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第1章 出会いは薬舗にて——ただの客のはずだったのに、気になってしまった


——そのときの私は、これが人生を変える出会いになるなんて思っていなかった。




「ふう……」


客足が途絶えたところで、ひと息つく。


「お師匠様、お疲れさまです。どうでした?」


声をかけた先では、小太りの六十代ほどの女性が首を回していた。


「やれやれ、なんとか間に合ったよ」


そう言って、調合した薬を包んだ袋をこちらへ渡してくる。


「よかったですね」


私は時計を見ながら言葉を返す。


「その受け渡しが終わったら店じまいだね。先に上がっているよ」


お師匠様はそう言って、店の奥にある階段から居住スペースへと消えていった。


それからまもなくして、店の扉が開く。


私はいつもの受け取り主が来たのだと思い、振り返りながら声をかける。


「お待ちしていました」


――と、思った瞬間。


……うわ、なにこの人。


めちゃくちゃ私好みの顔立ちなんだけど。


あっさりと整った顔立ちに、無駄のない体つき。ほどよく日に焼けた肌に、艶のある黒髪を後ろで束ねている。


切れ長の目は鋭さがあるのに、どこかやわらかくて、目が合うと逸らしたくなるのに、もう少しだけ見ていたくなる。


長衣の裾からのぞく動きやすそうな装いと、帯に収められた刀。


それだけで、武官なのだとすぐに分かった。


つい見とれてしまって、言葉が止まる。


当然のように、相手は怪訝そうな顔をした。


――やばい。


私は慌ててひとつ息を整える。


「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」


内心は心臓がうるさいくらいに鳴っているけれど、なんとかいつもの店頭対応を始める。


本当、男の人に免疫がなさすぎる。


好みの人を見ると、どうしても動揺してしまう。


「いや、段 恒一ダン・コウイツの代わりに、段 ダン・セツの薬を受け取りに来ました」


そう言って差し出された引き換え札を受け取る。


「あぁ、すみませんでした。こちらですね。雪さんの様子はどうですか?」


「あぁ、落ち着いていると聞いている」


「そうですか。ええと、二百五十文になります。段さんにお大事にとお伝えください」


お金を受け取りながら、ふと気づく。


――左腕。


不自然に巻かれた布。その隙間から、血が滲んでいる。


「左腕、大丈夫ですか? 怪我をされているようですけど」


私の問いに、彼はちらりと自分の腕を見てから答えた。


「あぁ、大した怪我じゃないから」


そのまま出て行こうとするのを、慌てて引き止める。


「お待ちください。少しだけ手当てをさせてもらえませんか。怪我をしている方をそのまま帰したら、お師匠様に叱られてしまうので」


うちのお師匠様は、怪我人や病人を見れば相手が誰であろうと放っておかない。


「本当に大したことはない」


面倒そうに返されるけれど、ここで引くわけにはいかない。


「すぐ終わりますから」


私は返事を聞く前に椅子を用意して、軽く叩く。


「座ってください」


彼は小さくため息をついたあと、諦めたように腰を下ろした。


「……すまない、では頼む」


「失礼します。布、外しますね」


許可を得て、止血していた布を外す。


――思わず息を呑みそうになる。


なんとか声には出さなかったけれど、かなり深い。


刀で裂かれたような傷。


……大丈夫。お師匠様の教えられた通りするしかない。


傷口をよく見て、慌てずに処置すること。


まずは出血を止める。それから、汚れを落として、薬を使う。


日本にいた頃は、こんな処置を自分がするなんて思いもしなかったけれど――


私は小さく息を吐いて、次の手順に移った。


それにしても、この傷を“大したことない”と言えるあたり、やっぱり武官ってこういうのが日常なのかもしれない。


私は一度離れて、化膿止めの薬草入りの軟膏と、傷口を覆うための布、消毒用の湯を用意して戻る。


そのときだった。


「どうしたんだい?」


階段の上から、お師匠様が降りてくる。


「あ、はい――」


私が答えようとしたところで、お師匠様が彼に目を向ける。


「おや、凌越リン・ユエじゃないか」


私は驚いて二人の顔を見比べる。


――ああ、そうか。


お師匠様は三年前まで宮廷付きの薬師をしていた。知り合いでもおかしくない。


「お久しぶりです、明蘭めいらん様」


彼――凌越は立ち上がり、軽く礼をした。


「相変わらず怪我が絶えないようだね」


お師匠様はため息まじりに言う。


「まあ、そういう仕事ですから」


「特にあんたのところはね。少しは自分の体も労わりな。そんな扱いじゃ体が可哀想だよ」


説教のようでいて、どこか気遣うような言い方だった。


凌越は、思いのほか柔らかな笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。善処します」


――やっぱり、かっこいい。


いや、ほんと、イケメンが笑うと破壊力すごい。


「姫香、ぼーっとしてないで手当てをしておあげ」


お師匠様の声で我に返る。


「は、はい」


慌てて治療に戻る。


お師匠様は凌越に、宮廷の知り合いの近況などを楽しそうに話しかけている。


それにしても、この人すごい。


絶対痛いはずなのに、顔色ひとつ変えない。この薬、結構しみるのに。


包帯を巻き終えて、ようやく治療が終わる。


十分に距離が取れたことに、内心ほっとしながら声をかける。


「どうですか? 腕、動かしづらくないですか?」


「いや、大丈夫だ。ありがとう、助かった」


軽く礼をして、またあの笑みを見せる。


「いえ、よかったです」


「段に、近いうちに雪の様子をみに行くと伝えておくれ」


お師匠様がそう言う。


「はい、わかりました」


「では」


凌越はそう言って店を出ていった。


その背中を見送りながら、私は完全に撃沈していた。


片づけをしていると、お師匠様が楽しそうに声をかけてくる。


「姫香、ああいうのが好みなのかい?」


一気に顔が熱くなる。


「その……好みというか、っていうか、誰が見てもかっこいいじゃないですか」


「まあね。越は宮廷でも結構もててたよ。本人が真面目だから、女性関係は派手じゃないけど」


お師匠様は愉快そうに笑う。


「本当、もったいないね。私があの顔だったら遊びまくるよ」


「お師匠様……」


呆れつつも、私は肩をすくめる。


「ご心配なく。私にはそういうのは無縁の話ですから」


我ながらむなしい現実を口にする。


平凡より少し下くらいの地味な顔立ちに、特別明るい性格でもない。二十七年間、そういう縁はまったくなかった。


――これから先も、きっとない。


さらに、この世界に来てから二年。


異世界転移なんて最初は少し甘い期待したけれど、現実はそんなに甘くない。


そういう恩恵は若くて、可愛い女の子限定なのだろう。


結局、元の世界と同じ。


生きていくために、薬師として修行する日々が続いているだけだった。


何もあるはずないのに、それでも――さっき見たあの柔らかな笑みが、どうしても頭から離れなかった。

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