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選んだあとも、選ばれなかったあとも。  作者: 9ry5hrk_2we


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15/42

第15話 付き合ってんの?

「朔、そこ押さえて」

「どこ」

「違う、右」

「右に行ってる」

「朔から見て右」

「最初からそう言えよ」

 長机の上に広げた模造紙の端を、朔は指で押さえた。


 放課後の二年二組は、いつもの教室とはずいぶん違っていた。机はほとんど壁際へ寄せられ、真ん中に長机が二つ並んでいる。色紙、段ボール、はさみ、定規、ガムテープ。黒板の端には、誰かが大きな字で『文化祭まで あと十三日』と書いていた。

 いつものように二組の前まで来た朔は、今日は先に帰る、と言う前に千夏に捕まっていた。

「そこ。動かさないで」

「動かしてない」

「ちょっと動いた」

「動いてないって」

「じゃあ、そのまま」

 千夏はテープを短く切り、文字の端を留めた。朔はすぐに手を離して、一歩下がって眺めた。白い模造紙の上に、展示のタイトルらしい大きな文字が並んでいる。最初のでよかったじゃん、と不満そうに言うと、曲がってたでしょ、と千夏が返す。

「分かんないよ」

「分かんなくてもいい」

「じゃあ何で手伝わせたんだよ」

 手が足りなかったから、とだけ言って、千夏は次の紙を取った。それもやるの、と朔が言う。

「こっちは貼らなくていいよ」

「じゃあいいじゃん」

「でも、半分に折らないといけない」

「何だよそれ」


 教室の後ろから、望が笑いながら近づいてきた。

「朔、諦めなよ」

「二組の文化祭なのに、何で俺が一番働いてるんだよ」

「一番じゃない。朔はさっき来たばっかりじゃん」

 千夏が即答した。そういう問題じゃない、じゃあどういう問題、と言われて、朔は観念して紙を半分に折った。

「これでいい?」

「ずれてる」

 千夏が端を合わせ直す。今度こそ終わり、たぶん、たぶん? 今のところ、と続いて、望がまた笑った。

「朔、帰りたいなら帰ればいいじゃん」

「帰るよ」

 そう言って出口へ向かいかけたところで、ちょっと待って、と呼び止められた。

「そこにある定規取って」

 朔は足を止めた。

「……自分で取れよ」

「今、手が塞がってる」

 渋々、近くにあった長い定規を取って渡した。ありがと、と言った千夏に、もう絶対帰るから、と朔が応じる。千夏は、はいはい、と返す。そのとき、近くで段ボールを切っていたイガグリ頭の根岸が顔を上げた。


「金井、二組の準備まで手伝ってんの?」

「捕まっただけ」

「朔が勝手に来ただけでしょ」

 作業の手を止めずに千夏が言った。根岸は笑いながら、朔と千夏を交互に見た。

「金井と成瀬って、付き合ってんの?」

 朔は一瞬、固まった。隣を見ると、千夏も顔を上げていた。

『え?』

 声が揃って、周りから笑い声が上がった。息合ってるじゃん、と誰かが言う。

「たまたまでしょ」

 千夏がそう言っても、根岸は、でもお前らいつも一緒じゃん、とにやついている。望も一緒じゃん、と千夏が根岸をにらむと、少し離れたところから望が、いるよー、と片手を上げた。

 さっきまで帰ろうとしていた朔も、根岸の方を見て言った。

「お前と違って初等部から一緒なだけだから」

 根岸は、それ以上は何も言わなかった。

「じゃ、今度こそ俺帰るから」

「うん。ありがと」

 千夏は顔を上げずに言った。テープを切る音が、一度だけ遅れた気がした。

* * *

 教室を出て少し歩いたところで、後ろから呼び止められた。

「金井」

 振り返ると、根岸だった。片手にガムテープを持っている。

「さっきの話だけど」

「何が」

「だから、成瀬の話」

「千夏が何」

 根岸は声を落とした。

「金井、そういうの考えたことないの?」

「そういうのって」

「いや、だから……」

 言いかけて、根岸はやめた。まあいいや、と言う。何だよ、と聞き返しても、別に、と言い残して教室へ戻っていった。

 昇降口に着いたところで、望からメッセージが来た。

《夕ごはんまでには帰るってお母さんに言っておいて!》

《分かった》

 送ってスマートフォンをしまい、靴を履き替えて外へ出ようとしたところで、後ろから声がした。

「…………金井くん、少し時間良いですか」


 図師先生の「少し」は、一時間のことだった。結局、校舎を出たころには、空はもう暗くなりかけていた。ため息をついて、今度こそ帰ろうとしたところで、昇降口から出てきた千夏と鉢合わせになった。

「……朔、何でまだいるの?」

「図師先生に捕まった」

「ああ。それは本当に捕まった、だね」

「千夏に捕まったのと一緒じゃん」

 あれは朔が勝手に来ただけでしょ、と言いながら、千夏も靴を履き替えた。

「明日も手伝ってね」

「嫌だ」

「暇だったらでいいから」

「暇でも嫌」

「今日も最初はそう言ってたじゃん」

「今日と明日は違う」

「何それ」

 千夏が怪訝な顔をした。朔は黙って歩き出し、千夏が後ろから追ってきた。

* * *

 校門を出てしばらくは、どちらも喋らなかった。

「そういえば、さっきの、変だったよね」

 千夏が言った。

「さっきの?」

「根岸の『付き合ってんの?』ってやつ」

 千夏は声を低くして言い、最後だけ裏返った。朔は思わず吹き出した。

「全然似てない」

「うるさい。……でも、何でそう見えるんだろ」

「知らないよ。根岸が変なんだろ」

「だよね」

 千夏は前を向いたまま、軽い声で続けた。

「初等部から一緒なだけ、だもんね」

 朔は返事が一拍遅れた。

「……そうだろ」

「うん。そうだよ」

 千夏はそう言って、少し黙った。それから、まあいっか、とつぶやいた。

「いいんだ」

「別に困らないし」

「じゃあ聞くなよ」

「朔は、何とも思わなかったの?」

「別に」

「ふうん」

 それきり、千夏は何も言わなかった。


 朔は横目で千夏を見た。制服も、髪も、歩き方も、いつもと同じだった。初等部のころから、何度見たか分からない。今日だって、紙を持たされて、定規を取らされて、細かいことで何度も言い合った。

 初等部から一緒なだけ。嘘ではなかった。七年、同じ教室にいて、同じ道を帰ってきた。それなのに、千夏の口からそのまま返されると、「だけ」の方が、どこか足りない気がした。

「朔」

「何」

「見てる」

「見てない」

「見てた」

「横を歩いてるのが悪い」

「それ、私のせい?」

 千夏はまた怪訝な顔をした。

「やっぱり今日、変」

「何が」

「知らない」

 いつもの分かれ道が、少しずつ近づいてきた。じゃあ、また明日、うん、と言って別れかけたところで、朔は背中を向けた千夏を呼んだ。千夏が足を止めて振り返る。

「何」

「明日は、手伝いやらないから」

「そう。分かった」

 千夏はそれだけ言って、自分の道へ歩いていった。

 何でよ、くらいは返ってくると思っていた。朔はしばらくその場に立っていて、それから、自分の道へ曲がった。

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