7、ダンジョン・ゲームとセーブポイント
ダリアはダンジョンを下へ下へと降りていった。
ダンジョンは分かれ道が多く、マッピングし甲斐がある。完成したマップはヘルマンに渡すつもりだ。
ヘルマンの喜ぶ顔を想像すると楽しい。
~妄想~
ヘルマン「ダンジョンも攻略してボスも倒してマップまで……お嬢様、結婚してください」
ダリア「まあ。わたくしたちは、もう夫婦でしょう」
――ハッピーエンド!
「めでたし、めでたし……」
武器を見せると波打つ階段、光を嫌って逃げる扉、話しかけてくる絵画、自分の髪と目の色が違う色に見える大きな姿鏡……古代の魔術師『名もなき時計屋』が遺した魔法仕掛けを捌きながら進んでいくと、やがて行き止まりの壁に光る魔法文字とボタンがあった。
『このボタンは夜。夜は昼の後に出番がある』
魔法文字は、ごく当たり前のことを書いていた。
「夜が昼の後に来るのは当然ではなくて?」
ぽちっと押してみると、遠くで何かが動いた音がする。
音の方角に行くと、姿鏡が扉に変わっていた。
とてもわかりやすいことに、扉には光る魔法文字で「王の部屋」と書いてある。
ここに魔術師が造ったモンスターの王がいる。
王を倒せば配下モンスターは一斉に潰える。
ダリアは深呼吸をして、扉を開けた。
赤銅に似た素材でできた扉を開けると、眩い光が視界を染めた。
あどけない子供の声が聞こえる。
「魔術師アルチュール様の研究室、第五幕。
魔術師アルチュール様は愛しいヴィクトリアと結ばれましたが、彼女との種族の違いの違いを気にしておられました。
お二人は子供を成すことができず、寿命も大きく違う。
魔術師アルチュール様は種族の差を埋めるために日夜研究に励まれ、生命の禁忌を冒して王都を追われることになりました。
追放されたお二人は南の魔女領に匿われ、アルチュール様は魔術の研究を、ヴィクトリア様は魔女の図書館の手伝いをして仲睦まじく暮らしていました。
――ここまでの冒険を、記録しますか?」
「え?」
ダリアは目を瞬かせた。
扉から入った部屋には、五芒星の魔法陣が広がっていた。
五芒星の五つの頂点には本が置かれていて、そのうちの一冊が青く光っている。
「何……これ……?」
誘われるように手を取ると、本の表紙には『青の魔術師アルチュール』というタイトルが書いてあった。
そのタイトルを理解した瞬間に、子供の声が響く。
「セーブ完了」
「えっ、本が喋った?」
ダリアを取り巻く室内がゆらりと輪郭を揺らがせて、貴族の居室のような空間へと姿を変える。
五芒星の魔法陣も、本も、消えている。
天井は高く、白銀の宝石を連ねたシャンデリアが垂れている。
壁には苺の果実と蔦の模様をしたカーテンの閉じた窓が一定間隔で並び、床は硬い材質で、四角い黒と白のタイルが交互に配置されていて、可愛らしい印象だ。
壁際には本棚と薬瓶の並ぶ棚、ふくろうの剥製と、絵画や地図がある。
部屋の中央にはテーブルと椅子が置かれ、壁際には花柄ファブリックのソファセット。
ドレスを着たうさぎのぬいぐるみが転がるソファのそばには、揺りかごがあった。
「おかえりなさいませ、ヴィクトリア様♪」
「えっ?」
うさぎのぬいぐるみがぴょこんと起き上がり、ダリアに向かって両手をばたばたさせている。
可愛いが、あやしい。
ダリアはいつでも戦えるよう短剣を構えた。
「ノン~ノン。ヴィクトリア様は、短剣を扱いに、なれません!」
うさぎはふりふりと耳を振り、ぎこちなく片手をダリアに向ける。
すると、何もない空間からキャンディスティックが現れて、うさぎの手に握られた。
赤と白が縞模様を形作るキャンディスティックの先をダリアに向けて、うさぎは愛らしくも生意気な口調で言った。
「そのリアクションは不適切です。け~れど~、初回なので、教えてあげま~す♪ あなたさまは、このお部屋の中で、ヴィクトリア様として振舞わないとなりませ~ん」
「……どういうこと?」
「ゲームが上手にできたら、幸せになれま~す♪」
ゲーム? 魔法の仕掛け?
ダリアは警戒しつつ、うさぎに近づいた。
「ゲームをクリアすると、このダンジョンの王が倒せるってこと?」
「ええ、ええ。そうですとも♪」
すると、知らない男性が声をかけてきた。
「おお、愛しのヴィクトリア。君の帰りを待っていたよ」
「なっ……?」
誰もいなかった室内に、いつの間にか男性が増えていた。
それも、ただの男性ではない。
肉体がない透明人間のようで、服だけが宙に浮いている。
青を基調とした衣装は孔雀のように浮かれた印象だ。
リボンや羽がついたドレスハットに、装飾過剰で明るい色のフロックコートにウエストコート、すらりとしたトラウザーズに継ぎ接ぎだらけの革の靴。派手好みの貴公子、といった風情。
彼は白い手袋に覆われた手を差し伸べている。
うさぎはソファの上でぴょんぴょんとジャンプして「手を取ってあげてください」と声を上げた。
「アルチュール様は愛しいあなたと心和むひとときをお過ごしになりたいのです」
「どういうこと? わたくしには説明が必要ですわ。何も知らずにここに来ましたの」
「ただいま、あなた、と言ってあげてくださいませ」
「むう……詳しく説明してくれませんのね?」
これはゲームらしい。
ダリアが使用人にプレイさせたのと同じだ。
簡単なゲームではなくて?
要するに、おままごとですわ。
ダリアは透明貴公子の手を取り、微笑んだ。
「ただいま戻りましたわ。待っていてくださってありがとうございます、あなた」
うさぎが「素晴らしい!」と拍手してくれる。
透明貴公子はダリアをソファへとエスコートして、揺りかごからお包みを抱き上げた。
「さあ、僕たちの子供を抱いてあげて、僕が産んだんだ」
「あ、あなたが……? わたくし、子供を産むのは妻だと思っていましたわ」
「僕に不可能はないからね。安心して」
「……安心しましたわ……?」
お包みの中身は、人形だった。ダリアはなんとも言えない気分で人形を受け止める。
すると、透明貴公子はハッとした様子でダリアと人形を庇うように立ち位置を変えた。
「――ドラゴンだ。あれは、王国の竜騎士に違いない」
「まあ。急展開ですわね」
透明貴公子を見上げると、空間に変化が起こる。
気づけば、ダリアは草原にいた。
自分たちのそばには倒れた馬車があって、周りを武装した兵団が囲んでいる。
空を見ると、巨大なドラゴンが飛んでいた。
「ずいぶん不思議で大掛かりな魔法仕掛けですわね。古代の魔術師ってすごい……」
魔法技術の凄まじさに感心していると、ドラゴンの背中から男性の声が降る。
「ヴィクトリア。そこにいるのだろう。私の声が聞こえるね? 聞こえたら手を上げるように」
「……?」
その声に、自然と手が上がる。
「か、体が勝手に動いてる……?」
しかも、透明人間だった貴公子の姿が肉体を持つ青年の姿に見えてきた。
褐色の肌に、先端が尖った細長い耳。
蒼白い髪は癖がなく、腰あたりまで伸びている。
瞳の色は、赤い。
……闇妖精。
そんな言葉が浮かんで、すぐに「違う」という思いが湧く。
彼は、半妖精だ。
【ヴィクトリア】の心がそう教えてくれるようだった。
「いい子だ、ヴィクトリア。私の忠実な臣下よ、正義の名において、竜騎士であり王国の次期国王であるバロンが命じる」
どくん、と心臓が脈打ち、【ヴィクトリア】の背筋に汗が浮かぶ。
【わたくし】、なんだかおかしいわ。
この声に忠実に従うお人形にでも、なったみたい。
「――王国に仇なす魔術師を成敗せよ」
逆らえない。
【ヴィクトリア】は彼に殺意を向けた。




