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その暗殺令嬢は政略結婚の夫を殺したいほど愛しているので  作者: 朱音ゆうひ@4月1日新刊発売!


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5、小鳥の女王と名もなき時計屋

 雨は、あがるもの。

 翌朝は青い空が広がって、綺麗な虹がかかる。

 真っ白な雲は光風と戯れ、わたくしたちはお花に囲まれてお散歩するの。

 

 咲きごろのつぼみ。芽吹く緑。

 優しく指先でつついて、笑い合う。

 他愛もない日常。ささやかな喜び。

 それを幸せと呼ぶのですって。

 

「お花も葉っぱも、お空も虹も、見せてあげるわ。一緒に見ましょう」

 

 母が愛でてくれた自慢の黒髪に、大好きなお兄様が贈ってくれた赤いリボンをつけて。

 ドレスはリボンとお揃いの色を選び、幼いダリアはおひさまのようにニコニコ笑った。

 

 ――良いことがあったの。

 

「目が見える。目が見えるようになったよ……!」

 

 目が見えなかった貴族の少年が歓喜の声を上げ、彼の母親が驚いている。

 

 ――わたくしが治したの。

 

 フリル装飾がたっぷりのドレスの裾を摘み、幼いダリアは微笑んだ。

 

 有毒植物のメタファリカ。

 その花の蜜を魔法調合して、特効薬を作ったのだ。


「キンツェル家のお嬢様がお薬をくださったのですか? いったい、どのような……」 

「お嬢様、教えてください。このお薬はどのように生成なさったのですか?」


 大人たちが前のめりに聞いてくる。

 少年の家のお抱え薬師や医師が「この薬の調合方法が世に広まれば、大勢が助かるのです」と真剣に問いかける。ゆえに、ダリアは教えた。

 毒は薬にもなりますの。本当よ。実際に治ったでしょう。


「我が家の令息に、毒を飲ませたんですの⁉︎」


 夫人の甲高い悲鳴が響き渡ったのは、そのあとだった。

 

 これは夢だ。

 遠い日の、失敗の悪夢。

 

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

「ダリアお嬢様。ご気分はいかがですか? 医師を呼びますか?」


 侍女の声で、ダリアは意識を浮上させた。

 

 メルフェ。

 わたくし、悪い夢を見たの。

 ……なんて、口に出しては言わないけれど。

 

 目が覚めると、侍女のメルフェがベッド脇で花瓶に花を活けていた。真っ白な花弁。花柱は薄い黄色。可愛い小ぶりのお花だ。

 名前がすぐに出てこない。

 毒性のない、みんなに愛されているお花だ。


「わたくし、大丈夫よ」

「それはようございました。旦那様も心配なさっておいでですよ。このお花も旦那様がご用意なさったのです」

「メルフェは優しいわね」


 主人が喜ぶ嘘をついてくれる。

 ダリアは侍女の優しさに微笑んだ。

 

「ご朝食はお部屋へお運びいたしましょうか」

「もう体調は戻っておりますので、食堂でいただきます。病人食ではなく普段通りのメニューでお願い」

 

 家主のヘルマンが庭先を主な居住場所にしているので、邸宅にいる貴族はダリアのみ。

 二階にある家族用の食堂は、ダリア専用の状態だ。

 

 朝食はペストリー(パイ料理)が主役だが、銀の食器には野菜が盛られている。

 ここ数年、貴族の食卓で人気になりつつあるメニューだ。

 

 この国の貴族社会では、地面から採れる野菜は貧困層の食べ物と言われていた。

 しかし、英雄ヘルマンが物語の中で新鮮な野菜を調達し、魔術師の協力を得て冷たく食感のいい朝のサラダやラディ・ブール(根菜のバター漬け)を作ったことで、イメージが変わる。

 彼を信奉する貴族を中心に流行り出したのだ。

 きのこのタルティーヌを上品につまみながら、ダリアは「そういえば」と侍女に話しかけた。


「メルフェ。使用人の様子に変わりはありませんこと?」

 

 『ネズミ探しゲーム』をした結果、使用人たちの性格や能力はある程度わかった。人は多面的な性質を持っているので、「この人物の全てを理解した」と言い切るのは難しいが、侍女視点での彼らの様子を聞けば、情報の精度はより強まるだろう。

 

「お友達ができましたよ! 小さい子供がいる平民の侍女さんで、話しやすい方です」

「お友達ができたのは素敵ね。その方は毎日お家から通って働いているの? それとも住み込み?」

「住み込みだそうです」


 自分がゲームを吹っかけて倒れた後のことを聞くと、メルフェは目をきらきらさせて「旦那様がお嬢様を軽々と抱きかかえて運ばれたのですよ」と言う。

 

「ふふっ、ヘルマンはそんなことしないわ。わたくしを喜ばせてくれて、メルフェは本当に優しいのね」

「本当ですよ?」

  

 首をかしげるメルフェは小鳥のように可愛らしい。

 ダリアは侍女への好感度を上げつつ、ふと窓の外に目をやって夫の姿を見つけた。


「まあ、朝から目の保養ですこと」


 朝に見る夫は、爽やかな貴公子という雰囲気。

 白シャツの上にゆったりとしたオリーブグリーンのガウンを羽織り、細身のトラウザー姿だ。腰には剣を下げている。聖剣だ。


「ねえメルフェ、オリーブグリーンのガウンが似合うと思わない?」 

「確かに旦那様は美男子でいらっしゃいますが、ガウンは水色が似合うと思いますね」

「水色も似合いそうね……わたくしは妻なのですから、夫の着る服を自分好みに注文して衣装棚を充実させるべきよね……首元に黒いリボンタイ付きがあると、もっと素敵だと思うの」

 

 服だけではない。毒殺対策に毒料理を作って耐性をつけてあげるのはどうだろう。

 ダリアの脳内で買い物の夢が広がるのを背景に、夫は門の方向へと歩いて行った。


「今日は何かあるの? なんだか、門のあたりが賑やかね」

「旦那様は傭兵を雇うお知らせを出されたらしいです」

「傭兵?」


 領地間の戦争でも始まるのだろうか。そんな気配はなかったけれど。

 ダリアの脳内が買い物の夢から貴族の勢力図へと変わっていく。

 

 ウェルザー伯爵が治める土地は、治安も悪く、新領主は名声高き英雄だ。

 今のところ攻めても旨味がないので戦争を吹っかけられたとは思いにくいが、夫の側から仕掛けたのだろうか。

 そして、この領地は新領主が就任したばかりで内政も軌道に乗っていないので、領民の徴兵より金に物を言わせて傭兵を雇うことにした?


「ヘルマンって好戦的なの? 物語では善良に書かれていたけれど、もしかして暴君気質だったり悪徳領主予備軍だったり?」


 貴族の高貴な義務を教えられたダリアとしては、暴君夫は許せない。もしも悪の道を行くならば、妻として息の根を止めて美しい英雄の偶像のまま死んでもらった方がいいのかもしれない。

 一瞬、そんな思いが湧く。それは悲惨なような、甘美なような、不思議な未来妄想だった。


ダリア「みんな、あなたに夢を見ていたの。それなのにあなたは!」

ヘルマン「作り物の英雄像など、信じる方が愚かなのですよ」

ダリア「わたくしは貴族として、あなたの信奉者のひとりとして、絶対に許しません!」 

 

 ああっ、悲劇。

 わたくしは夫の聖剣の射程に入り、あわや首を落とされかけたけれど一瞬早く夫の首を暗器で掻き切る。

 そして言うの。

ダリア「今、どうして躊躇ったの、ヘルマン」

 夫はわたくしの首を落とせたけれど、寸前で躊躇ってしまったの。だからわたくしは……。

 

「わたくしは落涙して夫に寄り添い、自害しようとする……!」 

「お嬢様、お嬢様、現実に意識をお戻しください。違います。戦争ではありません」

「え?」

 

 現実に意識を戻すと、メルフェが教えてくれた。

 

「領地内にある鉱山を掘り進めていたら、ダンジョンに繋がったらしいのです」

「まあ。それは大変じゃなくて? 被害はどれくらい出ているの?」

「侍女友達が噂を教えてくれただけなので……でも、入口から出てきたモンスターが近隣の町を襲ったみたいですよ」

 

 それは、なかなか大変な状況ではないか。優雅に朝食を取っている場合ではなかった。

 ダリアは胸元から小さな魔笛『小鳥の女王(レーヌ・デ・ゾワゾー)』を出して口元に付け、息を吹き込んだ。


 キンツェル家お抱えの魔術師が作った魔道具の効力で、ダリアの意思が声となり、実家から連れてきた暗殺団と、この領地に来てから掌握した《黒犬》に届く。

 

「鉱山から出てくるモンスターから街を守るように」


 命令を出しつつ、自身も軽装に着替えて窓から跳ぶ。

 後に残されたメルフェは「お嬢様!」と悲鳴をあげる。ダリアは子猫のように軽やかに着地し、メルフェに手を振った。


「ダンジョンには宝物が眠っているものです。メルフェ、わたくし、ちょっと攻略してまいりますわ」


 ダンジョンとは、古代の魔術師『名もなき時計屋ロルロジェ・サン・ノン』の遺跡だと言われている。

 魔術師が造ったモンスターの王がいて、それを倒せば王の配下であるモンスターは一斉に潰えるのだ。

 古代の宝物が見つかることも多い。


 金で雇われる傭兵は、国家や貴族の家に仕えていない。彼らは自分の労働力、戦闘能力で報酬をもらい、その報酬で仕事をするための武具を整えたり、資本である体を休める宿代を払ったり飲食代や治療代にしたり、働けなくなった際に少しでも長く生活できるよう蓄えたりしている。


 ひとりひとりの個性はあるが、ビジネスライク、かつ、利己的な性質の傭兵は多い。

 もしダンジョン攻略を任せた場合、見つけた宝物は見つけたもの勝ちで傭兵たちが懐に入れる。

 宝物を発見して「領主様に献上します」なんて殊勝なことを言う傭兵は、「実家が太くて傭兵稼業は遊びでやってる」とか「夫に隠れて夫へのプレゼントを探しにきた妻」といった、『ごく稀な傭兵』くらいだ。


「……ところで、その鉱山ってどこにありますの?」


 ダリアは当然の疑問に出会い、木に登った。

 この邸宅に着いてすぐに、ネズミが忍んでいた思い出の木だ。


 そよ風が周囲の葉を揺らし、かさかさと葉が擦れる音が耳に心地いい。

 花や緑の馥郁(ふくいく)とした匂いに包まれて、身も心も自然環境に溶け込んでいく。気配を消すのは得意だ。人前で目立つよりも、心が穏やかで澄む。

 こんな時、ダリアは「生まれ変わったら植物になりたい」と思うものだった。

 

 上から様子を見ていると、予想通り、ヘルマンは集めた傭兵たちに状況の説明を始めてくれた。

 聞き取りやすい美声だ。

 堂々とした領主ぶりに、ダリアはこっそりと満足した。

 

 上から見るヘルマンも格好いい――と。

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