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第2章 都の外れの薬舗にて——この世界での居場所

すり鉢の中で、乾燥させた薬草をゆっくりとすり潰す。


「もう少し細かくしないと、効きが弱くなるよ」


奥から飛んできた声に、「はい」と返しながら手に力を込めた。


薬草の独特の香りが、鼻に抜ける。


この匂いにも、もうすっかり慣れてしまった。


青嶺国の都の外れにあるこの薬舗で働き始めて、気づけば二年が経っている。


……とはいえ、ついこの前まで日本で薬剤師として働いていたはずなのに、その頃のことが少しずつ遠く感じている。


交通事故に巻き込まれて、気がついたらこの店の中に立っていた。


それが、すべての始まりだった。


この世界では、異世界から来た人間が現れること自体はまれにあるらしい。


だからなのか、私の存在も驚くほどあっさり受け入れられた。


「手、止まってるよ」


「すみません」


お師匠様――杜明蘭ドゥ・メイランに指摘されて、私は慌ててすり鉢に向き直る。


ここで働くことになったのは、本当に偶然の幸運だったと思う。


元の世界で薬剤師をしていたことを話したら、お師匠様が「ちょうどいい」と言って、ここに置いてくれたのだ。


後継者を探していたお師匠様と、行き場のなかった私。


条件が、うまく噛み合っただけの話。


……まあ、その“後継者”としてやっていけるかは、今のところ、かなり怪しいけど。


「それ、次は煎じる準備しておくれ」


「はい」


返事をしながら立ち上がる。


こうして調合の作業を手伝いながら、日々、薬草の知識を身につけている。


必要だからと、怪我人の手当についても習っている。


薬剤師という職業柄か、お師匠様から学べる薬の知識は純粋に楽しい。


ただ、漢方はもともと苦手だった分野で、覚えるのにはどうしても時間がかかる。


――こんなんじゃ、十年たっても後継者になれる気がしない。


私はちらりとお師匠様の方を見て、小さく息を吐いた。


先は、長そうだ。


――それでも、ここで生きていくしかない。


―――――――――――――――――――


数日後。


宮廷の一角にある薬の受け渡し場で、


「お師匠は元気~?」


と、いつも通りのハイテンションな声が飛んできた。


年齢不詳、さらに性別不明の白雲ハクウンだ。


「はい、相変わらずです。これ、いつもの薬です」


そう言って、大きな袋ごと白雲へと手渡す。今日は宮廷に薬を卸しに来ていた。


白雲は女性とも男性ともつかない衣装をまとっているが、一応は男性らしい。本人も隠す様子はなく、そういう人だと公言している。


その中性的で整った容姿もあってか、文官や武官の中にも親しい関係の相手がいるらしい、という噂も耳にしたことがある。


「ありがとう、助かるわ。師匠の薬はやっぱり一番効くのよね。それにしても姫香は相変わらず小さいわね」


袋を受け取りながら、楽しそうに私の頭をぽんぽんと叩く。


「やめてくださいよ……」


思わず少しむっとする。


この世界の人たちは、女性でも平均で165cmほど、男性なら180cmはある。


その中で150cmしかない私は、どうしても年齢より幼く見られてしまう。


「白雲さん、おでかけ予定でした?」


薬が積まれているであろうワゴンが二台用意されているのに気づいて尋ねる。


「そうなのよ、ちょうどよかった。青嶺の森で武官たちが大規模な演習をしていたのよね~。そろそろ怪我人が運ばれてくる頃だから、姫香も手伝ってくれる? まあ演習だから、大した怪我人はいないと思うけど」


「はい」


内心でため息をつきつつ、私は頷いた。


この国の武官たちにとって、演習が大切なのはわかる。


けれど、演習で怪我人が出るなんて――やっぱり日本とは違うな、とつくづく思う。


青嶺国は中規模ながら、肥沃な土地と豊富な資源に恵まれた国だ。


東には小国の洛陽国、大国である玄武国、西には青嶺と同程度の規模を持つ鳳陽国がある。


玄武国の現皇帝は好戦的な性格で、隣国への侵略行為を繰り返していた。


五年前には青嶺・洛陽・鳳陽の三国連合と玄武国との間で大規模な戦があり、玄武国はそれなりの損害を受けたという。


その結果、現在は動きを潜めているらしいが――それでも、不穏さが消えたわけではない。


それを知ったとき、正直に思った。


――なんで、こんな世界に来ちゃったんだろうって。


元の世界では、戦争なんて現実感のないものだった。


早く戻れたらと、何度も願った。


……それが叶わないことも、分かっていたけど。


家族のことを思い出すと、胸の奥が少しだけ重くなる。


……だけど、今は目の前のことをやるしかない。


そう思いながら、私は顔を上げた。


訓練から戻ってきた武官たちの姿が、視界に入る。


――そのとき、ふと、数日前の光景を思い出す。


そういえば、あの人も武官だった。


柔らかな笑みが、ふと頭に浮かぶ。


まさか、このあともう一度会うことになるなんて、そのときの私は思ってもいなかった。

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