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武術師範は異世界でも道を示す  作者: 白玉男爵
第四章 武術師範、神の力に触れる
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武術師範、特級冒険者と立ち合う

エイブリルの護衛依頼から、数週間が過ぎた。


エンターサンドの街。


街はずれにある、いつもの稽古場。


「――もう一度」


ヤスヒコの声が響く。


「はい!」


ビルが剣を構える。


カミリーも槍を握り直す。


シャーロットは少し離れた場所で、魔法を使う準備を整えた。


以前とは違う。


三人は今。


本格的な対人戦闘の稽古を受けていた。


盗賊との戦い。


あの時の失敗を繰り返さないために。


人間を相手にした時、どう動くのか。


相手が殺意を持って襲ってきた時、どう判断するのか。


そして。


自分たちより強い相手と戦った時、どう生き残るのか。


ヤスヒコは、一つ一つ教えていた。


「相手を倒すことだけを考えるな」


「だが」


「倒すことを躊躇してもならん」


「状況を見ろ」


「その上で、自分が何をするべきか判断しろ」


三人は必死に食らいついていた。


そんな稽古が始まって、数週間。


最近ではもう一人稽古に加わっている人物がいた。


「はい、ビル!」


「うわっ!」


ダガーナイフが振られる。


「速い!」


ビルが慌てて剣を受ける。


「遅いよー!」


アリアが笑う。


そのまま足を踏み込み。


「ぐっ!」


ビルが地面へ転がった。


「ビル!」


カミリーが声を上げる。


「次、カミリーね!」


「えっ、もうですか!?」


「うん!」


アリアは楽しそうに笑った。


数秒後。


「うわあっ!」


カミリーも地面に転がる。


「……」


シャーロットが無言で一歩下がる。


アリアが振り返る。


「シャーロット!」


「嫌な予感しかしないんだけど!」


「大丈夫!」


「何が!?」


次の瞬間。


「きゃっ!」


シャーロットも吹き飛んだ。


「……」


三人が地面に転がっている。


アリアは満面の笑みだった。


「もう一回やる?」


「……」


三人は顔を見合わせる。


「やります!」


ビルが立ち上がる。


「私も」


シャーロットも立つ。


「当然」


カミリーも槍を握り直した。


一度も有効打を与えられていない。


それどころか。


何度やっても、一方的に叩きのめされている。


それでも。


三人の目から、光は消えていなかった。


「面白そうだから」


それがアリアが稽古に加わった理由だった。


彼女は魔導士だ。


魔法銃を使えば、さらに強力な戦い方ができる。


だが。


この世界では、魔力の強さそのものが身体能力にも影響する。


魔力の豊富なアリアは。


魔法を使わずとも、普通の人間とは比べものにならない身体能力を持っていた。


そのため。


今の三人にとっては、それだけでも十分すぎるほどの相手だった。


そして。


その手に握られているのは、刃を落としたダガーナイフ。


殺傷力を抑えた武器で。


それでも容赦なく三人を叩きのめしていた。


「はい、休憩!」


アリアが笑う。


三人は地面に座り込んだ。


「……強すぎる」


ビルが呟く。


「一回くらい当てたい……」


シャーロットが悔しそうに言う。


カミリーも汗を拭った。


「俺たちはまだまだだな」


だが。


その表情には、悔しさと同時に。


どこか楽しそうなものがあった。



そんな稽古が、数日続いたある日。


カミリーがふと口を開いた。


「あの」


「ん?」


アリアが振り返る。


「ヤスヒコ先生と、アリアさん」


「一度、立ち合いを見せてもらえませんか?」


「え?」


ビルとシャーロットがカミリーを見る。


カミリーは真剣だった。


「俺たちが見ても、アリアさんの動きはほとんど分かりません」


「先生との立ち合いの中でなら……」


「何か掴めるかもしれないんです」


ビルが頷く。


「確かに」


シャーロットも頷いた。


「先生がどうやって、あの動きを捌くのか」


「見てみたい」


その言葉を聞いたアリアの目が輝いた。


「えっ!」


「ヤスヒコと!?」


「楽しそう!」


今にも飛び跳ねそうな勢いだった。


ヤスヒコは少し離れた場所に立っている。


「それがお前たちのためになるなら」


「俺は構わん」


「やった!」


アリアが嬉しそうに笑う。


ビルたちは顔を見合わせた。


これから始まるものが。


自分たちにとって、とても大きな意味を持つことを。


三人とも、なんとなく感じていた。



稽古場の中央。


ヤスヒコとアリアが向かい合う。


アリアの手には、刃を落としたダガーナイフ。


ヤスヒコは武器を持っていない。


「先生」


カミリーが声を掛ける。


「お願いします」


「ああ」


アリアが構える。


その顔には。


緊張など一切ない。


むしろ。


楽しそうだった。


「じゃあ――」


次の瞬間。


アリアの姿が消えた。


「……!」


ビルの目が見開かれる。


速い。


あまりにも速い。


三人の目では、ほとんど追えない。


地面を蹴った瞬間には。


もうヤスヒコの懐まで入り込んでいた。


ダガーナイフが走る。


しかし。


ヤスヒコは。


ほとんど動かなかった。


身体を僅かに傾ける。


腕を添える。


「――流」


アリアの勢いが、そのまま横へ流される。


二の理【流】


アリアの身体が大きく崩れた。


「わっ!」


普通なら。


そのまま地面へ倒れる。


だが。


アリアは違った。


崩された体勢のまま。


身体を強引に捻る。


「まだっ!」


ダガーナイフを逆手に持ち替える。


そのまま。


下から斬り上げる。


「――!」


ビルが息を呑む。


しかし。


ヤスヒコは一歩踏み込んだ。


「崩」


一の理【崩】


アリアの身体から。


力が抜けた。


「えっ――」


次の瞬間。


ドンッ。


アリアの身体が地面へ落ちる。


「……!」


三人が息を呑む。


速い。


だが。


それ以上に。


ヤスヒコの動きが静かだった。


アリアが起き上がる。


「すごい!」


笑っている。


「もう一回!」


そして。


再び踏み込んだ。


今度は正面。


次は右。


その次は左。


一度止まる。


見せかける。


そこから一気に懐へ入る。


だが。


ヤスヒコは大きくは動かない。


必要な分だけ。


僅かに身体をずらす。


手を添える。


足を引く。


そして。


「崩」


「流」


「……っ!」


アリアの攻撃が。


ことごとく空を切る。


それでも。


アリアは笑っていた。


「まだまだ!」


「次!」


「今度こそ!」


何度倒されても。


すぐに起き上がる。


そして。


また向かっていく。


「すごい……」


シャーロットが呟く。


「何が起きてるのか……」


ビルも目を離せない。


「俺たちとは……」


カミリーが続ける。


「次元が違う」


三人は。


まばたきすることすら忘れていた。


目の前で行われているのは。


自分たちが知っている戦いとは。


まるで別のものだった。


アリアが攻める。


ヤスヒコが捌く。


攻める。


捌く。


その繰り返し。


一分。


二分。


三分。


その間。


アリアは一度も攻撃を止めなかった。


「楽しい!」


笑いながら。


また踏み込む。


ヤスヒコは変わらない。


静かだった。


やがて。


アリアが大きく踏み込む。


ヤスヒコの懐。


「――今!」


アリアが思った。


しかし。


その瞬間。


ヤスヒコの身体が動いた。


拳が。


アリアの胸元へ。


「――穿」


三の理【穿】


寸止め。


拳は触れていない。


それでも。


そこで決着はついた。


アリアが目を丸くする。


「……!」


一瞬の静寂。


そして。


「やっぱりヤスヒコ強ーい!」


アリアが笑った。


「すごーい!」


そのまま。


ヤスヒコへ抱きつく。


「……」


ヤスヒコは固まった。


「ヤスヒコ、すごいね!」


「……離れろ」


「えー」


「離れろ」


「はーい」


アリアが笑いながら離れる。



その光景を。


三人は呆然と見ていた。


ビルが、ゆっくりと口を開く。


「……魔力、ないんだよな」


「ああ」


カミリーが答える。


「先生には魔力がない」


シャーロットもヤスヒコを見る。


「それなのに……」


視線をアリアへ向ける。


特級冒険者。


魔導士として他の追随を許さない力を持っている。


そんなアリアが。


今。


ヤスヒコに一度も攻撃を当てられなかった。


「……ありえない」


シャーロットが呟く。


ビルも頷く。


「俺たちだって実際に見てなかったら、絶対に信じられない」


「ミノタウロスの時もそうだった」


カミリーが言う。


あの時も。


ヤスヒコは、誰も理解できない戦い方でミノタウロスを退けた。


そして。


今度は。


特級冒険者のアリアを。


魔力を持たない身体で圧倒している。


そして。


ビルが拳を握る。


「……すごい」


カミリーも頷いた。


「俺たちの先生は……」


シャーロットはヤスヒコを見る。


「本当に、とんでもない人なんだ」


以前から。


尊敬していた。


強いことも知っていた。


だが。


今、目の前で見たことで。


その気持ちは。


さらに強くなった。


そして。


そんな人の弟子であることが誇らしかった。



夕暮れ。


稽古場には、まだ三人が残っていた。


「もう一回」


ビルが剣を構える。


「ああ、やろう」


カミリーが槍を構える。


シャーロットも杖を握る。


ヤスヒコもアリアも、もう帰っている。


それでも。


三人は帰らなかった。


今日見たものを。


少しでも自分のものにしたかった。


何度も。


何度も。


繰り返す。


失敗する。


やり直す。


それでも。


誰も文句を言わない。


やがて。


空が暗くなっていく。


「今日はここまでにしよう」


カミリーが言う。


「分かった」


ビルが頷く。


シャーロットも杖を下ろす。


三人は並んで宿へ向かって歩き始めた。


しばらく。


誰も口を開かなかった。


そして。


ビルが言う。


「……強くなりたい」


カミリーが頷く。


「俺もだ」


シャーロットも前を向いた。


「……うん」


三人の視線の先には。


昼間まで稽古をしていた場所がある。


そこに。


ヤスヒコの背中があるような気がした。


「いつか」


「先生の背中に追いつこう」


三人は歩き続ける。


夕暮れの街を。


その足取りは。


昨日よりも。


ほんの少しだけ強くなっていた。

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