第5章 いつもの日常——それでも少しだけ違うもの
「えと、じゃあ、これと……これとこれ、下さい」
「奥さんの足の具合、どうですか?」
露天商のおじさんに声をかける。
「おかげさまで、ピンピンしているよ。もう、うるさいぐらいだよ」
そう言って、おじさんは陽気に笑った。
「よかったです」
私がそう言うと、
「これは、おまけだ。明蘭様によろしく伝えといて」
「はい、ありがとうございます」
袋を受け取りながら軽く頭を下げる。
こうやって顔を覚えてもらえるくらいには、この街での生活にも慣れてきた。
私はそのまま、次の店へ向かおうと足を踏み出した。
――そのときだった。
道を横切ろうとした視界の端に、見覚えのある姿が入る。
馬を軽く早足で操りながら、こちらへ向かってくる人影。
……あれ、越さん。
そう思った瞬間、反射的に視線を落とした。
いや、無理。
とてもじゃないけど、ドキドキしすぎて普通に会話なんてできない。
失礼だとは思ったけど、気づかないふりを決め込むことにした。
そもそも、こんな人通りの多い場所で、地味な私に気づくはずもないし、話しかけられるほどの関係でもない。
……自意識過剰なのは、分かっているけど。
案の定、凌越はそのまま私の前を通り過ぎていった。
私はほっと息をつく。
――と同時に。
知り合い以下のままなんだなと思って、少しだけ胸が痛んだ。
それにしても、やっぱりかっこいいなあ。
馬上での所作に無駄がなくて、動きがすごくきれいで――思わず見とれてしまう。
遠ざかっていく後ろ姿を見送ってから、私は小さくため息をついた。
……だめだな、ほんと。
軽く首を振って気持ちを切り替え、私は買い物を再開した。
―――――――――――――――――――
「で、状況は?」
凌越の上司である、第一営指揮官・魏景堯(45歳)は、深刻な表情で報告に耳を傾けていた。
「玄武国が、徐々にではありますが挙兵の準備を進めているのは、間違いないかと」
「やはりか……」
魏は小さく息をつく。
その後も、凌越は国境付近で密偵から受けた情報を、淡々と続けた。
やがて報告が終わる。
「わかった。今日はゆっくり休め」
「はっ」
敬礼をしてから、凌越は指揮官執務室を後にした。
扉を出たところで、
「戻ってきたのか?」
と声をかけられる。
振り向くと、直轄隊の同僚である段が立っていた。二つ年上の男だ。
「ああ」
「状況は?」
短く問われる。
凌越は首を横に振った。
それだけで十分だった。
「……そうか」
段はため息をつき、軽く首を振る。
凌越は気分を変えるように口を開いた。
「今度、雪の見舞いに行ってもいいか」
「ああ、雪もお前に会いたがっていた。近いうちに頼むつもりだったんだ。助かる」
段は、ほっとしたように笑みを浮かべる。
そんなやり取りをしながら、二人は第一営の詰所へと足を向けた。
――そのとき。
向こうから歩いてくる、小柄な人影が目に入る。
この国では珍しい、彫りの浅い顔立ち。
異世界から来たと言っていたか。
地味といえば地味だが、少し縁があったからか、つい目がいってしまう。
十代に見える容姿だが、実際は年上だと知っている。
……正直、意外だった。
そんなことを考えていると、その女性――姫香がこちらに気づき、軽く会釈をした。
凌越はわずかに目を細め、それに応じる。
それだけのやり取りだったが、
なぜか少しだけ、印象に残った。




