↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選んだあとも、選ばれなかったあとも。  作者: 9ry5hrk_2we


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/42

幕間 まさかね。

「結に彼氏ができたみたい」

 電話の向こうで、志保が唾をのみ込む音が聞こえた。

「……誰に?」

「何よ。だから結って言ってるでしょ」

「だって結ちゃんでしょう?」

「結だけど」

「何歳だっけ」

「まだ十。早生まれだから」

 また少し間があった。

「もしもし?」

「聞いてる」

「昨日、夕飯のときに普通に言うのよ。湊と付き合うことになった、って」

「湊?」

「同じクラスの男の子。三輪湊くん」

 今度は、さっきより長く黙った。

「……三輪?」

「うん」

「三輪、湊?」

「そうだけど。知ってるの?」

「いや、その子は知らないけど」

 志保の声が少し変わった。

「三輪って名前には、あまりいい思い出はないけどね」


 由佳も、その名字を頭の中で繰り返した。三輪、三輪、三輪……。三度目で気付く。小山田学園の同級生だった。学年一の才媛で、そのまま医学部へ進んだ。由佳とは互いの家へ遊びに行く仲だったが、大学に上がってから、いつの間にか疎遠になった。

「……玲子?」

「そう。あいつ」

 志保の声に、棘があった。

「湊くんのお母さんが、玲子?」

「知らないわよ。まあ、人違いであってほしいけど」

 志保は少し笑って、電話を切った。由佳はしばらくスマートフォンを手に持っていた。連絡先を下へ辿っていくと、三輪玲子の名前が残っていた。昔登録したままの番号だろうか。

「……まさかねえ」

 ひとりで呟いてから、通話ボタンを押した。四回目の呼び出し音の途中で、つながった。


「はい」

 女の声だった。電話口でも分かるほど、声が硬い。

「もしもし」

「はい。どちら様ですか?」

「えっと、森野と申しますけど」

「森野さん……?」

「あ、小山田で一緒だった、磯部由佳です」

 旧姓を名乗ると、少し間があった。

「……ああ」

「磯部さんね。お久しぶり。どうしたんですか?」

 他人行儀な声に、こちらまで丁寧になる。

「ちょっと変なことお聞きするんですけど、三輪さんの息子さんも小山田?」

「なんなんですか、急に」

「……今、初等部五年の湊くん?」


 一拍あった。

「……そうですけど。だから何なんですか?」

 由佳はもう笑いそうになっていた。

「いや、それがね、その湊くん。うちの娘と付き合うことになったって」

 沈黙は、かなり長かった。


「もしもし?」

「……は?」

「だから、うちの娘と」

「ちょっと待って。それ、いつの話?」

「昨日みたい」

「湊から何も聞いてないんだけど」

「でしょうねえ」

「何で由佳が先に知ってんのよ」


「昨日、結から聞いたから」

「結ちゃんって、確かフランスから帰ってきた子?」

「そう」

「付き合うって、何するの。小五で」

「本人たちも分かってないみたい」

 電話の向こうで、ようやく笑い声がした。

「由佳」

「何?」

「今度会わない?」

「私もそれ言おうと思ってた。せっかくだから、家に来ない?」

 日にちはあとで送る、と言って電話を切った。由佳は画面をしばらく見て、それから志保の名前を押した。


「志保」

「何」

「いた」

「何が」

「玲子」

 少し間があった。

「……本当に?」

「本当に玲子だった。しかも湊くん、何にも言ってないんだって。で、今度お茶することになったけど、来ない?」

 今度は少し長く黙った。

「……私が?」

「うん。面白そうだから」

「最低ね」

「来る?」

「……行く」

「来るんじゃん。玲子には言ってないけど」

「本当に最低ね」

 志保はそう言ったが、電話越しの声は穏やかだった。

* * *

 約束は、平日の昼間だった。インターホンが鳴って由佳が玄関を開けると、玲子は昔より短くなった髪を耳にかけながら、「久しぶり」と笑った。

 由佳がリビングの扉を開けると、玲子が止まった。ソファには、先に来ていた志保が座っていた。

「……えっと?」

 どちら様、と言いかけたところで玲子の顔が曇り、由佳の方に向き直る。

「由佳、なんでこいつがいるの?」


「ずいぶんなご挨拶ね。三輪玲子さん」

 志保が紅茶の入ったカップを置いた。

「ええ、お久しぶりね。中沢志保さん。でも、なぜあなたがいるのかしら」

 旧姓のフルネームで呼び返されて、志保の口元が緩んだ。

「お茶会だから」

 志保が言った。

「答えになってない」

「いつまでも学生みたいにツンツンしてないで、まずはお茶でもいただいたら?」

 志保の言い方に、由佳は思わず吹き出した。

「由佳、あなたハメたでしょ」

 玲子が少し恨めしそうに由佳を見る。その前に、由佳はコーヒーを置いた。

「まあ、せっかくの明るい話題だから、プチ同窓会ってことで、ね?」

 玲子は諦めたように、カップに手をかけた。

* * *

「しかし、ほんと久しぶりね」

 由佳が言う。

「中沢さんは変わらないけど」

 玲子が志保の方を見ずに言う。

「何が」

「まだ紅茶なんだ」

「今日は紅茶が飲みたかったの」

「三輪さんも変わってないでしょ」

「何がよ」

「人の顔を見てそんな酷い顔をするところ」

「……その言葉、そのまま返すわ」

 学生時代に何度も聞いた掛け合いだった。やっぱり呼んでよかった、と由佳は思った。


「で」

 玲子がカップを置いた。

「何でうちの息子と由佳の娘が付き合ってんの」

「知らないよ。私だって結から聞いただけだし」

 由佳はケーキを切りながら言った。

「本人たちに聞けばいいじゃない」

 志保が言った。

「もちろん聞くつもり」

「やめてあげなよ。恥ずかしがるでしょ。湊くん、耳赤くなってたってよ」

 玲子の手が止まった。

「何それ」

「結が言ってた」

「……あの子、そんな顔するんだ」

 玲子の表情が緩んだ。

「嬉しいの?」

「別に」

 志保がつられて顔をほころばせる。

「昔から変わらないわね」

「あんたに一番言われたくない」


「ところで、湊くんって、どういう子?」

 由佳が聞くと、玲子は少し考えた。

「人のこと、あんまり珍しがらないかな。転校生が来ても、転校生だからって寄っていかないし。逆に避けもしない」

「結、今もフランス語が自然に出ちゃう時があるのよね。その度に色々言われるみたいで」

 由佳は、結から聞いた昼休みの話をした。

「しゃべりたいようにしゃべればいいじゃん、か。言いそうだね、あの子」

「いいところじゃない」

 玲子は、紅茶を飲みながらそう言った志保の方を見る。

「珍しい。褒めるんだ」

「正しいものは正しいと言うわよ」

「自分が正しいと思ったものを、でしょ」

「同じじゃない」

「全然違う」

「何なの、二人。息ぴったり」

『違う』

 二人の声が重なった。由佳は声を上げて笑った。

「一緒にしないで」

 志保が言った。

「こっちも一緒にされたくない」

 玲子が返した。由佳はコーヒーを飲んだ。懐かしかった。

* * *

「で、結ちゃんは? どういう子なの?」

 玲子が聞いた。由佳は少し考えた。

「分からないことを、そのままにしない子かな。何でもすぐに聞くの。同級生の女の子に『三輪くんに好かれてるんじゃない』って言われて、本人に『好きなの?』って聞きにいったみたい」

 小学生らしいなあ、と呟いた玲子は、さも今思いついたかのように言った。

「湊、何て?」

「好きだけど、って」

「……あの子、言ったんだ」

 玲子は目を伏せた。

「聞かれたことには答えるけど、自分からそういう話する子じゃないのに」

「でも、どういう好きなのかって聞いたら、二人とも分からなかったんだって」

「それで何で付き合うの」

「知らない」

 三人とも少し黙った。最初に笑ったのは由佳で、つられて玲子も笑い、志保も口元を緩めた。

* * *

 しばらくして、話は昔の学校のことへ移った。

「そういえば文化祭のとき、玲子と志保って根拠を出せ、数字を出せってずっと揉めてたよね」

「揉めてない。議論よ」

 志保が口を挟んだ。

「あなたが感覚で決めようとしたからでしょ」

「感覚じゃない。文章には文章の論理があるの」

「数字が出せるところは出せばいいでしょう」

「数字に出ないものもあるのよ」

「出せるものまで出さない理由にはならない」

「何年経ってもそこなの?」

 由佳が言うと、二人とも黙った。

「というか、あんたまだそういう仕事してんの?」

 玲子が志保を見た。

「そういうって?」

「文章とか」

「してるけど」

「へえ」

「何、そのへえ」

 由佳は笑った。玲子も少し笑った。志保だけが納得していない顔をしていた。

* * *

 夕方、玲子が帰ったあと、由佳はカップを流しへ運んだ。志保が一つ取る。

「洗うよ」

「いいよ。お客さんなんだから」

「私まで客なの?」

「玲子ほどじゃないけど」

 志保が笑った。二人で食器を洗う。

「結、早かったね」

「早かったわね」

「ひかりなんて、結に好きな人いないのって聞かれて、いないよ、たぶん、だって」

 ほんの一瞬、志保の手が止まった気がした。由佳は濡れた皿を拭きながら続けた。

「高校生の方がよっぽど面倒くさいね」

「……そういうものなんじゃない?」

「玲子なら、数字で出せって言いそう」

「言うでしょうね」

 玄関の方から鍵の音がした。

「ただいま」

 結の声だった。少しして、結がリビングを覗いた。

「あ、志保さん」

「おかえり」

「お母さん、今日、湊と帰った」

 結がそう言うと、由佳は志保を見た。志保も、由佳を見ていた。

「何?」

「何でもない」

 結は、変なの、と言って部屋へ戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。