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武術師範は異世界でも道を示す  作者: 白玉男爵
第五章 武術師範、変わりゆく日々
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武術師範、時の流れを感じる

早朝。


エンターサンドの街は。


まだ朝の静けさに包まれていた。


街の門。


その前に一台の馬車が停まっている。


御者が荷物を確認し。


馬がゆっくりと地面を踏んでいた。


その傍らに。


三人の若者が立っている。


ビル。


カミリー。


シャーロット。


そして。


その三人を見送るように。


ヤスヒコが立っていた。


足元には。


子犬ほどの大きさになったカーバンクル。


「キュ」


カーバンクルが小さく鳴いた。


ヤスヒコが二級に特進してから二年。


時間は思っているよりも早く過ぎていく。


ビルは十九歳になっていた。


以前よりも背が伸び。


身体つきも一回り大きくなっている。


そして何より。


声が変わった。


「先生」


低くなった声でビルが言った。


「そろそろ行きます」


「……そうか」


ヤスヒコは頷く。


隣ではカミリーが荷物を肩へ担いでいた。


二十歳。


以前よりも腕や肩に筋肉がついている。


稽古だけではない。


冒険者として。


実際に戦い依頼をこなしてきた。


その積み重ねが身体にも表れていた。


「王都か」


ヤスヒコが言う。


「はい」


カミリーが頷いた。


「五級冒険者への昇級審査ですから」


シャーロットも。


腕を組みながら笑う。


「やっとここまで来たって感じね」


十九歳。


見た目は二年前の少女らしさを少し残している。


それでも。


表情には以前よりも落ち着きがあった。


「そういえば」


ビルがふと思い出したように言った。


「アリアさん、まだ王都にいるんですよね」


「ああ」


ヤスヒコが頷く。


アリアが騎士団から直々に受けた指名依頼。


あの日。


王都へ向かってから、まだエンターサンドへは戻ってきていない。


「でも」


カミリーが言う。


「たまに手紙は届いてるな」


「元気そうだったわよね」


シャーロットも頷いた。


「相変わらずって感じだった」


「はは」


ビルが苦笑する。


「王都で会えたらいいな」


「そうだな」


カミリーも笑った。


「久しぶりに会いたいし」


「まあ」


シャーロットが肩をすくめる。


「会ったら、また騒がしくなりそうだけどね」


「それはそうだな」


ビルが笑う。


「でも」


三人の表情は。


どこか楽しそうだった。


「審査が終わるまで二週間くらいかな?」


ビルが言う。


「場合によっては一か月くらいかかるかもしれないぞ」


「まあ」


シャーロットが肩をすくめた。


「王都にいる間くらい、少し羽を伸ばしてもいいと思うけど」


「駄目だよ」


カミリーが即答する。


「毎日の鍛錬は欠かさない」


ビルも頷いた。


「もちろん」


「先生とも約束したしな」


「えー」


シャーロットが。


少しだけ不満そうな声を出す。


「王都まで行っても?」


「関係ない」


「……はい」


二人に見られ。


シャーロットは苦笑した。


「分かってるって!」


そして。


ヤスヒコを見る。


「ちゃんとやるわよ……」


ヤスヒコは。


三人を見ていた。


二年前。


森の中で出会ったまだ未熟だった三人。


魔物を前に、ただ生き延びることで精一杯だった。


だが今は違う。


自分たちで考え。


自分たちで動く。


失敗すれば次はどうすればいいのかを考える。


そして。


前へ進む。


(……問題ない)


声には出さない。


もう。


自分が隣にいなければ、何もできないような者たちではない。


「先生」


ビルが言った。


「……行ってきます!」


ヤスヒコは。


三人を見た。


「ああ、行ってこい」


短い言葉。


だが。


三人には。


それで十分だった。


「はい!」


「行ってきます!」


「すぐ戻ってくるからね!」


三人がそれぞれ声を上げる。


そして。


馬車へ乗り込んだ。


御者が手綱を握る。


「出発するぞ」


馬車がゆっくりと動き始めた。


カーバンクルが。


その後ろ姿を見ながら。


「キュ!」


と鳴く。


ビルが馬車の窓から手を振った。


カミリーも。


シャーロットも。


手を振る。


ヤスヒコは。


その場に立ったまま三人を見送った。


やがて。


馬車は街道の向こうへ消えていった。


「……」


静かになった。


ヤスヒコは足元を見る。


「さて」


「キュ?」


「お前を預けに行くぞ」


カーバンクルが首を傾げた。


「キュ」


――


ジャスティンの家。


扉を叩くと。


中から足音が聞こえた。


「はい」


扉が開く。


「ヤスヒコさん!」


ジャスティンの母親が笑顔を見せた。


「おはようございます」


「おはよう」


ヤスヒコが答える。


すると。


母親は家の中へ向かって大きな声を出した。


「ジャスティン!」


「ヤスヒコさんが来てくれたわよ!」


その瞬間。


家の奥から大きな音がした。


「ヤスヒコお兄ちゃん!」


「ティル!」


そして。


七歳になった少年が。


勢いよく飛び出してきた。


「おっと」


ヤスヒコの前で。


ジャスティンが止まる。


二年前よりも。


少し身長が伸びていた。


身体つきも。


ほんの少しだけ。


子供らしい丸さが抜けている。


「えへへ!」


ジャスティンが笑う。


そして。


すぐにティルを見る。


「ティル!」


「キュ!」


ティルと呼ばれたカーバンクルも嬉しそうに鳴いた。


ジャスティンがしゃがみ込む。


ティルはその周囲を嬉しそうに走り回った。


「今日も預かってくれるか」


「うん!」


ジャスティンが。


勢いよく頷く。


「任せて!」


「ティルと遊ぶ!」


「そうか」


ヤスヒコは小さく頷いた。


ティル。


その名前を付けたのもジャスティンだった。


二年前。


ジャスティンはまだティルに名前がないことを気にしていた。


「かわいそうだよ」


そう言っていくつもの名前を考えていた。


ヤスヒコが依頼へ出ている間。


「ルルは?」


「キュ……」


「じゃあ、ポポ?」


「キュ……」


「えーっと……」


ジャスティンがいくつもの名前を呼んだ。


その中で一つ。


「ティルは?」


「キュ!」


明らかに反応した。


「じゃあティルだ!」


「キュ!」


その時。


名前が決まった。


ヤスヒコが戻った頃には。


すでにティルと命名されていた。


「……」


ヤスヒコは。


その時のことを思い出す。


「……いつの間に決めたんだ」


「ティルが気に入ったから!」


ジャスティンは。


そう答えただけだった。


ティルは。


今では街でも有名になっている。


ヤスヒコが面倒を見ている。


その事実もあり。


誰もティルへ手を出すことはない。


むしろ。


街の人々からは可愛がられていた。


「ティルちゃん!」


「今日も元気だねぇ」


「おやつ食べるか?」


「キュ!」


声を掛けられ。


撫でられ。


時には。


おやつをもらう。


ティル自身も。


どうやらそんな扱いが嫌いではない。


むしろ。


まんざらでもない様子だった。


「じゃあ」


ヤスヒコはジャスティンを見る。


「頼んだぞ」


「うん!」


「ティル!」


「キュ!」


一人と一匹が。


嬉しそうに家の中へ走っていく。


ヤスヒコは。


その姿を見送り、街の中心へ向かった。


――


冒険者ギルド。


扉を開ける。


「おはようございます」


聞き慣れた声。


「おはよう」


ヤスヒコは受付へ向かった。


そこにはエミリアがいた。


「今日はお一人なんですね」


「ああ」


「ビルさんたちは?」


「王都だ」


「……王都?」


少し驚いた顔をする。


「五級の昇級審査を受けに行った」


「あぁ、今日でしたか」


エミリアはすぐに笑顔になった。


「皆さんも、随分と成長されましたね」


「ああ」


ヤスヒコは依頼板を見る。


その中から一枚の依頼書を取った。


「今日はこれを受ける」


エミリアが内容を確認する。


「畑の柵の修理と補強ですね」


「ああ」


「では」


エミリアが手続きを始めた。


「よろしくお願いします」


「行ってくる」


――


依頼人の畑は。


街から少し離れた場所にあった。


「ここか」


ヤスヒコが周囲を見る。


畑を囲んでいた柵。


その一部が壊れている。


木材は折れ。


地面には、何かが掘り返した跡があった。


「おお!」


畑の奥から老人が歩いてきた。


「冒険者さんか!」


「ああ」


「ヤスヒコだ」


「助かるよ」


老人は壊れた柵を見る。


「最近、畑を荒らす獣が増えちまってな」


「前はこんなことなかったんだが」


「獣か」


「うむ」


老人が頷く。


「夜になると出てくる」


「柵を壊して畑を荒らしていくんだ」


「魔物ではないのか」


「そこまでは分からん」


老人は少し考える。


「森の餌場が少なくなっちまったのかねぇ」


「最近は妙に山から下りてくる獣が多い」


「……」


ヤスヒコは森の方を見る。


だが。


何かが見えるわけではない。


「まあ」


老人が苦笑した。


「わしには分からん」


「ただ、畑を荒らされると困る」


「直せるか?」


「ああ」


ヤスヒコは頷いた。


「任せろ」


作業が始まった。


壊れた木材を外す。


新しい杭を打つ。


地面へ深く埋める。


横木を固定し。


以前よりも簡単には壊れないよう補強していく。


「おお……」


老人が作業を見ていた。


「早いな」


「慣れている」


「冒険者ってのは」


「何でもやるんだなぁ」


「依頼ならな」


「ははは!」


老人が笑った。


それからしばらくして。


「終わった」


ヤスヒコが言う。


以前よりも丈夫な柵。


「おお!」


老人が近づいて確認する。


「これはすごい」


「これならそう簡単には壊れん」


「そうか」


「助かったよ!」


老人は何度も頭を下げた。


ヤスヒコはその場を後にした。


――


冒険者ギルド。


「ヤスヒコさん」


エミリアがいつものように笑っていた。


「お帰りなさい」


「ああ」


ヤスヒコは依頼完了の報告をする。


エミリアが書類へ記入していく。


「確認しました」


「依頼は完了ですね」


「ああ」


「お疲れ様でした」


「……そうだ」


ヤスヒコが。


エミリアを見る。


「最近畑を荒らす獣が増えているのか」


「そうですね」


エミリアは少し考える。


「ここだけではありません」


「周辺の村からも似たような依頼が来ています」


「……」


「何かあるんでしょうか」


「分からん」


ヤスヒコは短く答えた。


「そうですね」


エミリアはそれ以上は言わなかった。


そして報告を終えたヤスヒコはギルドを出た。


――


ジャスティンの家。


「ティルー!」


「キュ!」


家の中から元気な声が聞こえる。


扉を開けると。


ジャスティンとティルが床の上で遊んでいた。


「ヤスヒコお兄ちゃん!」


「キュ!」


二人が同時にこちらを見る。


「迎えに来た」


「もう?」


ジャスティンが少しだけ残念そうな顔をする。


「また頼めるか」


「うん!」


「また遊ぼうね!」


「キュ!」


ティルがヤスヒコの足元へやってきた。


そして。


慣れたようにその後ろを歩き始める。


「邪魔をした」


「またいつでも来てくださいね」


ジャスティンの母親が笑顔で見送った。


「ヤスヒコお兄ちゃん!」


「またねー!」


「ああ」


ヤスヒコは手を上げた。


ティルと共に宿へ向かう。


夕方。


エンターサンドの街。


商人たちが店を閉め。


子供たちが家へ帰る。


宿からは食事の匂いが漂ってくる。


ティルがヤスヒコの隣を歩く。


「キュ」


「どうした」


「キュ!」


ティルが尻尾を揺らした。


「……腹が減ったか」


「キュ!」


即答だった。


ヤスヒコは少しだけ笑う。


「帰ったら飯だ」


「キュ!」


一人と一匹は。


ゆっくりと宿へ向かって歩いていく。


エンターサンドの街は。


今日も穏やかだった。


人々が働き。


笑い。


家へ帰る。


いつもと変わらない。


何気ない一日。


まだ誰も知らない。


この穏やかな日々の向こうで。


少しずつ何かが動き始めていることを。


それでも。


今日という日は何事もなく終わっていく。


ヤスヒコは。


ティルと共に。


静かな日常の中を歩いていた。

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