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3/7

今日から、もう一度生まれ変わります

ここからは主人公一人称になります…!

 港町に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。王都を出てから、二つほど街を経由して馬車を走らせてきたけれど、ここまで来ると空気が違う。

 潮の匂い。遠くから聞こえる船員たちの掛け声。荷物を運ぶ人々が行き交い、港へ向かう馬車がひっきりなしに走っている。


「わあ……!」

 思わず窓から身を乗り出した。

「お嬢様、危ないですよ」

「分かっているわ」

 リズにたしなめられながらも、私は窓の外を眺め続ける。海を見るのは久しぶりだった。というより、この世界に生まれてから、こんな大きな港を見るのは初めてだ。

 侯爵家にいた頃は、旅行をする機会なんてほとんどなかった。

 婚約者だったアレックスとどこかへ出かけることもなかったし、父と一緒に領地を視察することもなかった。必要な場所へは馬車で移動する。それだけ。

 だから、こうして何の目的もなく知らない場所へ向かっていることが、妙に新鮮だった。


「ここから船に乗れば、国外へ行けるのね」

「どの国へ向かわれるかは、まだお決めになっていないのですか?」

「ええ。そこまで考えてなかったわ」

 昨夜から、一刻も早く王都を離れることだけを考えていた。我ながら計画性がない。


 ……まあ、今さらね。


「船は何日かごとに出ているの?」

「行き先によりますね。大きな港ですので、複数の国へ向かう船があるはずです」

「それなら、行き先を決めてから船を探せばいいわね」

「ずいぶん気楽ですね、お嬢様」

 リズの声に、私は肩をすくめた。

「お嬢様、は禁止でしょう?もう令嬢じゃないのよ」

 自分で言っておきながら、その言葉が思った以上に胸に響いた。

 そうだ。もう、レイチェル・ニール・ガレッドではない。少なくとも、これからはそうであってはいけない。


 この先、私が何者なのかを知られるわけにはいかない。王家に追われないために、そして、別の人生を始めるために新しい名前を決めていた。

「…これからは、フローラと名乗るわ」

 ふと、口から出た。

「フローラ、ですか?」

「ええ」

 リズが首を傾げる。

「どうしてそのお名前に?」

「……なんとなく」

 本当は、前世の有名人から取ったのだけれど。その人にあやかった名前を、自分の新しい人生につける。少しだけ不思議な気分だった。

「分かりました。では、これからはフローラ様と」

「様はいらないわ」

「それはできません!」

「これからは敬語も必要ないわ。リズとは姉妹ということにしましょう」

「無理です!」

 でしょうね。簡単には変わらないだろう。私も急には変われない。それでも、少しずつでいい。


 港の近くで馬車を降りると、私たちは船を探すために歩き始めた。港には様々な人がいた。

 自分の領地でしか、平民と関わる機会は少なかった。しかし、その領民たちとも違う、活気に満ちた、新しい風が出入りするような気持ちに包まれた。

 王都とはまるで違う様子に、思わず周囲を見回した。

「フローラ様、あまりきょろきょろなさらないでください」

「だって面白いんだもの。あと、様は禁止よ」

 そのとき、少し先から男たちの話し声が聞こえてきた。


「次の船、ユグノイア行きらしいぞ」

「ユグノイアか。あそこは魔道具が盛んだからな」

「特に冒険者向けの魔道具なら、あの国が一番だって話だ」

「魔物避けの道具やら、探索用の道具やら、色々あるらしいぞ」

「腕のいい魔道具師も多いんだろ?」

 私は足を止めた。

「……魔道具」

 思わず呟く。

 魔道具は、この世界では珍しいものではない。街灯にも使われているし、噴水などにも使われている。けれど、一般家庭で当たり前に使われているほど安価なものではない。

 私が侯爵家にいた頃も、魔道具といえば冒険者が使うものや、特別な用途のものを見ることの方が多かった。


 そしてユグノイア帝国は昔、複数の民族や地域で争っていたところを初代皇帝が統一した。ただ民族同士を単純に統一するのではなく、お互いの伝統を重んじながら繁栄を続けるという、帝国でありながら多種多様の文化が個々に磨き上げられている。さらに、各民族、地域ごとに代表者がおり、国議会の際は彼らも参加するというのが、レイチェルとして生まれ変わってからの知識であった。前世で言うなれば、米国の大統領と州知事という感じか。皇帝と大統領を一緒にするのは不敬だけれど。他民族国家だからこそ、個々に発展した魔道具ができたのかもしれない。


「ねぇ、そのユグノイアのこと、詳しく聞きたいのだけれど」

 近くにいた旅人に尋ねる。

「ん? ああ、ユグノイアか? 魔道具師を目指すなら一度は行ってみたいっていう国だな」

「魔道具師?」

「魔道具を扱う職人が多いんだ。冒険者向けの道具なんかも盛んだしな。職人ってのは偏屈な奴とか、作った魔道具を売らずに改良ばかりしてる奴とか、変わった奴が多いけど」

「それ、職人として大丈夫なの?」

「さあな」

 男は笑って去っていった。

 魔道具があるところにはギルドもきっとある。そして、冒険者がいるところには治癒術も必要になる。これからの生活の基盤として、他国で治癒術師として活動できるのは強みだと思った。そして単純に、魔道具師に少し興味が湧いた。


「……」

「フローラ様?」

 リズが私を見る。

「決めたわ」

「何をですか?」

「ユグノイアへ行きましょう」

「え!?」

「せっかく国外へ出るんですもの。行ったことのない国へ行ってみたいじゃない」

 リズがぽかんと口を開けた。

「今のお話だけで決められたのですか?」

「ええ」

「もう少し調べてからでも……」

「時間は有限よ。それに、生活の目処も立ちそうよ」


 昨日までなら、こんな決め方はしなかった。侯爵令嬢として正しいのか、家のためになるのか、そんなことばかり考えていた。でも今は違う。自分が行きたい場所を選んでいい。

「魔道具師ってちょっと面白そうじゃない?」

「フローラ様は魔道具師になりたいのですか?」

「まさか」

 思わず笑う。

「ただ、どんなものを作っているのか見てみたいだけ」

 今は、それで十分だ。

 船着き場へ向かうと、ユグノイア行きの船が出るところだった。


「運がいいわね」

「本当に行くのですか?」

「行くわよ」

 私は迷いなく乗船手続きを済ませた。

 船へ乗り込み甲板へ出ると、潮風が頬を撫でた。フードを脱ぐと、肩ほどまでに短く切り揃えられた髪が揺れる。フローラとして生きていくのに貴族のような綺麗な長髪はいらない。

 寂しさよりも期待を膨らませながら、少しずつ港が遠ざかっていく。


 王都も、ガレッド侯爵家も、レイチェルという名前も。全部が、少しずつ遠くなる。

「ユグノイア……どんな国なのかしら」

 この先、何が待っているのかはわからない。それでも、昨日までとは違う人生が始まる。そう思うと胸の奥が少しだけ軽くなった。本でしか、知らない国。見たことのない街。出会ったことのない人々を思い描きながら、水平線を眺めていた。




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