23、ヘルマン・ウェルザーの危険な商売
遊戯が終わり、魔法が消えると、ダリアたちは元いた部屋に戻った。一件落着、と安堵しかけたダリアは、元の世界の異変に気付いて目を瞬かせた。
「あら、お城が……」
部屋は元の通りだったが、外に出ると城はぼろぼろになっていた。
あるべき場所に壁がない。床には壁の残骸らしきものが山を作っている。柱は折れ、天井は崩れて、ところどころ燃えた後のように炭化している。
「まるでドラゴンの襲撃にでも遭ったみたい」
「ドラゴンの襲撃に遭ったのです」
ヘルマンは淡々と言い、ダリアとバティストを中庭へと誘った。風に乗り、食欲を刺激する匂いが漂ってくる。
大きなかがり火と、その周囲に集まっている人々が匂いの元だ。大量の肉がかがり火から少し離れたところに積まれていて、調理人が肉を切り分け、串に刺している。串に刺さった肉は火で焼かれていて美味しそうだが、舞踏会の衣装をこげつかせて串に刺さった肉を頬張る貴族の集まりという光景は違和感がある。
お城の中庭という場所的にも、不釣り合いな野生的な感じが強い。ダリアは頭の上から「?」を噴出させた。
「なんだ、この疑問符は」
「この文字はウェルザー伯爵夫人が稀に出す暗殺技だと聞いたことがあるぞ」
「そんな技があるのか?」
「?」に気づいた様子で、何人かが周囲を見て、ダリアに気づいて声を上げる。
「バティスト殿下! ご無事でいらっしゃいましたか……!」
「ウェルザー伯爵夫人もいらっしゃるぞ」
人が寄ってきて、口々に声がかけられる。
話を聞くと、舞踏会の最中にダンジョンが出現したらしい。空からドラゴンまで襲来して、城は甚大な被害を被ったが、英雄ヘルマンの働きによりなんとか事態は収拾され、今は後始末の段階。
行方不明だった王太子とウェルザー伯爵夫人は生存が危ぶまれており、中にはどさくさに紛れた駆け落ち疑惑まで浮上していたのだとか。
「とんでもない疑惑が払拭できてよかったですわ」
「まったくです。憶測を最初に口にした者にはすでに責任を取っていただきました」
ヘルマンは爽やかに言い、焼きごろの串肉をダリアとバティストに配った。
「お嬢様、こちらは襲撃してきたドラゴンの焼肉でございます」
「えっ?」
ダンジョン産のモンスターはダンジョンを攻略すると消滅するのではなかったか。
ダリアは驚いたが、追加で頭から飛び出た「?」を慣れた様子でつまみ、ヘルマンは誇らしげに語りだした。
「私はかねがね、ダンジョンモンスターが消滅するのを惜しいと考えておりました」
「惜しいですって? とっても迷惑で危険な存在なのに?」
「モンスターの皮や爪や牙、心臓が固まってできる魔石、肉。それらはすべて希少で高級な素材。武器や魔道具、栄養たっぷりの料理や薬になるのですよ」
ダリアは差し出された串肉を受け取り、熱々のそれを小さく一口かじった。
瞬間、口の中に広がったのは想像を遥かに超える味わいだった。
「……っ!」
思わず目を見開く。
外側はカリッと香ばしく焼き上がり、火の匂いとハーブの風味がしっかり染み込んでいる。
ところが、歯を立てた途端、中から溢れ出す肉汁が……じゅわっ。
濃厚でありながら、驚くほど上品!
まるで長年熟成させた最高級の赤身肉を、瞬間的に極上の状態で焼き上げたような味わい!
「これは……!」
ダリアは思わず声を上げた。
「牛肉とも猪肉とも違う、野性味と高級感が両方あるわ。火を通しても臭みが全くなくて、むしろこの独特のスパイシーな風味が食欲を刺激しますわね……!」
これなら貴族たちが串焼きに群がっているのもわかる。ダリアは下品にならないように気を付けつつ、夢中で肉を頬張った。
そっと上目に窺うと、ヘルマンは微笑ましい小動物を見守るような目で見ている。
「魔力の残滓かしら? 食べたあと体がじんわり温かくなって、力が湧いてくる気がする……。まるでポーションを飲んだみたいな感覚。栄養たっぷりというより、魔法の料理ですわね」
周囲の貴族たちも口々に感想を漏らしている。
「ドラゴンの胸肉部分は特に柔らかいな……!」
「翼の付け根は筋肉質で歯ごたえがあって酒に合うぞ!」
「尻尾の先はコリコリして最高だ!」
ヘルマンは満足そうに頷き、商人のように肉を売った。
「ドラゴンの各部位で味と食感が全く違いますから、ぜひ色々と試してみてください。心臓の部分は特に魔石に近い魔力含有量で、魔術師には最高の滋養食ですよ」
貴族たちが豪邸が買えるほどの金を払い、串肉を買っていく。
そんな光景に気づいて、ダリアはまじまじと夫を見た。
こ、この男、ダンジョン災害に遭った直後の城で商売をしている……⁉
「ダンジョンモンスターは、従来、ダンジョンを攻略した瞬間に魔力の供給が断たれて消滅しておりました。……ですが、私はかねがね、それをもったいないと考えておりました」
ダリアが目を丸くする中、ヘルマンは歌うように流暢に、熱を帯びた口調で声を響かせた。視線は貴族たちに注がれている。
「モンスターは出現するや否や都市を破壊し、人々に怪我を負わせ、時には尊い命を奪います。領主は討伐隊の費用、復興費用、負傷者や遺族への慰謝料・支援金……と、多額の出費を強いられる。倒したところで遺骸は消える。結果、赤字ばかりが積み重なる構造です。領主の皆様はさぞおつらいでしょう!」
そうだそうだ、うんうん、と貴族たちが熱心に頷いている。
共感されている……。
「ですが、もし遺骸が残ればいかがでしょう? 想像したことがございますか、モンスターの皮、爪、牙、魔石、肉……すべて、希少素材ではありませんか。武器、魔道具、栄養満点の料理、薬……どれも高値で取引できる――つまり、黒字に転換できるのです!」
おお、とどよめきが生まれる。
ダリアは一緒になって「その通りね」と頷きながら、謎の既視感を味わっていた。
何だろう、この感覚。まるで口の上手い商人のセールストークに乗せられているみたい。
ヘルマンは串をくるりと回し、焼き上がった肉の脂が滴るのを眺めながら、商人らしい笑みを浮かべた。
思えば、彼は商人だった。
聖騎士で領主としての姿が有名すぎて忘れそうになるけれど。
「そこで私は魔術師組合に研究資金を投資し、モンスター消滅を防ぐ魔法陣の開発を支援したのです。発動条件はシンプルで、初級魔法を扱える者なら誰でも扱えます。討伐の際に魔法陣を展開するだけで、モンスターの遺骸をこの世界に固定できる。……実際に、今回のドラゴンもその成果です。ご覧の通り、立派な焼肉となっております」
ヘルマンは誇らしげに中庭のかがり火を指差した。
「将来的には、都市の周囲や主要施設に常設の魔法陣を敷設するのも良いと考えております。いざモンスターが出現した際に即座に固定でき、被害を最小限に抑えつつ、即座に資源回収に移れますからね。初期投資はかかりますが、回収は早い。五年以内に黒字化の見込みです」
なにせ、ダンジョンはどんどん湧くのですからね、と語るヘルマンに、ダリアは「あっ」とバティストと視線を交わした。
呪いは解いたのだから、ダンジョンはもう湧かないのでは……?
ヘルマン? ヘルマン?
わたくし言いましたわね?
の、呪いは解きましたのよ?
妻の内心を知らず、夫は貴族たちに熱いクローズトークを畳みかけていた。
「さあ、皆さん! これからはドラゴンが来れば来るほど儲かる時代です! 被害者から勝者へ。赤字から黒字へ。この大チャンスに、最初に飛び乗るのはどちらの名領主様でしょうか? 出資は今すぐ! 席に限りがありますよ!」
ちゃりん、ちゃりん、ちゃりん。
金貨がどんどん積みあがる。
あなた、普段とキャラが違うじゃない。
大声でつっこみをしたくなる変貌ぶりだった。
「殿下。責任を取ってくださいまし」
「俺に言うなよ。お前の旦那だろう」
ドラゴンの肉は、今後手に入るのだろうか。
一抹の不安を胸に、ダリアは貴重な美食をじっくり味わったのだった。




