港では商売気が大切なようです
朝もとうに過ぎた頃、甲板から見えた景色に私は思わず目を見開いた。バイディン王国にも港町はある。しかし、目の前に広がるユグノイア帝国の港は、その比ではなかった。
大きな船が何隻も停泊し、積み荷を運ぶ人々が忙しそうに行き交っている。商人らしき人もいれば、武器や防具を身につけた冒険者も多い。
建物は丸みを帯びたアーチ。壁や窓には白や赤褐色の石を使った幾何学模様の装飾が施され、ところどころに色鮮やかなタイルが使われている。
バイディン王国のような繊細で曲線的な美しさがあったが、ユグノイアの街並みからは、どこか力強く、整然とした美しさを感じられた。
「大きな港ですね」
「ええ。なんだか、王国とは全然違うわね」
海から吹く風なのに、緊張しているせいか、少し乾いた風のように感じた。
「街も、人も、これから見るものも。知らないものばかりだわ。早速行きましょう……!」
「ちょっ、フローラ様!?」
リズの手を引いて歩き出すと、何故か驚いた顔をされた。リズは私より歳上だけれど、見た目にそうは見えないし、ちょっと抜けてるところもあるし。というか、結局呼び方は変わらなかったのか。
「迷子になると困るでしょ?」
隣で何やら抗議をし出したリズを無視して、そのまま歩き出した。
港町には鮮魚店の他、露店も多くあり、見慣れない物もたくさんあった。隣からリズの声が飛んでくる。
「いいですか。知らない人について行ってはいけません。知らない物にも触ってはいけません。露店で売られている食べ物は特に気をつけて下さい」
「私のことを何だと思っているの?」
彼女はいつから私の保護者になったのだろう。つい最近まで私が彼女の主人だったはずなのだけれど。
「良い魔道具が揃ってるよ!」
呼び込みの声に振り向くと、小さな魔道具が並んでいた。魔道具というより、アクセサリーに近い。
「これも魔道具なの?」
「そうさ。魔道具は初めてかい?帝都で買うより安いから、ここで買うのをお勧めするよ」
いかにも商売人な売り文句で店主の男は魔道具の説明をし始める。
「魔道具は知っているけれど、こんなに小さくて値段が安い物は知らなかったわ」
バイディン王国でも魔道具は存在する。けれど、街中でこれほど頻繁に見ることはない。
治癒術師が他国より多いこともあり、冒険者が自分で身を守るための魔道具が帝国ほど発達しなかったのだろう。そのため魔道具は高価で、平民が簡単に買えるような値段ではなかった。
反対にユグノイアでは治癒術師が少ない。
ならば、自分たちで生き残るために道具を求めるのは当然だ。国が違えば、必要とされるものも違う。そのため、冒険者たちが買えるほどの価格設定になったのだろう。
小型の魔導探知機など冒険者向けの魔道具が並ぶ中、ふとマグカップのような物が目に留まる。
「これは? 普通のカップにしか見えないのだけれど」
「あー、これはあれだ。見ての通りカップなんだが、一応取っ手に水術が仕込んである。このカップの分だけ水が沸いてくる」
あまり冒険の役に立つとは言えないからお勧めはしない、と男は苦笑した。飲みたい時に水が出るって素敵なことだと思うのだけれど。魔石には、付与された術によって使用できる回数に限りがあるが、これくらいの水なら一生水に困らない、とかにはならないのだろうか。衛生面は気になるけれど。
「うーん」
カップを手に取って悩み出した私に、リズが慌てて商品を戻す。
「珍しくてもダメですよ! 今は我慢です! 仕事も決まってないんですから!」
そう言って、手を引いて歩き出す。「買えるようになったら来てくれよー」と男が手を振っていた。侯爵家から、多少は持ってきたのに、絶対に文無しだと思われたに違いない。まあ、今は仕事も決まっていないし、無駄遣いは避けるべきだと考え直し、素直に再びリズと歩き出した。
先程の露店の男からの話では、仕事を探すにはギルドに行くことを勧められた。依頼の貼り出しがされていることもあり、街の情報もギルドに集まるらしい。港町だが、ここにはギルド支部があるとのことだった。
受付カウンターで帝都について尋ねると、受付嬢は朗らかに対応してくれた。
「ここから帝都に行きたいんだけど、どれくらいかかるのかしら?」
「帝都ですね。徒歩なら大体3日程かかりますが、馬車なら丸一日という感じです。途中で一泊するなら村がありますので、寄られると良いですよ」
意外と遠くはなかったが、女性二人で徒歩はあまりにも無謀なため、定期便の馬車に乗ることにした。魔物がいないとは限らないし、治癒ができたとしても戦えるメンバーがいない。
「帝都には救護院はあるかしら?」
「ええ。大きな救護院がありますよ」
その答えに、私は少し身を乗り出した。
「そこで治癒術師を募集してる?」
「はい。常に募集はしております。治癒術師の登録をご希望ですか?」
「ええ。教会で登録すればいいのよね?」
「はい。そちらで合っています。ただ、こちらで登録しておけば仕事を探す際には何かと便利ですよ。報酬が良い場合も多いので」
ここで登録されますか?と、にっこりと微笑む受付嬢に、ギルドの宣伝も怠らない仕事ができる職員を感じさせられる。貪欲さって大切よね。
そのままギルドで馬車の手配だけを済ませ、途中の村で一泊することにした。夕陽が沈みきって少し経った頃、ようやく村に到着した。
「思ったより快適だったわね」
「途中で寝ていた方が何を言っているんですか」
リズが呆れたように笑った。村の宿で夕食をとり、早めに休む。
そして翌朝、再び馬車に乗り込んだ。帝都までは、あと半日。治癒術師として、ギルドの依頼を受ける仕事も悪くないかもしれないと考えながら、馬車の進む先を眺めていた。




