若き冒険者たち、指導する
魔物の討伐を終えたビルたち三人は、エンターサンド冒険者ギルドへ戻ってきた。
「お疲れ様でした」
受付のエミリアが笑顔で迎える。
「今回も問題ありませんでした」
ビルが討伐証明となる魔物の素材をカウンターへ置く。
エミリアが確認する。
「はい。こちらで間違いありません」
「では、報酬を――」
その時。
「おい」
後ろから声がした。
三人が振り返る。
「ガレスさん?」
そこにいたのは、ギルドマスターのガレスだった。
「ちょっと話がある」
「俺たちに?」
カミリーが首を傾げる。
「ああ」
ガレスが顎をしゃくる。
「少し時間をもらえるか?」
「はい」
三人は顔を見合わせ、ガレスについていった。
⸻
ギルドの奥。
応接用の部屋に入ると、ガレスが椅子へ腰を下ろした。
「お前たちも知っていると思うが」
「先月、新しい冒険者が登録した」
「はい」
ビルが頷く。
「四人組ですよね」
「そうだ」
ガレスが続ける。
「全員、まだ十級だ」
「今は薬草採取や街の雑用を中心に受けている」
「そろそろ、次の段階へ進ませようと思ってな」
カミリーが頷く。
「角兎の討伐ですか?」
「その通りだ」
角兎。
近隣の森に生息する、比較的危険度の低い魔物。
十級冒険者が初めて討伐を経験するには、ちょうどいい相手だ。
「だが」
ガレスが三人を見る。
「規則として十級の四人だけで行かせるわけにはいかん」
「そこでだ」
「お前たちに同行してもらいたい」
三人が目を見合わせる。
「俺たちが?」
「ああ」
ガレスは笑う。
「お前たちは一年ほど前まで、あいつらと似たようなものだった」
「だが今では、十分に後輩を連れて歩けるだろう」
ビルは少し驚いたような顔をした。
「俺たちが……教える側?」
「そういうことだ」
ガレスが頷く。
「もちろん、無理にとは言わん」
「だが」
「お前たちなら任せられると思っている」
しばらく沈黙。
やがて。
カミリーが口を開いた。
「……俺たちに出来ることなら」
「やります」
ビルも頷く。
「俺も」
シャーロットも続いた。
「私もいいわ」
ガレスが笑う。
「決まりだな」
⸻
その日の夜。
三人は宿へ戻る前に、ヤスヒコのもとを訪れていた。
「……ということになりました」
カミリーが説明する。
ヤスヒコは三人の話を黙って聞いていた。
「新人を連れて、角兎の討伐か」
「はい」
ビルが頷く。
「俺たちに、ちゃんと教えられるか不安ですけど」
ヤスヒコは三人を見て頷く。
そして。
「やってみろ」
「「はい!」」
短い言葉だった。
だが。
三人には、それで十分だった。
⸻
二日後。
朝。
エンターサンド冒険者ギルド。
三人が待っていると、四人の少年がやってきた。
「おはようございます!」
先頭にいた少年が頭を下げる。
「今日はよろしくお願いします!」
「ああ」
ビルが笑う。
「俺はビル」
「カミリー」
「シャーロットよ」
四人の少年も順番に名乗る。
「デレクです」
ナイフを腰に差した少年。
「ウィブルです」
剣を携えた少年。
「デイブです」
大きな斧を背負った少年。
「バクスです」
弓を背負った少年。
四人とも十五歳。
近隣の村にある同じ孤児院で育った仲間だという。
「俺たち、ずっと皆さんに憧れてました!」
デイブが嬉しそうに言う。
「エンターサンドで若いのに活躍してるって聞いて!」
「……そうなの?」
シャーロットが少し驚く。
「はい!」
バクスが頷く。
ビルは少し照れた。
「まあ……今日は俺たちが先輩だからな」
「しっかり教えてやるよ」
「「はい!」」
四人の返事が揃った。
⸻
森。
「ちょっと!」
シャーロットが声を上げる。
四人の少年が振り返る。
「何ですか?」
「何ですかじゃないわよ」
シャーロットが腕を組む。
「森に入る時に、そんなに前へ出てどうするの?」
「魔物を探すんですよね?」
デレクが答える。
「そうだけど」
シャーロットがため息をつく。
「だからって、全員で固まって前へ行ったら、横や後ろから襲われた時に対応できないでしょ」
「……」
四人が顔を見合わせる。
「森では、周囲を見る」
シャーロットが言う。
「足跡」
「折れた枝」
「鳥や小動物の動き」
「全部が手掛かりになる」
「魔物を探す前に、まず自分たちが探されないようにするの」
「「はい!」」
四人が頷く。
ビルはその様子を見ながら、ふと昔を思い出した。
自分たちも。
最初は何も知らなかった。
ただ魔物を探して。
ただ強くなりたくて。
前へ進んでいた。
その頃。
ヤスヒコが教えてくれた。
「周囲を見ろ」
「敵だけを見るな」
「自分の位置を考えろ」
あの時は。
言葉の意味を理解するだけで精一杯だった。
だが今なら。
その一つ一つが分かる。
「……よし」
ビルが前を見る。
「じゃあ、次は俺たちが教える」
⸻
しばらく進んだところで、カミリーが足を止めた。
「四人とも」
「はい!」
「今のままだと、全員が前を向きすぎてる」
カミリーは四人を見回す。
「武器も身体の大きさも違う」
「だったら、それぞれの得意なことを使えばいい」
デレクを見る。
「デレクは身軽だな?」
「はい」
「じゃあ、先頭に立て」
「前方の確認を頼む」
「はい!」
次にデイブ。
「デイブは体格がいい」
「前に出て、敵の動きを止めろ」
「分かりました!」
ウィブル。
「お前は剣だ」
「デイブが止めた相手を仕留める」
「はい!」
最後にバクス。
「お前はデイブの後ろ」
「前に出るな」
「そこから狙え」
バクスが頷く。
「分かりました!」
「これでいい」
カミリーが笑う。
「やってみよう」
四人が動き始める。
最初はぎこちなかった。
デレクが前へ出すぎる。
デイブが遅れる。
バクスが射るタイミングを失う。
ウィブルが一人で前へ出ようとする。
「デイブ、もっと左!」
「ウィブル、待て!」
「バクス、今じゃない!」
カミリーが次々と声を飛ばす。
ビルも周囲を確認しながら指示を出す。
シャーロットは後方から全員の位置を見る。
「少しずつでいい!」
「焦らないで!」
何度も。
何度も。
やり直す。
そして。
森へ入ってから、しばらく経った頃だった。
デレクが足を止めた。
「……いました!」
全員が身構える。
茂みの向こう。
二匹の角兎が姿を現した。
「二匹……!」
ウィブルが剣を抜く。
「どうする!?」
「えっと……」
デレクが戸惑う。
デイブも斧を構えるが、どう動けばいいのか分からない。
バクスは弓を引くものの、狙いが定まらない。
「……」
ビルたちはその姿を見ていた。
そして。
三人とも同時に思った。
――昔の自分たちだ。
初めて魔物と向き合った時。
何をすればいいのか分からなかった。
武器を持っている。
戦える。
それなのに。
身体が動かない。
「落ち着け!」
ビルが声を上げる。
「まず、位置を取れ!」
「デレク、左!」
「デイブ、そのまま前!」
「ウィブル、まだ動くな!」
「バクス、狙える方を見ろ!」
四人が動く。
少しずつ。
少しずつ。
形ができていく。
だが。
角兎は素早かった。
一匹がデイブへ突っ込む。
「うわっ!」
デイブが斧を構える。
角がぶつかる。
「ぐっ!」
何とか受け止めた。
「今!」
ウィブルが踏み込む。
剣が振り下ろされる。
だが。
外れた。
「くそっ!」
角兎が逃げる。
「バクス!」
「はい!」
弓が放たれる。
矢は角兎のすぐ横を飛んでいった。
「惜しい!」
シャーロットが叫ぶ。
「もう一度!」
四人は必死だった。
何度も失敗する。
追いつけない。
攻撃が噛み合わない。
それでも。
ビルたちは手を出さなかった。
助けることはできる。
だが。
この戦いは。
四人が経験しなければ意味がない。
⸻
そして。
夕方が近づいた頃。
角兎の一匹が再び姿を現した。
「来た!」
デレクが叫ぶ。
「全員、位置につけ!」
今度は。
誰も慌てなかった。
デレクが先に動く。
角兎の進路を誘導する。
「デイブ!」
デイブが前へ出る。
「任せろ!」
角兎が突っ込む。
デイブが受け止める。
「今だ!」
ウィブルが踏み込む。
剣が振られる。
角兎が逃げようとする。
「逃がさない!」
バクスが矢を放つ。
矢が角兎の脚を捉えた。
動きが止まる。
ウィブルが最後の一撃を入れた。
角兎が倒れる。
静寂。
四人は動かなかった。
「……」
「……」
やがて。
デイブが叫んだ。
「やったあああ!」
「やった!」
デレクが飛び跳ねる。
ウィブルも剣を掲げる。
バクスはその場に座り込んだ。
「……倒した」
四人の顔は。
喜びで輝いていた。
ビルは笑う。
「よくやったな」
「はい!」
カミリーも頷く。
「最初より、ずっと良かった」
シャーロットが笑う。
「まだまだだけどね」
「はい!」
四人は元気よく返事をした。
⸻
夕方。
エンターサンド冒険者ギルド。
「お疲れ様でした」
エミリアが報告を確認する。
「角兎、一匹」
「はい」
「初めての討伐としては、十分です」
新人四人が嬉しそうに笑う。
その様子を見ていたエミリアが、ビルたちへ視線を向ける。
「それにしても……」
「皆さん」
「はい?」
「一年前とは、別人のようですね」
「……!」
三人が固まる。
エミリアは微笑んでいる。
「今日、皆さんがあの子たちに教えている姿を見ていて思いました」
「以前は、まだ自分たちが冒険者として歩き始めたばかりだったのに」
「今では、立派に後輩を導いています」
ビルは照れくさそうに頭を掻く。
「……そうですかね」
「はい」
カミリーも少し笑った。
シャーロットはそっぽを向く。
「……まあ」
「悪い気はしないけど」
四人の新人が頭を下げる。
「今日はありがとうございました!」
「こちらこそ」
ビルが笑う。
「また一緒に頑張ろうな」
「はい!」
四人がギルドを出ていく。
その背中を三人は見送った。
⸻
夜。
宿へ向かう道。
三人は並んで歩いていた。
誰も、しばらく口を開かなかった。
やがて。
ビルが言う。
「……一年前とは、別人か」
「そう言われたな」
カミリーが笑う。
シャーロットも空を見上げる。
「私たち、そんなに変わったのかな」
「変わっただろ」
ビルが答える。
「だって」
「昔の俺たちなら、今日のあいつらみたいになってた」
カミリーが頷く。
「確かに」
森で右往左往していた四人。
それを見た時。
自分たちの過去を見ているようだった。
そして。
今度は自分たちが。
その四人を導いた。
「……先生のおかげだな」
ビルが呟く。
「うん」
シャーロットが頷く。
「私たちだけじゃ、ここまで来られなかった」
カミリーも前を見る。
「もっと強くなろう」
「そして」
「いつか」
三人は顔を見合わせる。
「先生みたいに」
誰からともなく。
そう言った。
夜のエンターサンド。
三人は宿へ向かって歩いていく。
その背中は。
一年ほど前とは。
もう違っていた。
ヤスヒコの背中を追いかけていると思っていた三人は。
いつの間にか。
誰かに追いかけられる側へと。
少しずつ、歩み始めていた。




