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武術師範は異世界でも道を示す  作者: 白玉男爵
第一章 武術師範、異世界に立つ
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武術師範、信頼を積み重ねる

フォレストウルフとの一件から数日。


ヤスヒコは依頼を一つひとつ着実にこなしていた。


薬草採取。


荷物運び。


森道の見回り。


どれも十級冒険者向けの依頼ばかりだったが、ヤスヒコに手を抜くという考えはなかった。


どんな仕事にも意味がある。


頼まれた以上は、最後まで責任を持って果たす。


それが、武を修める者として当然のことだった。


――――――――――――――――――


「お帰りなさい、ヤスヒコさん」


冒険者ギルドへ入ると、受付のエミリアが穏やかな笑みを浮かべた。


担当となって以来、彼女がヤスヒコを迎えるのが日課になっていた。


「薬草だ」


ヤスヒコは背負っていた籠を静かにカウンターへ置く。


「ありがとうございます。確認しますね」


エミリアは一束ずつ丁寧に薬草を手に取った。


葉は傷んでいない。


茎も途中で折れておらず、根を残して採取されている。


確認を終えたエミリアは、小さく息をついた。


「……今日も完璧ですね」


「そうか」


「はい。ヤスヒコさんの採取した薬草は、いつも状態がとても良いんです」


「薬師の方からも評判なんですよ」


ヤスヒコは静かに頷く。


「採るなら、次も育つように採る」


「それだけだ」


エミリアは少し驚いたように目を丸くした。


「そこまで考えて採取されていたんですね」


その時だった。


ギルドの扉が勢いよく開く。


「エミリアさん!」


飛び込んできたのはビルだった。


後ろにはカミリーとシャーロットもいる。


「あ、皆さん」


「この前はご無事で何よりでした」


エミリアが笑顔を向ける。


ビルは興奮した様子で身を乗り出した。


「聞いてください!」


「俺たち、フォレストウルフ二匹に襲われたんです!」


エミリアの表情が引き締まる。


「フォレストウルフですか……」


「皆さん、ご無事で本当に良かったです」


するとシャーロットがヤスヒコを指差した。


「この人が助けてくれたの」


「しかも素手で」


エミリアの動きが止まる。


「……え?」


受付の空気が静まり返る。


「今……何とおっしゃいました?」


カミリーが静かに頷く。


「武器は使っていません」


「魔法も使っていません」


「拳だけでフォレストウルフ二匹を退けました」


エミリアはゆっくりとヤスヒコへ視線を向ける。


「ヤスヒコさん……」


ヤスヒコはいつもと変わらぬ表情で答えた。


「怪我人がいた」


「だから手を貸した」


「い、いえ……」


エミリアは困ったように笑う。


「問題はそこではなくてですね……」


「フォレストウルフを、素手で撃退されたんですか?」


「そうだ」


「何か問題があったか」


その一言に、周囲の冒険者たちがざわめき始めた。


「おいおい……」


「素手だって?」


「フォレストウルフをか?」


「新人が話を盛ってるだけだろ。」


ビルが振り返り、思わず声を張る。


「本当なんです!」


「俺たち、ヤスヒコさんに助けてもらったんです!」


カミリーも続ける。


「相手の力を利用して投げ飛ばし、その後も拳だけで撃退しました」


シャーロットは頷く。


「私も、この目で見たわ」


エミリアはしばらく言葉を失っていた。


やがて、小さく息を吐く。


「……まずは、お怪我がなくて安心しました」


ヤスヒコは短く頷く。


その言葉のあと、エミリアは改めてヤスヒコを見つめた。


「ですが……やっぱり驚きました」


「フォレストウルフを素手で撃退した冒険者なんて、私は初めて聞きました」


ヤスヒコは首を傾げる。


「そういうものか」


「そういうものです」


エミリアは思わず苦笑した。


「ヤスヒコさんって、本当に変わった方ですね」


その日の依頼報告を終えると、エミリアは一冊の帳簿を開いた。


そこにはヤスヒコの依頼履歴が記されている。


依頼失敗、なし。


報告遅延、なし。


納品品質、優秀。


依頼達成率、百パーセント。


さらに今回の救助報告。


エミリアは帳簿を閉じ、静かに顔を上げた。


「ヤスヒコさん」


「何だ」


「昇級試験を受けてみませんか?」


ヤスヒコは少しだけ考えた。


「昇級試験?」


「はい」


エミリアは頷く。


「登録時にもお話ししましたが、昇級には実力だけでなく、依頼への姿勢や信用も大切な評価対象です」


「ヤスヒコさんは、この数日ですべての依頼を誠実にこなしてくださいました」


「薬草採取の品質も非常に高く、納品も正確です」


「そして今回、フォレストウルフから新人冒険者三人を救助されたことも報告を受けています」


「ギルドとして、昇級試験を受けていただく資格は十分にあると判断しました」


ヤスヒコは静かに頷く。


「分かった」


「必要なことなら受けよう」


「それで、人の役に立てるならな」


エミリアは少し笑った。


「やっぱり、ヤスヒコさんらしいですね」


ビルが驚いたように声を上げる。


「えぇ!?」


「もう昇級試験なんですか!?」


「俺なんてまだまだなのに……」


カミリーは納得したように頷く。


「当然だと思う」


「あれだけの実力があって、依頼も完璧なんだ」


シャーロットは腕を組みながらヤスヒコを見る。


「でもさ」


「本人は全然嬉しそうな顔してないよね」


「いつもの無表情、って感じだし」


ヤスヒコは静かに答えた。


「階級が上がれば、受けられる依頼も増えるのだろう」


エミリアが頷く。


「はい」


「それなら、それでいい」


「困っている者の力になれる機会も増える」


その言葉に、ビルたちは顔を見合わせた。


強くなるため。


有名になるため。


稼ぐため。


冒険者になる理由は人それぞれだ。


だが目の前の男は違う。


ただ、人の役に立つため。


そのために昇級試験を受けようとしている。


カミリーは静かに思う。


――だから、この人は強いのかもしれない。


――――――――――――――――――


ギルド二階。


執務室の窓から、一人の男が受付の様子を見下ろしていた。


エンターサンド冒険者ギルド支部長。


ギルドマスター、ガレス。


机の上には一枚の報告書。


『依頼達成率 百パーセント』


『納品品質 優秀』


『フォレストウルフ二体を素手で撃退』


ガレスは報告書を閉じ、小さく笑った。


「魔力なし」


「登録したばかりの十級」


「それでこの働きか」


興味深そうに窓の外を見る。


「面白い男だ」


静かな声で告げる。


「昇級試験には私も呼べ」


「直接この男を見てみたい」

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