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変わらないこともあれば変わったこともある

 改めて、生きていくことを決めたあの日、結果としてボクはルドヴィンとまともな会話はできなかった。ルドヴィンと現実で顔を合わせた直後に、ティチアーノさんとフェルツィウムさんが大急ぎでやってきたのだ。フェルツィウムさんはすごく憤慨した様子で、こう言った。


「ルドヴィン! 悪いけれど、すぐにでも帰ってもらうよ!」


「何だよ急に……。一体どうしたんだ?」


「君の兄君であるレンブラント王子が来ているんだよ! まだやるべきことが残っているから早急に帰ってこいとね!」


 ボクにはよくわからないのだが、ルドヴィンは王座につくために必要な手続きをまだ行っていなかったらしい。兄様の言葉を代弁したエドモンドさんに聞いたところ、承諾は貰えたけど言質を取れていないから、早めに取っておかなきゃならないんだって。撤回できないように、って。よくわからないけど、とても重要みたいだ。

 なのでルドヴィンは、一言、また後でな!と、告げた後、すぐさまエドガーさんも連れてディゾルマジーアから去っていったのだった。


 それから、短いようで長い時間が流れた。時間で言ったらほんの一週間ほどだ。その間、ずっとルドヴィンに会うことはなかった。あまり詳しくは聞いていないけれど、今が大事な時期だから、時間を取るのは難しいみたいだ。


 ボクの方はと言うと、今までとそう変わらないというか、むしろ落ち着いた日々を過ごしていた。体感としては大分元気だと思うのだけれど、まだ心身ともに休養を取らなければならないらしい。イリスさんにもセザールさんにも、まだ元気がないように見えると言われてしまった。自分ではそう感じないけど、そう見えるのならそうなのだろうから、穏やかに生活を送っていた。

 一つ、特異だった出来事と言えば、セザールさんの過去のお話かな。あの日から二日ほど経った頃だろうか。セザールさんは、ボクとイリスさんに、自分の正体を教えてくれた。


「実は俺、旦那様をこの世から抹消するために遣わされた暗殺者だったんですよー」


 へらっとした笑顔でそう言われたのは、さすがに驚いた。絶対に、簡単に言えることではないのだから、軽い感じで言われたことに、その時はただただ驚いてしまった。驚きすぎて、へーそうだったんだー、という、世間話みたいな返しをしてしまった。


「ああ、今はもうそんなことはしてませんよ。足洗ったんで! 今まで黙ってましたけど、旦那様にはきちんと説明して、改めて雇ってもらってましたし。この技術もちょーっとだけ、エドガーとかに教えただけですから。……すみません、もっと早めに伝えなくて」


 笑いながらの謝罪ではあったけれど、改めて思い返すと、あの笑顔は無理に作ったもののように思える。それにここまで隠してたんだから、きっと言うにも勇気がいることだったはずだ。それなのに、あんな反応で終わらせてしまったことを、今更ながら反省している。けれど、あれからもセザールさんは躊躇うことなくボクをおちょく……面倒を見てくれているし、掘り返されるのも嫌だろうか。

 その考えをイリスさんに伝えてみたところ、一切の迷いなく、こう言われた。


「お伝えせずとも、そのお心の中でそう感じていただけるだけで、この上ない幸せでございます。ルミア様は憂いておられるようですが、セザールにとっては、向けられる目の色が以前と変わらないということに、もう安心をしておりますから」


 言われたときは、どういうことなのか、と疑問に思ったけれど、よく考えると確かにその通りだとわかった。普通、元であったとしても暗殺者って怖いものだって、ボクもわかっているはずだった。なのに、恐怖心なんて微塵もなかったボクがおかしいのかもしれない。だけど、本当に、驚いただけでそれ以外には何とも思わなかった。それこそ世間話みたいに聞けてしまえたのだ。

 多分、セザールさんの、これまでの笑顔が本物だったからだろうな、とボクは思っている。確かに、本当に最初、仲良くなる前のセザールさんはそこそこ冷たさを感じたけれど、一緒にいるようになってからはありのままのセザールさんだった、と思う。それでも確実に不安要素を消すのなら、父様に聞けば、本当にセザールさんが父様にだけは全てを伝えていたのか知ることができる。でもボクは、ボクの知っているセザールさんを信じていよう。恐怖を感じなかったボクの直感を裏切らずに、これからも一緒にいようと、ボクは決心している。


 うん、この数日間であった特筆するべき出来事はこれくらいかな、と。ボクは目の前の日記帳に、自分の思いを書き綴った。残念なことにある種の療養を言い渡されているため、外で一時間以上走り回ることどころか、家事の手伝い等まで禁止されているので、非常に時間を持て余していた。なので、その時間を使うために、新品の日記帳を手に入れて、今こうして書いていたのだ。

 しかし、意外と日記って書くのに時間かかるんだなあ。これを機に毎日続けていこうと思ったけど、それは難しいかもしれない。元々、机に座って書き物をするのも、ボクの苦手とすることだ。集中してできるのは、絵を描くことぐらいか? うーん、でも描いてるときの意識は残ってないから、日記とはまた違う気がする。


 ああ、そうだ。絵と言えば……あった。転生した直後に描いた、パッケージの表面。描かれているのはボクも知っている三人の姿なのに、ものすごく懐かしい感じがするなあ。ベルはめちゃくちゃ今と変わってるから、本当に懐かしいんだけども。ナツメの時にかなり近づいた見た目だったなあ。久しぶりに会えて、本当に嬉しかった。……またすぐにどこかへ行っちゃったのは、ちょっと寂しいけど。わざわざボクが寝てる間に変える必要ないじゃないか。次に帰ってきたときはティチアーノさんが、ボクが来るまで引き留めておいてくれるって言ってたから、その時は絶対、文句の一つでも言ってやる。


 しかし、この紙が結構ボロボロになってるところを見ると、ボクがここで生きることになってから、こんなにも月日が流れたんだな、って実感する。色々なことがあったな。良いことも、悪いことも。貴族らしい振る舞いをほとんどしなかったし、ベルの言ってた世界と世界とは大分変わってしまったみたいだし、すごく好き勝手やってしまった気がする。

 それから……そうだ。これを描いたときは、ルドヴィンとは心底会いたくないって思ってたっけ。それなのに、今はこんなにも、会いたいと思ってるなんて、不思議だな。人生って不思議だ。


 うん、ようやく、言う決意が固まった気がする。


 机に突っ伏しながらそう思ったところで、規則正しくノックが三回聞こえてきた。ボクの部屋に訪問なんて、誰だろうか。はーい、と返事をしながら扉を開けると、そこには兄様が一人で立っていた。


「兄様! どうかした? エドモンドさんはどうしたの?」


 兄様は喉の調子を整えるように咳をした後、柔らかに微笑みながら口を開いた。


「……ふ、エドモンドは撒いてきた」


「撒いてきたって、またエドモンドさんを困らせるようなことを……あれ!? 兄様話せてる!?」


 昨日までは筆談、もしくはエドモンドさんが話すことによって会話してたのに、声が戻ってる!?


「今朝、やっと治ったんだ。だが、エドモンドは、まだ喉に負担がかかるかもしれないから極力話すな、と言ってきてな。仕方ないから撒いてきた」


「ボクにはエドモンドさんが言うこと、真っ当に思えるんだけどなあ……」


「ああ、俺もそう思う。ルミアに伝えるべきことを伝えたら、エドモンドの言うことを素直に受け入れるつもりだ」


 つもり……と言うことは、受け入れない可能性があるのでは? じゃなくて、ボクに伝えるべきこと? 何だろうか。

 ボクの様子を見て、兄様は少し勿体ぶるように間を置いた後、嬉しそうに笑って言った。


「実は、あの日の仕切り直しをすることになったんだ」


「仕切り直し?」


 兄様の言うことにピンと来ず、聞き返すと、兄様は丁寧に言い直してくれた。


「ルドヴィンが王になれた、そのお祝いパーティーだ。近いうちに、この家で行うことになった」


「あ……」


 そうだ。元々、あの日はその予定だったんだ。そっか、ということは……。


「ふふ、楽しみだな? ルミア」


「……うん! 楽しみだね、兄様!」


 兄様の笑顔はどこか、ボクの考えが見透かされているような気がして、ドキッとした。けれど、本当に楽しそうな兄様の笑顔に、ボクもつられて笑ってしまった。エドモンドさんが走ってくる音が聞こえてきた。

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