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第6章 少しだけ近づいた距離——それでもまだ遠いままで

あれ、越さんだ。


遠くから近づいてくる姿をとらえた瞬間、心臓が大きく跳ねた。


ど、どうしよう。


そう思ったところで、どうにもならない状況なのは分かっている。


とにかく気持ちを落ち着かせて、話しかける言葉を頭の中で探す。


よかったのは、段さんも一緒だということだ。


一人じゃないだけで、少しだけ気が楽になる。


私は、話しかけられる距離まで近づいてから、小さく息を整えた。


「こんにちは」


「あぁ、こんにちは。薬を卸に来たのかい?」


段が気さくに声をかけてくる。


「いえ、それもあるんですけど、二週間ほど前から白雲さんのお手伝いに時々来てるんです。薬師が一人産休に入っていて、忙しいみたいで」


「それは大変だね」


軽く頷いてから、段は続ける。


「帰るところ?」


「あ、はい。もうそろそろ夕刻の便が出るので」


そう答えると、


「あぁ、なら俺が送っていこうか。ちょうど帰るところだから」


凌越の言葉に、思わず固まる。


「え、えと……ありがとうございます。でも、馬車があるので」


慌てて断りながら、顔が一気に熱くなるのが分かる。


「遠慮しないで送ってもらったら。その方が早いよ」


段が余計な一言を添えてくる。


「でも……」


言いかけたところで、


「いつも遠慮ばかりだな」


呆れたように凌越が言った。


そのまま、段の方へ視線を向ける。


「じゃあ、帰る」


「あぁ、じゃあな。姫香、またね」


段は楽しそうに笑みを浮かべて、その場を離れていった。


残されたのは、私と凌越の二人。


「じゃあ、行くか?」


問いかけというより、ほとんど決定のような言い方だった。


「あ、はい……あの、ありがとうございます」


ぺこぺこと頭を下げながら、後をついていく。


そんなやり取りをしているうちに、馬小屋へとたどり着いた。


前回と同じように馬へと乗せられ、そのあとに凌越も騎乗する。


……やっぱり、この体勢はどうにかならないのだろうか。


顔の熱も、心臓の音も、前よりひどくなっている気がする。


なんでこんなことになっているんだろう。


そう思わずにはいられなかった。


「そういえば、その言葉遣い」


宮廷を出たところで、凌越が声をかけてくる。


「あ、は、はい」


動揺がそのまま声に出る。


それに、ふっと小さく笑ってから続けた。


「敬語でなくていい。俺の方が年下なのだから、普通に話してくれた方が助かる」


「え、でも……」


言いかけて、少し迷う。


でも、せっかく言ってくれているのだから。


「……じゃあ」


ぎこちないまま、言葉を選ぶ。


「越さんの家って、ここから近いの?」


「あぁ、宮廷の近くに実家があって、そこから通っている」


「家族と暮らしてるんですね。じゃあ、お父さんも武官?」


「まあ、そうだったが」


少しだけ間を置いてから、


「父も母も、もういない」


淡々とした声だった。


「あ……ごめんなさい。えと……」


どう返せばいいのか分からなくなる。


「別にいい」


軽く言ってから、少しだけ苦笑する。


「母は俺が生まれてすぐ、父も亡くなってから五年は経つ」


五年、という言葉に引っかかる。


「あの、五年前って……戦争が」


最後まで言い切る前に、


「あぁ、まあな。武官だからな……」


低くつぶやくような声が落ちる。


その一言に、体がぞくっと震えた。


戦争。


私にとっては、ほとんど現実感のない言葉だ。


人を殺すことも、殺されることも――怖いとしか思えない。


「姫香?」


私の様子に気づいたのか、少しだけ声がやわらぐ。


「あ、いえ……ただ、私の国はずっと戦争とは無縁で」


うまく言葉にできず、口ごもる。


「姫香の国は平和だったんだな」


そう言ってから、少しだけ間を置く。


「この国の皇帝は無駄な戦を好まない。それに、俺たち武官もいる」


「……そう、ですね」


少し迷ってから、言葉を続ける。


「でも、やっぱり……怪我してるのを見るのも、怖くて」


自分でも情けないと思いながら、それでも言葉が止まらない。


「人が傷つくのは、あまり見たくないなって……」


「……あぁ」


小さく返したあと、視線を前に戻す。


「この国が戦火に包まれるようなことがあれば、他国へ逃れることも考えた方がいい」


その声は思っていた以上に真剣で、少しだけ怖かった。


でも、それ以上に――胸が痛む。


前は、この国の人だと言ってくれたのに。


「そういうわけには……お師匠様もいるし」


思ったより、はっきり声が出た。


「それに、私……これでも一応、薬師だから」


「……そうか」


ぽつりとした返事だった。


それ以上、その話は続かなかった。


その後は、気まずくならない程度に、ぽつぽつと会話を交わす。


やがて、お師匠様の家へと着いた。


「じゃあ」


馬を降りるとき、手を貸してくれる。


「あの!」


思わず声をかける。


「……それでも、私、ここにいますから」


言ってから、自分でも何を伝えたかったのか分からなくなる。


慌てて言葉を探そうとしたとき、


「……また敬語だな」


苦笑しながら、そう言った。


私の言葉にはそれ以上触れず、何事もなかったかのように去っていく。


その背中を見送りながら、どこか胸の奥が落ち着かなかった。

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