19、パパたちは怒っているのだよ
ダンスの余韻に浸りながらドリンクで喉を潤していると、ヘルマンが国王陛下に呼ばれていった。
ダリアが見送っていると、王太子バティストが隣にやってくる。
バティストはダリアと視線を合わせることはせず、前を向いたまま話しかけてきた。
「民衆の人気が高いウェルザー伯爵が望まぬ妻を押し付けられて不満ではないかと父は心配しているのだよ。機嫌を取るのだろうね。万一にでも王室に離反すると一大事だからな」
「そして殿下はわたくしのご機嫌を取ってくださるというわけですか?」
「その通り!」
不遜極まりないと自覚しながら挑発気味に言ってみれば、バティストは指をパチリと鳴らした。すると、虚空から大きなクマのぬいぐるみが現れる。
放っておけば床に落ちそうになるそれを抱き留めると、バティストは嬉しそうに「似合うな」と言って手を差し出した。
「俺はダンスが苦手なので、別室にウェルザー伯爵夫人専用のデザートコースを用意している。もちろん、不名誉な噂が立たないように他の客も招いているが、いかがだろうか?」
人の多い舞踏会の会場から気の合う数人だけで別室に移動するのは、珍しいことではない。
話をしたかったので、ちょうどいい。
ダリアは優雅にドレスの裾をつまみ、申し出を受けた。
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「母上? 父上? なぜここに」
「ヘルマン、ヘルマン、あなた、全力で必死に謝るのよ。こ、殺されてしまうわ」
「一体どういうことですか?」
ヘルマンは国王に招かれて入室した部屋で、自分の父母や国王夫妻、そしてダリアの父母であるキンツェル伯爵夫妻に囲まれた。
「よいか、ウェルザー伯爵。パパたちは怒っているのだよ。私もだぞ」
髭をたくわえた国王は、優しい性格で国民に慕われている。
国王は、まるで子供に言い聞かせるかのようにヘルマンを窘めようとしていた。
「ウェルザー伯爵よ、軽率に離婚などと言うものではないぞ。しかし、頭ごなしにそなたの意思を否定するのも心がない。そなたは国家の英雄ゆえに、今宵は皆で話を聞こうではないか、ん?」
国王が言うと、王妃が「何が不満なのです? これだから男は……」と詰め寄ってくる。
これだけでも居心地が最悪だが、ヘルマンの父母は「愚息が申し訳ございません」と平謝りしたり「息子の代わりに私が罰を受けます」と悲壮な口調で繰り返す。
しかも、妻の父母であるキンツェル伯爵夫妻が同席していて、袖口から暗器を出して殺意満々にヘルマンの首を狙ってきた。
「うちの娘は健気ゆえ、どんなに無礼な扱いをされても寛容にヘルマン殿を許し続けている。だが、キンツェル一族の意見が娘と同じだと思うなよ! このX●●XX●!」
キンツェル伯爵は気弱で温厚な人柄で有名だが、まるで別人のような激昂ぶりだ。
後半は貴族が国王同席の場で口にするにしてはひどすぎる罵倒である。ヘルマンはさすがに驚いた。
「国王陛下の御前です、キンツェル伯爵! お怒りはごもっともですが、落ち着いてください!」
「ああ、伯爵。どうか私を息子の代わりに……!」
「やめよ! キンツェル伯爵!」
ヘルマンの父母が泡を食って叫び、国王は近衛兵に命じてキンツェル伯爵を止めさせた。大変な騒ぎになってしまった。
ヘルマンは床に膝をついてキンツェル伯爵夫妻に詫びた。
「王室の命令に反発し、高貴なお嬢様に対して無礼千万をいたしましたことをお詫び申し上げます。申し訳ございません」
キンツェル伯爵夫人は夫に後ろからしがみつき、おっとりと恐ろしいことを言い聞かせている。
「あなた、落ち着いて。わたくしが彼のグラスに毒を盛りましたから、もうやめて。毒が効かなくても暗殺部隊を領地に派遣しておきましたし……」
国王夫妻が「英雄を堂々と暗殺するのはやめてほしい」だの「あなた、堂々としているのは暗殺なのかしら」だの話している。もうめちゃくちゃだ。
「こちらのグラスですか、キンツェル伯爵夫人? 私が息子の代わりに飲み干せば、許していただけますか?」
「母上、やめてください」
ヘルマンの母が毒を盛ったグラスを震える手で持とうとするので、ヘルマンは頭痛を覚えつつ、伯爵夫人が毒を盛ったグラスの中身を飲み干した。
「きゃあっ、ヘルマン! なんてことを!」
「誰か、医師を呼べ……!」
彼の命が奪われることを望まない者たちが悲鳴を上げるのを視線で制して、ヘルマンはグラスを置いた。
「私に毒は効きません。妻が毎日、毒入りの料理を振る舞って耐性をつけてくれましたので」
実際は聖剣の主人であるための加護による毒耐性のおかげでもあるのだが、惚気るように妻の功績を強調したのは夫婦仲が良好だとアピールする目的がある。
「若気の至りにて、愚かにも離婚を申し出てしまいましたが、現在、私と妻は、あ、愛……」
愛し合っているのです、と言おうとして、「呪いは大丈夫だろうか」と気にしてしまう。
そんな自分に腹を立てていると、両親や舅姑、国王夫妻が目をぎらぎらさせた。
「愛? 愛と申したのか、ウェルザー伯爵?」
国王は臣下の恋愛事情が大好物だと聞いたことがある。本当なのだろう。今、とても嬉しそうだ。
「では、もう離婚などと面倒なことはおっしゃらないのね。これだから男は、はあ……」
王妃からの好感度は低いようだった。自国の英雄だというのに、虫けらを見るような目で見られている。
「愛なの、ヘルマン? らぶらぶなの? いちゃいちゃしているの?」
「お前、そうか。子供ができたのか! めでたいぞ!」
両親はイラッとするので黙っていてほしい。子供はできていない。
「うちの娘を傷物にしたのか。白い結婚だと言うから殺すだけで勘弁してやろうと思っていたのに、おのれ、許さんぞ。呪ってやる!」
「あなた、落ち着いてくださいな。離婚しないならいいじゃない。ダリアはウェルザー伯爵にずっと憧れていたんですよ」
キンツェル伯爵との和解は無理だと思う。
それにしても、お嬢様はずっと……。
「そう、ですか。お嬢様は、ずっと私に憧れてくださっていたのですね……」
ポッと頬を染め、思わず口元を押さえてじいんと浸っていると、キンツェル伯爵が毒塗りの針を飛ばしてきた。
「キンツェル伯爵、やめないか」
国王が窘めてくれる。
窘める程度で済ませていい行動ではない気がするのだが、それをヘルマンが言うと火に油を注ぐので言わないでおこう。
「ウェルザー伯爵め。たった一度サロンで会っただけで。それも無礼な態度で、娘の心を奪いよって」
「そう、ですか。お嬢様は、あの出会いで私に……」
「嬉しそうにするな若造~~!」
キンツェル伯爵との和解は無理だと思う(二度目)。
しかし、言うべきことは言おう。
「皆さま、私はダリアお嬢様を心からあい……」
「そこで詰まるな若造~~!」
「あなたが言葉をかぶせて聞こえなくしているのよ、キンツェル伯爵」
キンツェル伯爵は現実を拒絶するように酒を飲み、「昔のダリアはおとうしゃまと結婚すると言っていたのだ」だの「私が寝ている部屋に泣きながらやってきておとうしゃまがちゅーしてくれないと寝れないとおねだりしてきた」だのと可愛い幼少期のお嬢様の話をし始めた。
「可愛かった! とても可愛かったんだ! パパだけのお姫様だったんだ!」
「そのお話は大変可愛らしいですね、お義父様」
「気安くお義父様と呼ぶな若造~~!」
酒を注ぎ足しながら興味津々で幼少期のお嬢様トークを促すと、キンツェル伯爵はぺらぺらと可愛いお嬢様の話や微笑ましいお嬢様の話をしてくれたので、ヘルマンはこの義父が少し好きになった。
「すや、すや」
やがて、キンツェル伯爵は酔いつぶれてくれた。
貴族としては恥ずべき醜態だが、ヘルマンの目には娘を溺愛する義父が微笑ましく人間味のある人物に思えた。
「ごめんなさいね、ウェルザー伯爵」
キンツェル伯爵夫人はヘルマンに謝るふりをして再びグラスに毒を盛っていた。
おほほ、と優雅に友好的に笑う夫人の犯行に、室内の誰も気づいていない。
実はこの夫人のほうが厄介なのかもしれない――ヘルマンはそう思った。




