EX6 今日も元気!
⸻小さな村だった。
地図に名前が載っているかどうかも分からない。
王都からも遠く。
大きな街からも離れている。
畑と森に囲まれた、どこにでもあるような村。
そこに。
一人の少女が生まれた。
「おぎゃあ!」
元気な泣き声。
両親は。
その小さな命を抱きしめた。
「元気な子だ」
「ええ……」
二人とも。
ごく普通の村人だった。
魔力も人並み程度。
特別な才能などない。
それでも。
生まれてきた娘を二人は心から愛した。
少女の名前は。
アリア。
その身体には。
生まれた時から膨大な魔力が宿っていた。
それがどれほど異常なものなのか。
両親には分からなかった。
村人たちにも分からなかった。
ただ。
「この子は元気だね」
「本当に」
「将来が楽しみだ」
誰もがアリアを可愛がった。
そして。
アリア自身も明るい少女だった。
よく笑い。
よく走り。
よく遊んだ。
友達も多かった。
村の子供たちが集まれば。
その中心にはいつもアリアがいた。
そんな少女が。
初めて魔物を倒したのは三歳の時だった。
森から一匹の角兎が村へ入り込んだ。
大人たちが武器を手に取るより早く。
幼いアリアが手を伸ばした。
「えいっ!」
小さな身体から膨大な魔力が放たれた。
角兎が吹き飛んだ。
「……」
大人たちは。
しばらく動けなかった。
アリアは。
倒れた角兎を見て首を傾げる。
「……死んじゃった?」
そしてすぐに笑った。
「すごーい!」
誰も何も言えなかった。
だが。
その日から。
村人たちは知った。
この子は普通ではない。
それでも。
アリアは変わらなかった。
畑仕事を手伝い。
友達と遊び。
村の祭りでは誰より騒いだ。
強いからといって偉そうにすることもない。
むしろ。
困っている人を見つければ。
すぐに駆け寄った。
「大丈夫?」
「手伝おうか?」
そんな少女だった。
⸻
十二歳。
アリアは。
王都マスティア・パペルツへ向かった。
冒険者になるために。
通常冒険者登録が認められる年齢は。
十五歳からが一般的だった。
だから受付嬢は。
目の前の少女を見て、何度も確認した。
「……十二歳?」
「うん!」
「本当に?」
「本当!」
「冒険者になりたいの?」
「なりたい!」
受付嬢は困ったように笑った。
「危ない仕事よ?」
「大丈夫!」
「魔物は怖いわよ?」
「倒せるよ!」
「……」
後ろから別の冒険者が笑った。
「嬢ちゃん、冒険者は遊びじゃないぞ」
「お家に帰った方がいいんじゃないか?」
「おいおい、泣かせるなよ」
アリアは頬を膨らませた。
「泣かないもん!」
そのまま受付嬢の前に立つ。
「登録して!」
「……分かりました」
受付嬢は少し心配そうに頷いた。
そして魔力測定が始まった。
「この水晶に手を触れてください」
「こう?」
アリアが。
水晶へ手を置く。
次の瞬間。
水晶が激しく光った。
「……え?」
受付嬢が目を見開く。
光がさらに強くなる。
「ちょっと……!」
水晶に亀裂が入った。
「え?」
アリアが首を傾げる。
ピシッ。
音がした。
そして。
水晶が。
粉々に砕けた。
「…………」
「…………」
ギルド内が静まり返る。
アリアは壊れた水晶を見つめた。
「……これ」
恐る恐る受付嬢を見る。
「弁償……?」
「え?」
「私が壊したんだよね?」
「い、いえ……」
受付嬢は何を言えばいいのか分からなかった。
周囲の冒険者たちも。
先ほどまでの笑みを消している。
誰も。
この少女を、ただの子供とは思わなくなっていた。
⸻
それから四年。
アリアは冒険者として歩み続けた。
そして。
十六歳になった頃。
その情報が入ってきた。
「ワイバーンの群れ?」
ギルドで、アリアは耳を疑った。
「そうだ」
職員が地図を広げる。
「お前の出身村の近くだ」
「現在、五十匹以上が確認されている」
「……五十?」
アリアの顔から笑顔が消えた。
ワイバーン。
一匹でも普通の冒険者が相手にするような魔物ではない。
それが群れを形成している。
強固な防衛力を誇る王都ですら警戒すべき規模だった。
「第二騎士団と第四騎士団が討伐に向かう」
「ジェイム団長とロベルト団長が指揮するそうだ」
「なら……」
アリアは地図を見る。
そして。
立ち上がった。
「私も行く」
「待て!」
職員が止める。
「騎士団が向かうんだぞ!」
「分かってる」
「なら――」
「だから」
アリアは言葉を遮る。
「早く行かないと村のみんなが危ない!」
その日のうちに王都を飛び出した。
そして。
途中で武器屋へ立ち寄った。
「相手は空を飛んでるんだよね……」
「そうだ!」
「それなら……」
店内を見回す。
目に留まったのは。
一丁の魔法銃。
通常のものより。
はるかに大型。
長い銃身。
「これは?」
「ライフル級の魔法銃だ」
店主が説明する。
「一発撃つだけでも相当な魔力を食う」
「連射なんてすれば――」
「これにする!」
「……話を聞いていたか?」
「うん!」
アリアは。
財布を取り出した。
「これ、ください!」
店主は。
呆れた顔をした。
「……本当に使えるのか?」
「たぶん!」
「たぶんって……」
だが。
アリアは。
魔法銃を手に村へ向かった。
⸻
街道・森・山をほとんど休まずに走り抜けることおよそ五日間。
騎士団よりも先に村へ到着した。
「……」
不気味なほど静かだった。
いつもなら。
子供たちの声が聞こえる。
畑で働く人の声がする。
誰かが笑っている。
だが。
その日は違った。
「……みんな?」
アリアは村へ入った。
そして。
言葉を失った。
家の壁。
道。
畑。
あちこちに血の跡があった。
人が襲われた跡。
食い荒らされた跡。
「……」
アリアの手が震えた。
「嘘……」
数人の村人が物陰に隠れていた。
アリアの姿を見つけてもすぐには出てこない。
「……アリア?」
「みんな……?」
その声に村人が顔を出した。
「逃げろ!」
「ワイバーンが来る!」
「外へ出ちゃ駄目だ!」
「でも――」
その時。
空が暗くなった。
一匹。
二匹。
三匹。
そして。
次々と空を埋め尽くしていく。
「……」
アリアは空を見上げた。
五十。
それ以上。
巨大な翼が空を覆う。
「……多すぎる」
村人たちが逃げ惑う。
「来るぞ!」
「隠れろ!」
「子供を!」
「こっちだ!」
家の中へ。
納屋へ。
物陰へ。
誰もが。
必死に身を隠す。
だが。
逃げ場などほとんどなかった。
ワイバーンが地上へ降りる。
翼が家を吹き飛ばす。
咆哮が村中に響く。
アリアは魔法銃を構えた。
「……ふぅ」
その顔には珍しく緊張が走っている。
初めて使う武器。
扱い方は店で聞いただけ。
それでも。
今はこれしかない。
「……やるしかないよね」
一匹がこちらへ向かってくる。
アリアは引き金を引いた。
轟音。
魔力弾がワイバーンの横を通り過ぎる。
「外れた!」
次。
別のワイバーンが突っ込んでくる。
「うわっ!」
アリアが飛び退く。
爪が地面をえぐる。
「危なっ……!」
立ち上がる。
再び構える。
撃つ。
外れる。
撃つ。
今度は翼をかすめる。
「……当たった」
もう一度。
撃つ。
命中。
「……!」
アリアの目が変わった。
見える。
動きが……分かる。
「そこ!」
撃つ。
魔力弾がワイバーンを貫いた。
巨体が地面へ落ちる。
「……やった!」
だが。
次が来る。
その数はあまりにも多かった。
一匹。
また一匹。
空から。
次々と襲いかかってくる。
アリアは。
撃つ。
避ける。
走る。
撃つ。
転がる。
立ち上がる。
そして。
また撃つ。
普通なら魔力が尽きている。
ライフル級の魔法銃は。
一発でさえ大きな魔力を消費する。
連射など到底できない。
それなのに。
アリアは止まらなかった。
「まだ!」
撃つ。
「まだまだ!」
撃つ。
魔力が尽きない。
本人でさえ気づいていなかった。
自分の中にある魔力が。
あまりにも膨大すぎることに。
一時間。
二時間。
戦いは続いた。
空を飛ぶワイバーン。
地上を駆けるアリア。
村を守ろうと一人で戦い続ける少女。
そして。
最後の一匹が。
地面へ落ちた。
「……」
静かになった。
アリアは。
魔法銃を下ろした。
「……終わった?」
誰も答えない。
周囲には。
倒れたワイバーン。
その数。
五十を超えていた。
アリアはその場に座り込む。
「……疲れたぁ」
そして。
そのまま倒れた。
眠ってしまった。
しばらくして。
遠くから騎馬の音が聞こえてきた。
「急げ!」
第二騎士団。
その先頭に。
ジェイム。
そして。
第四騎士団。
指揮を執る。
ロベルト。
村へ入った二人は、同時に足を止めた。
「……何だ、これは」
ロベルトが呟く。
ジェイムも言葉を失っていた。
五十を超えるワイバーン。
それが。
すべて亡骸となっている。
「ありえん……」
ロベルトが周囲を見る。
そして。
一人の少女が倒れていることに気づいた。
その傍ら。
一本の魔法銃。
「……まさか」
ジェイムが少女へ近づく。
「誰だ?」
物陰から何者かの気配を感じた。
村人たちが。
恐る恐る姿を現す。
「……あの子です」
「アリア……」
「アリアが……」
「一人で?」
ジェイムが問う。
村人は震えながら頷いた。
「私たちは、逃げることしかできなかった」
「アリアが……」
「ずっと戦ってくれたんです」
ロベルトが倒れたアリアを見る。
「だがよ……」
魔法銃を拾い上げる。
「魔法銃だけでこんな数を討伐するなんざ……」
「ありえるのか?」
ジェイムはしばらく黙っていた。
そして。
村人たちを見る。
倒れたワイバーンを見る。
最後に。
眠っている少女を見る。
「状況証拠と村人たちの証言がある以上」
静かにそう答えた。
「そう判断せざるを得ないだろう」
ロベルトは苦笑した。
「……とんでもない少女だな」
村人たちはその場に座り込んでいた。
助かった。
その安堵から。
泣き出す者。
大切な人を失った悲しみに。
声を上げる者。
何が起きたのか理解できず。
ただ呆然と立ち尽くす者。
村は助かった。
だが。
失ったものも多かった。
その夜。
アリアは実家のベッドで眠っていた。
「……」
目を開ける。
見慣れた天井。
「……ここ?」
身体を起こす。
すると。
「アリア!」
両親が飛び込んできた。
「よかった……!」
母親の目には涙が浮かんでいた。
父親も何度も頷いている。
「心配したんだぞ……」
「え?」
アリアはまだ状況が分からない。
「どうして……?」
「騎士団の方々が、お前を連れてきてくれたんだ」
「そっか……」
そして。
少しずつ記憶が戻ってくる。
ワイバーン。
魔法銃。
戦い。
「……みんなは?」
「村は無事だ」
「そう……」
アリアは。
ほっとした。
だが。
外の様子を見て気づいた。
「……あれ?」
村の人々が記憶よりも少ない。
友人。
近所のおじさん。
よく遊んでくれた人。
知っている顔が。
いくつもいない。
「……」
胸が痛んだ。
自分は間に合った。
村は守った。
それでも。
全員は救えなかった。
「……」
アリアは布団を握りしめた。
その後。
村の復興が始まった。
指揮を執ったのは、ジェイムとロベルトだった。
⸻
翌朝
「初めまして」
ジェイムがアリアへ声を掛ける。
「ジェイムだ」
ロベルトも。
笑った。
「ロベルトだ」
「よろしくお願いします!」
アリアは元気に頭を下げた。
二人は。
そんなアリアを見て少しだけ笑った。
この少女が。
あの戦場で一人で戦い続けた。
それが今でも信じられない。
だが。
事実だった。
⸻
この一夜の功績により。
アリアは特級冒険者へと昇格した。
わずか十六歳。
誰もが。
その名を知るようになった。
⸻
そして三年。
現在。
アリアは十九歳になっていた。
「じゃあ!」
エンターサンド。
街の外。
王都へ向かう馬車の前で。
アリアが振り返る。
「予定通り、王都に行ってくるね!」
そこには。
ビル。
カミリー。
シャーロット。
三人が立っていた。
「騎士団から直々の指名依頼ですもんね」
ビルが言う。
「うん!」
アリアは。
元気よく頷いた。
「今回はちょっと長引きそうだけど……」
少しだけ寂しそうに笑う。
「また戻ってくるから!」
「待ってます」
カミリーが笑った。
シャーロットも腕を組む。
「まあ、戻ってこなかったら困るけどね」
「どうして?」
「お土産係がいなくなるでしょ」
「えー!」
アリアが笑う。
だが。
少しだけ視線を逸らした。
「……ヤスヒコ」
今日。
ヤスヒコは来られない。
指名依頼の都合で見送りには来られなかった。
「……」
少しだけ寂しい。
そんなアリアの様子を見て。
カミリーが言った。
「先生から伝言です」
「『気を付けて行ってこい』と」
「……!」
アリアの顔が。
ぱっと明るくなった。
「うん!」
満面の笑顔。
「行ってくる!」
シャーロットが手を振る。
「お土産よろしくね」
「分かった!」
「ちゃんと全員分ね!」
「分かったってば!」
ビルが苦笑する。
「気を付けてくださいよ」
「うん!」
アリアは。
馬車へ乗り込んだ。
御者が手綱を握る。
馬車がゆっくりと動き始める。
「じゃあ!」
アリアが身を乗り出す。
「行ってきまーす!」
三人が手を振る。
「行ってらっしゃい!」
馬車が遠ざかっていく。
アリアは最後まで笑顔だった。
やがて。
街道の向こうへ、その姿が消えていく。
エンターサンド。
その街には。
帰ってくる場所がある。
待っている人がいる。
そして。
いつかまたあの騒がしい日常へ戻ってくる。
アリアは。
今日も。
元気に前を向いて進んでいった。




