↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武術師範は異世界でも道を示す  作者: 白玉男爵
第四章 武術師範、神の力に触れる
PR
48/56

武術師範、癒しの力を使う

ある日の昼下がり。


エンターサンド冒険者ギルド。


扉が開き、ヤスヒコが入ってくる。


「ヤスヒコさん!!」


受付のエミリアが顔を上げる。


今日はいつもと様子が違った。


「……どうした?」


ヤスヒコが足を止める。


エミリアの表情が、僅かに強張っている。


「実は……お願いがあります」


「何だ?」


「昨日から、男の子が一人、行方不明になっています」


「男の子?」


「はい」


エミリアが声を落とす。


「名前はジャスティン君。五歳です」


「昨日の昼頃、家族で街の外へピクニックに行ったそうなんですが……」


「少し目を離した隙に、いなくなってしまったそうです」


ヤスヒコは黙って聞いていた。


「憲兵隊にも捜索願いは出ています」


「ですが、まだ足取りが掴めていません」


エミリアは書類を握る。


「……正直に言います」


「ああ」


「ヤスヒコさんなら……」


そこで一度、言葉を止める。


「引き受けてくださるんじゃないかと思って……」


ヤスヒコは、迷わなかった。


「分かった」


「え?」


「依頼を受けよう」


エミリアが目を見開く。


「……いいんですか?」


「五歳の子供だろう」


「探そう」


短い言葉だった。


だが。


その声には、迷いがなかった。


「ありがとうございます……!」


エミリアが深く頭を下げる。


「では、こちらを」


ヤスヒコは依頼書を受け取った。


「まずは両親から話を聞いてくる」


「はい。ご家族の住所はこちらです」


「分かった」


ヤスヒコはすぐにギルドを出た。



ジャスティンの両親が住む家。


扉を開けた母親は、ヤスヒコを見るなり深く頭を下げた。


「お願いします……!」


声が震えている。


「どうか……どうか、あの子を……」


父親も隣で拳を握っていた。


二人とも、ほとんど眠れていないのだろう。


特に母親の顔は憔悴していた。


「落ち着いてくれ」


ヤスヒコは静かに言う。


「できる限りのことをする」


「はい……」


ヤスヒコは椅子に座り、二人から話を聞いた。


「昨日、昼頃に森へ行ったんです」


父親が説明する。


「街から、そう遠くない場所です」


「ピクニックをしていました」


「ジャスティンは、どんな服を着ていた?」


「青い上着です」


母親が答える。


「白いシャツに、茶色の短いズボン……」


「靴は?」


「黒い靴です」


「よく行きたがる場所は?」


母親は少し考える。


「……小さな川が好きです」


「それから、動物も好きで……」


「森へ行くと、よく動物を探していました」


ヤスヒコは頷く。


「一人で遠くへ行くことは?」


「ありません」


父親が首を振る。


「昨日も、少し遊んでいるだけだと思っていたんです」


その声が震えた。


母親が俯く。


「私たちが、もっとちゃんと見ていれば……」


「今は自分を責める時ではない」


ヤスヒコが言う。


「ジャスティンを探す」


「それだけを考えろ」


二人は涙を拭った。


「……お願いします」


「ああ」


ヤスヒコは立ち上がった。


そして。


森へ向かった。



森。


街からそれほど離れていない。


家族がピクニックをしていたという場所を中心に、ヤスヒコは歩く。


地面を見る。


草を見る。


折れた枝。


小さな足跡。


だが。


子供の足跡を見つけるのは簡単ではない。


何度も周囲を確認しながら、少しずつ捜索範囲を広げていく。


数時間が過ぎた。


それでも。


見つからない。


「……」


ヤスヒコは立ち止まった。


夕方が近づいている。


森の中は、少しずつ暗くなっていた。


「……どこだ」


その時だった。


ふと。


何かに導かれるような感覚がした。


「……?」


ヤスヒコは顔を上げる。


理由は分からない。


だが。


なぜか。


こちらへ行かなければならない。


そんな気がした。


ヤスヒコは歩き始める。


一本。


また一本。


木々の間を抜ける。


しばらく進むと。


岩陰に、小さな穴が見えた。


「……洞穴か」


ヤスヒコが近づく。


中から。


微かな声が聞こえた。


「……うっ……」


泣き声。


ヤスヒコは中へ入った。


そこに。


小さな男の子がいた。


壁にもたれかかり、眠っている。


泣き疲れたのだろう。


その胸には。


小さな動物が抱かれていた。


リスのような姿。


だが。


普通のリスとは違う。


額に。


赤い宝石のようなものがある。


そして。


その身体には傷があった。


「……」


ヤスヒコが近づく。


リスはほとんど動かない。


呼吸も弱い。


「……怪我をしているのか」


その声に。


男の子が目を開けた。


「……誰……?」


「俺は冒険者のヤスヒコだ」


「お前を探しに来た」


「……僕を?」


「ああ」


男の子は目をこする。


そして。


胸元のリスを見る。


「この子も……?」


「一緒に連れて帰るぞ」


ジャスティンが首を振った。


「この子……怪我してる」


「治さないと……」


「両親が心配している」


「嫌だ……!」


ジャスティンの目から、涙が溢れる。


「この子を置いていけない……!」


「……」


ヤスヒコはリスを見る。


「どうして、ここにいる?」


ジャスティンは泣きながら答えた。


「昨日……」


「一人で遊んでたら……」


「他の動物に、いじめられてたの」


「この子が逃げようとしてたけど……怪我してて……」


「だから……」


「僕が抱っこして逃げた」


「ここまで来たのか」


「うん……」


ジャスティンはリスを強く抱きしめる。


「この子が死んじゃったら……嫌だ」


ヤスヒコは黙った。


そして。


リスを見る。


小さな身体。


浅い呼吸。


治療道具は持っていない。


薬もない。


「……どうしたものか」


ヤスヒコはリスへ手を伸ばす。


その身体に触れた。


その時。


「……?」


指先から。


何かが流れ込んだような感覚があった。


温かい。


それは。


以前、感じたものと似ていた。


だが。


ヤスヒコ自身には、何が起きているのか分からない。


「……?」


リスの傷が。


ほんの少し。


塞がった。


ヤスヒコは目を細める。


手を離す。


傷の治りが止まる。


もう一度。


触れる。


すると。


また。


少しずつ傷が癒えていく。


「……これは」


ヤスヒコの目が僅かに見開かれた。


何だ。


これは。


自分は何もしていない。


ただ触れているだけだ。


その時。


脳裏に、一人の少女の言葉が蘇った。


『神気は、主に癒しの力として使われます』


マリア。


「……神気、か」


あの時。


マリアは言っていた。


自分から感じる神気は、普通ではないと。


ヤスヒコは黙ってリスを見つめる。


「……俺に、こんな力があるのか」


答える者はいない。


それでも。


手のひらから伝わる温かさは消えなかった。


やがて。


傷が完全に消える。


リスが小さく身体を動かした。


「……?」


ゆっくりと目を開ける。


「キュ……」


小さな声。


ジャスティンが顔を上げる。


「起きた!」


リスは身体を起こす。


そして。


ジャスティンの顔を見る。


「キュッ」


嬉しそうに鳴いた。


「よかった……!」


ジャスティンが涙を流しながら抱きしめる。


リスは抵抗しない。


それどころか。


ヤスヒコの手にも顔を寄せた。


「……」


ヤスヒコが頭を撫でる。


リスは気持ちよさそうに目を細めた。


「……懐いたの?」


「そうらしいな」


「可愛い……」


ジャスティンは笑った。


初めて見せた笑顔だった。



森を出る。


ジャスティンはリスを胸に抱いている。


ヤスヒコが隣を歩く。


「家に帰ったら、父と母が待っている」


「うん」


「心配をかけたな」


「……うん」


少し歩いて。


ジャスティンが呟く。


「ごめんなさい」


「無事であれば、それでいい」


ヤスヒコはそれ以上言わなかった。


やがて。


エンターサンドの街が見えてくる。


門をくぐる。


その瞬間。


「ジャスティン!」


母親の声が響いた。


「ジャスティン!」


両親が走ってくる。


ジャスティンも駆け出す。


「お母さん!お父さん!」


母親が息子を抱きしめる。


「よかった……!」


「本当によかった……!」


父親もその肩へ手を置く。


「本当に……無事で……」


三人が抱き合う。


ヤスヒコは少し離れて、その様子を見ていた。


「ありがとうございます……!」


母親が涙を流しながら頭を下げる。


「本当に、ありがとうございます!」


「気にするな」


「でも……」


「俺にできる事をしただけだ」


ヤスヒコはそれだけ言った。


そして。


その場を離れようとする。


「キュッ」


「……?」


肩に。


小さな重みが乗った。


ヤスヒコが振り返る。


リスが、いつの間にか肩へ登っていた。


「……お前」


リスはヤスヒコの肩に乗ったまま、動こうとしない。


「……」


ジャスティンが少し寂しそうな顔をする。


「この子……」


「ヤスヒコさんと一緒にいたいのかな」


「そうなのか?」


ジャスティンはリスを見る。


「……そっか」


少しだけ寂しそうに笑った。


「じゃあ」


「ヤスヒコさん」


「この子を、お願いします」


「……いいのか?」


「うん」


ジャスティンはリスへ手を伸ばす。


「また遊ぼうね」


「絶対だよ」


「キュッ!」


リスが小さく鳴く。


ジャスティンは笑った。


「約束」


ヤスヒコはその様子を見ていた。


「分かった」


「俺が面倒を見よう」


「うん!」


ジャスティンは嬉しそうに頷いた。



その後。


ヤスヒコは冒険者ギルドへ戻った。


「お帰りなさい、ヤスヒコさん!」


エミリアが立ち上がる。


「ジャスティン君は……?」


「無事だ」


「……!」


エミリアが胸を撫で下ろす。


「よかった……!」


「本当に、ありがとうございます!」


「それで」


エミリアがヤスヒコを見る。


「その肩の子は……?」


「……」


ヤスヒコの肩には。


先ほどのリスが乗っている。


「ジャスティンに託された」


「託された……?」


エミリアが目を丸くする。


「……ヤスヒコさん」


「はい」


「その子……カーバンクルですよ」


「カーバンクル?」


「え?」


エミリアが固まる。


「ご存じないのですか?」


「ああ」


「……」


エミリアは呆れたように息を吐いた。


「カーバンクルは、とても珍しい魔物です」


「臆病な性格で、人間にはほとんど懐かないと言われています」


「それに……」


エミリアが額の赤い宝石を見る。


「その宝石」


「大量の魔力を蓄える性質があるそうです」


「だから、密猟者や盗賊に狙われることもあります」


「なるほど」


ヤスヒコは肩のカーバンクルを見る。


「危険だな」


「はい」


エミリアが少し心配そうにする。


「でも……」


「この子、ヤスヒコさんにすっかり懐いてますね」


カーバンクルはヤスヒコの首元へ身体を寄せていた。


「ジャスティンとの約束だからな」


「俺が育てる」


エミリアは微笑んだ。


「ふふ……それなら安心ですね」


ヤスヒコは頷く。


「そうか」


そして。


ギルドを出る。


夕方の街。


ヤスヒコは一人で宿へ向かって歩いていく。


肩には。


小さなカーバンクル。


「……」


カーバンクルはヤスヒコの肩で丸くなる。


ヤスヒコは一度だけ、肩へ視線を向けた。


「……一緒に来るか」


「キュ」


小さな返事。


ヤスヒコは僅かに笑う。


ふと。


胸の奥に、懐かしい記憶が浮かんだ。


昔。


自分の後ろを歩いていた人。


いつも穏やかに笑っていた人。


自分が振り返れば。


そこにいた人。


「……」


ヤスヒコは空を見上げる。


――フミエ。


その名を。


心の中だけで呟いた。


そしてまた歩き出す。


ただ。


肩の上で。


カーバンクルが静かに寄り添っていた。


夕暮れのエンターサンド。


ヤスヒコは。


小さな命を肩に乗せたまま。


宿へと帰っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。