16、ヘルマン・ウェルザーの告白
「メルフェ。わたくしとヘルマンって、もしかして今、このような夫婦関係ではないかしら」
ダリアは紙に書いた図を侍女と一緒に見つめた。
図1
ダリア←←←←←←ヘルマン
※矢印は恋愛感情
図2
ダリア→ ←←←←←←ヘルマン
「ええと、お嬢様と旦那様は……図2……でしょうか?」
「あらメルフェ。まだ図1じゃないかしら?」
「そのう……お嬢様は好意がわかりやすいので……」
重要なことは、ダリアからの矢印ではない。
ヘルマンからの矢印が感じられることだ。しかも、客観的に見ても明らかに。
「それなのに彼ったら、未だに離婚するとおっしゃるの。おかしいと思わない?」
「おっしゃることとなさってることが違うタイプの殿方は理解しがたいですね、お嬢様」
ふたりで文句を言っていると、ヘルマンが後ろから覗き込んでくる。
夫は神出鬼没だ。
ダリアはキンツェル伯爵家の令嬢として訓練を受けているので、人の気配を敏感に察知する性質なのに。
「ヘルマン。わたくしのメモを勝手に覗かないでちょうだい!」
恥ずかしいじゃない!
慌てて手でメモを隠すダリアに「失礼しました」と謝り、ヘルマンは外へと誘った。
「お嬢様、少し散策しながらお話しませんか」
メルフェが目を剥いて両手をあやしく上下させている。
身振り手振りで、ダリアには言わんとする意味が伝わった。
『デートですよお嬢様! デートです!』
そうねメルフェ。これは間違いなくデートのお誘い。そしてわたくしは。
図1
ダリア←←←←←←ヘルマン
※矢印は恋愛感情
……わたくしは、図1から夫婦関係をスタートしたいの!
「本当はわたくし、忙しいの。でも、し、仕方ありませんわね。あなたが何度もしつこく誘うから……仕方なくご一緒しますわ」
「私は今初めて誘ったと記憶していますが? ……まあ、細かいことはいいでしょう」
夫が細かいことを気にしない性質でよかった。
ダリアはツンとしたつれない顔を装いつつ、夫のエスコートに嬉々として身を任せた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ヘルマンが連れていったのは、王都の中央公園『白百合の園』にある人工の大きな湖だった。
『人魚の涙』という名前が付けられたこの湖は、貴族専用の白いボートが数隻あり、侍従が漕ぐこともできるが、夫婦二人きりで漕ぐのも上流階級の粋なデートとして流行っている。
午後の柔らかい日差しが水面に反射してキラキラしている。
湖面には睡蓮が浮かんでいて、時間がゆっくりと過ぎていくように感じられる。優雅なひとときだ。
「ダリアお嬢様に、私は告白しなければなりません」
「ま、まあ。告白ですって」
愛の告白をしてくださるの?
そうよね、愛し合う夫婦には「愛しています」の一言が必須よね。
内心で舞い上がりつつ、ダリアは興味なさそうな表情を作った。
「聞いてあげてもよろしくてよ」
我ながら偉そうな物言いだ。可愛げがない気がする。けれど、ヘルマンは「ありがとうございます」と微笑んだ。
わたくしの夫は、もしかしたら妻に偉そうにされるのが好みだったりするのかしら。
煩悩だらけの妻に対して、夫は誠実そうな声で真実を打ち明けた。
「実は、私が以前申し上げた未来のお話の件でございます。つまり、『一年後に何者かに殺される運命』というお話ですが……」
「まあ、そのことでしたの。大丈夫ですわヘルマン。あなたの敵の半分はもう潰しましたし、敵対しそうな人物には根回しをしておきましたので、もうかなりリスクが減っていると思いますの」
「お嬢様は私が知らない間にずいぶんと行動なさっておいでなのですね。正直驚いています」
もちろんよ。
ダリアは胸を張り、自分が夫を長生きさせるために行った施策をひとつひとつ指折り数えた。
邸宅内の警備も改めたし、庭にも罠をたっぷり仕掛けた。
領地内の地下組織は掌握して教育を進めている。
ある日突然異国の軍勢が攻めてきても返り討ちにしてあげる。
夫に毒耐性もつけさせることにも成功しつつある……。
「あのお話は、嘘なのです」
誇るダリアの耳に、あっさりとしすぎたヘルマンの言葉が届く。
「な、なんですってえ」
「お嬢様。私は実は、一度人生を失敗した男なのです」
ヘルマンは困り顔になって「信じてもらえるかわかりませんが」と付け足しつつ、続きを話した。
その話によると、ヘルマンは一度目の人生でダリアを駆け落ちしたが、二人が呪われていることを知った。
「『悲劇の運命、お前たちが結ばれることは許されない』……今になって思えば、あの呪いの声は王太子殿下の声によく似ているように思えたのです」
「王太子殿下がわたくしたちを呪ったとおっしゃるの? わたくしが魅力的すぎて?」
「お嬢様はご自分の魅力を正しく理解なさっておいでで、大変可愛らしいですね」
どこか残念な子を見るような目で見られて、ダリアはにこりと微笑んだ。
「あなたの妻は世界一可愛らしいのですわ、ヘルマン」
自分たちは前世から愛し合っていたのだ。
なんてロマンチックなんでしょう。
ヘルマンが齎した事実は、ダリアを幸せな気分にさせた。
「しかし、王太子殿下は私がこと切れる間際に駆けつけて、王家の秘宝を使って私に人生をやり直させたのです……。先日思い出した死に際の記憶は、そういうことかと思われます」
「王太子殿下がやり直しの原因ですの? 人を呪っておいて、もう一回だなんて。迷惑なお方……」
そして自分たちは、その「迷惑なお方」に呼び出されているのだ。
ダリアは夫が語る「やり直した後に未来知識を使って成り上がった話」や「呪いがあるからには自分たちは結ばれるべきではないと思われる話」などを興味深くきき、「それでは」と結論を唱えた。
「呪いを解いて幸せになりましょう」
それはとても明快な結論であるように思えたので、ダリアはすっきりとした気分になった。
王太子が犯人だとわかっているのだから、王太子に「呪いを解きなさいよ」と迫ればいい。
もしも呪いをかけた犯人を殺傷することで解けるタイプの呪いなら、暗殺してしまえばいい。
ダリアがニコニコと解決方法を語ると、ヘルマンは驚きつつ、「そうですね」と検討顔になってくれた。
「暗殺はさすがに、慎重になったほうがよろしいかとは存じますが」
「わたくしたち、王太子殿下がどんな方かをあまり知りませんものね。まずは人となりを調べて判断しましょうか」
「私は、今世で少しだけ縁がございますよ。戦場でお命をお救い申し上げたことがあるのです」
王太子は数日後、ダンジョン攻略を終えて帰還した。
ダンジョン好きの王太子は民の間では好意的に受け入れられていて、王都はお祭りムードで大賑わいだ。
帰還してすぐに、王太子主催の狩猟大会と舞踏会が開かれる。
ヘルマンは狩猟大会で妻のリボンを剣の鞘に飾って活躍し、もっとも多くの獲物をしとめた勇士として表彰された。
表面上、緑髪の王太子は友好的で、人目があるからかもしれないが敵意は欠片も感じられない。
ヘルマンのことは命の恩人として、また憧れの英雄伯として敬意を感じさせる接し方だ。
しいていえば、ダリアをあまり見ようとしないのが違和感のある点だろうか?
ダリアは貴婦人の待機場所で花の界隈の令嬢たち相手に優雅なティータイムとマウント大会を楽しみつつ、王太子についての情報収集に勤しんだのだった。




