24、夫長生き化計画、再び
ダンジョン産のモンスターの遺骸を消滅させない技術は、とても有用だ。研究費と年月を費やし、出資を募って技術を広める価値がある。
ただし、ダンジョン産のモンスターがそもそも出現しないとなれば話は別。
ダリアは迎賓宮に戻る馬車の中でヘルマンに真実を突き付けた。
「ヘルマン。もう一度言いますわね? 覚悟して聞いてちょうだい。呪いは解けましたの」
ですから、残念ですけどあなたのビジネスはピンチですわね。
同情的に結論付けようとしたダリアの左手がヘルマンの手で持ちあげられる。何事かと視線を落とすと、ヘルマンは指輪を取り出して見せた。
「愛しています」
「はい? ……えっ」
「これからは今までの分を取り戻す気概で夫として尽くしたいと思っております」
「まあ」
わたくしがしたかったのは夫婦仲のお話ではないのだけど。
でも、素敵ね。
「お嬢様、こちらは婚約指輪です」
「結婚しているのに?」
「私たちは書類上最低限の手続きを踏んだのみで夫婦になっておりました。しかし、それは高貴なお嬢様の婚姻にふさわしくありません。ですから、もう一度最初からやり直したいのです」
ヘルマンは指輪をダリアの指に填めて、柔らかな手つきでダリアの髪を撫でた。
なんだかくすぐったい。甘い空気だ。
「私と結婚してください、お嬢様」
「……!」
そっと頷くと、彼は微笑んでダリアの頬に手を当てる。顔がもう近い。
大きな手のひらのぬくもりに包まれて、ダリアはそっと目を閉じた。
そよ風のごとき自然さで、唇が触れ合う。
キスは優しく、甘やかだった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「一生に一度の商機……いえ、一大イベントですから」
「ヘルマン? あなた、わたくしの結婚式で商売をするの?」
結婚式は、王侯貴族を領地に招待して盛大に行われた。領地の民にはご馳走が振る舞われ、祝いの祭りが領地中で盛り上がる。
「おめでとうございます、ウェルザー伯爵夫妻!」
「おふたりの門出に祝福を……!」
誰も、ふたりの結婚に反対する者はいない。堂々と祝われての結婚式は大成功だ。
ダリアは大満足して式を終えた。
そして、夜。
ようやく二人きりになれた寝室に、淡い琥珀色の灯りが揺れている。
侍女たちが腕によりをかけて準備してくれた夫婦の寝台の端に座り、ダリアは落ち着かない気分で指先を絡めた。
寝室に姿を見せたヘルマンは、そんなダリアの様子を見つめながら、少し困ったように微笑んでいる。
昔の彼なら、こんな顔はしなかっただろう。
一度目の人生の彼は、もっと余裕がなかった。切羽詰まっていた。
逃げるような駆け落ちだった。
明日生きている保証すらない夜も多かった。
だから、求め合うことに必死だった。
だが今は違う。
失いたくない。
壊したくない。
怖がらせたくない。
そんな感情が、ヘルマンの表情の裏から読み取れる。
「お嬢様。私があなたに触れることを許していただけますね?」
「え、ええ……」
低く優しい声で呼ばれ、ダリアの肩がぴくりと揺れる。気付け用に飲んだ酒の効能もあってか、顔が熱くて仕方ない。
それはもう許しますわ。ずっと夢見てきたと言っても過言ではありませんわ。
間違っても「こういう夜を夢見てました」なんて言えないけれど。
みっともない顔を晒してしまいそうで、ダリアはそっと視線を逸らした。
「……ヘルマン、わたくしのことは、もう名前で呼んでくださる?」
「では、ダリア。あなたの大切な書物に出てくるどの私よりも、優しくいたしますね」
「なっ……」
わ、わたくしの秘密の書物の存在がばれている?
動揺するダリアの吐息が口付けで奪われる。
「ん……っ」
いつもの優しい触れ合いと違い、唇を割って舌が割り込み、貪るように深い。
溺れそうになるダリアの反応を探りながら、ヘルマンはあやすように後頭部を撫でて、息継ぎの隙をくれる。
「呼吸をなさってください、ダリア」
「はぁっ……」
「お上手ですよ」
優しい囁きは、掠れていてひどく色っぽい。
乱れたシーツにぐっと押し付けられて、体の内側に燻る熱を掻き立てるように撫でられ、愛でられ、煽られる。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
結婚式と初夜の思い出は麗しい。
ただ、体を許して知ったが、夫は絶倫で、翌朝のダリアはすっかり喉が枯れ、全身はあちこちが痛んで大変な思いをしたのだった。
もっとも、それは幸せな疲労感と痛みだったのだけど。
「おかあさま、おかあさま」
「え?」
微睡みの中で、ダリアは身を起こした。
目の前に、ヘルマンとダリアの子供たちがいる。双子の男女だ。
「ぼーっとして、どうしたの?」
これは夢だわ。
ダリアは直観的にそう思った。
自分は前世を思い出すことはなく、代わりに未来を見ているのだ。
「ごめんなさい。今、何をしているところだったかしら」
夢の中だが、ダリアは思い通りに言葉を発することができた。
不思議な感じだ。
子供たちは可愛らしい目をくりくりとさせて、両手に持っているお花を見せた。
「おとうさまのお墓に、お花をお供えするんだよ」
「ドラゴンの討伐で亡くなってしまった日だから」
……えええっ?
「どういうことですのーーーっ⁉ あ、痛っ……」
「……いかがなさいました? 大丈夫ですか?」
大声を上げて、ダリアはがばっと寝台で飛び起きた。
夢は一瞬で覚めて、現実、現在の夫婦の寝室の隣にはヘルマンがいた。
新聞を眺めていた彼は、突然、奇声をあげた愛妻を驚いた様子だった。
「ヘルマン。その新聞……」
ダリアは彼がサイドテーブルに置いた新聞の見出しに目を留めた。
『王太子の緊急警告! 魔大陸に巣くうドラゴンが人類の居住地への進出を狙っている⁉ ~消えるダンジョンモンスターは魔大陸の技術か~』
心配する夫は、甲斐甲斐しく水差しから水を入れて飲ませてくれる。
「昨夜は嬉しくて、つい無理をさせてしまいました。お身体はおつらくありませんか?」
気づかわしげに言ってくれるのは嬉しいが、ダリアはつい今しがたの悪夢が未来予知だと思えてならなかった。
もしかすると、未来の子供たちが「おとうさまが死なないほうがいいなあ」などと思って警告してくれたのでは、なんて考えが浮かぶ。
「よ、よろしくってよ。わたくし、運命になんて負けませんわ」
「ダリア?」
もともと、この夫を長生きさせるつもりだったのよ。
相手がドラゴンだろうが、わたくしは負けないわ。
「ヘルマン! わたくし、あなたを絶対に長生きさせてあげますっ! 目指せ、ふたり揃ってよぼよぼのおじいちゃまおばあちゃまよ!」
「……はい……?」
一難去って、また一難。
ダリアの「夫長生き化計画」は、まだまだ続くのだった。




