりを見た。

「……覚えてたんだ」

「覚えてるよ。で、それが?」

 促されるまま、朔は話を続けた。ひかりは分からないところで聞き返し、知っている言葉が出てくると、それ昨日の、と頷いた。気づけば、いつもの角を一つ通り過ぎていた。


「……長くなってるじゃん」

「まだ途中だけど」

「ほら」

「聞くって言ったじゃん」

「だからやめてとは言ってないでしょ」

「じゃあいいじゃん」

「朔くん、それ便利だと思ってる?」

「何が」

「じゃあいいじゃん、って」

「ひかりちゃんもさっき言っただろ」

「私はいいの」

「何で」

「知らない」


 横断歩道を渡って、住宅街へ入る。学校を出たときより、空の赤いところが広がっていた。家の窓にも、少しずつ明かりがつき始めている。朔は紙を折りたたんで、鞄にしまった。

「そういえば、望ちゃん」

 ひかりが言った。

「今日、ちょっと元気なかったよ」

「望が?」

「うん。なんか、上の空っていうか」

「朝は普通だったけど。人の髪がはねてるとか言ってきたし」

「ふうん」

 ひかりは、それ以上は何も言わなかった。


「ひかりちゃん、もし俺がもっと遅かったら、どうしてた?」

「もっとって?」

「三十分とか」

「それくらいは待った気がする」

「そんな待たせてないだろ」

「じゃあ二十分」

「何分でもいいけど」

「……帰ってたかも」

「帰るんじゃん」

「だって、いつ来るか分かんないし」

「連絡すればよかったのに」

「そうなんだけど」

 ひかりは、そこで一度黙った。

「何となく、今日は待とうかなって気分だった」

 朔は、歩く速度を上げた。


「何で速くなるの?」

「別に」

「またそれ」

「普通だろ」

「普通じゃないよ。さっきまで同じ速さだったじゃん」

「ひかりちゃんが遅いだけ」

「待ってた人にそれ言う?」

 足が、止まりそうになった。

 待ってた人――。

 そんな言葉をさらっと言っておいて、ひかりは何でもない顔で、横を歩いている。

「……何」

「何が?」

「いや、何でもない」

「変なの」

 今度は、ひかりが少し先を歩いた。朔はその背中を見た。

 付き合うって何なんだ、と昨日思ったことの答えは、分からなかった。でも、待ってた、と言われて、嬉しかった。


「朔くん?」

「何」

「またぼーっとしてた」

「してない」

「してた」

「ひかりちゃんも、昨日してたじゃん」

「昨日?」

「こどもの国で」

「あれは違う」

「何が違うんだよ」

「違うの」

 ひかりは足を速めた。追いつくと、もういつもの分かれ道が見えていた。

「じゃあ、私こっち」

「うん」

「また明日」

「また明日」

 ひかりが手を上げて、自分の道へ曲がっていく。朔は数歩進んでから、振り返りかけて、やめた。鞄の中で、図師先生にもらった紙が、歩くたびに小さく擦れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。