若き冒険者たち、挫折する
エイブリルの護衛依頼を受けて、五日目。
エンターサンドを出発した馬車は、王都マスティア・パペルツへ向けて街道を進んでいた。
御者台にはビル。
その隣にカミリー。
シャーロットは馬車の中でエイブリルと話をしている。
アンジーはいつものように、馬車の後方を警戒していた。
「もうすぐ半分くらいか?」
ビルが前方を見ながら尋ねる。
「ああ」
カミリーが地図を確認する。
「今日の予定地点までは問題ない」
「順調ね」
馬車の中からシャーロットの声がする。
「このまま何もなければいいけど」
エイブリルも微笑む。
「皆さんのおかげで、とても安心しています」
「任せてください」
ビルが胸を張る。
「俺たち、ヤスヒコ先生に鍛えてもらってますから」
「ええ」
エイブリルは嬉しそうに頷いた。
「とても頼りにしています」
その言葉に、三人は少しだけ誇らしげな顔をした。
⸻
五日目は、何事もなく終わった。
六日目。
街道を外れた山道を進んでいた時だった。
カミリーが馬車を止める。
「……待て」
「どうした?」
ビルが振り返る。
カミリーは周囲を見回した。
「静かすぎる」
シャーロットが馬車から顔を出す。
「……確かに」
鳥の声がしない。
風の音だけが妙に大きく聞こえる。
アンジーが馬車の中から外を見た。
その表情は変わらない。
「……来ます」
「え?」
ビルが振り返った瞬間。
「動くな!」
山道の両側から男たちが姿を現した。
十人以上。
剣や斧を手にしている。
「盗賊か……!」
カミリーが槍を構えた。
「エイブリルさんは馬車の中へ!」
「はい!」
エイブリルが身を隠す。
アンジーは何も言わない。
ただ、馬車の中から三人を見ていた。
⸻
「カミリー!」
「分かってる!」
三人が動く。
ビルが前へ出る。
「下がれ!」
剣を持った男が襲いかかる。
ビルは剣で受け流す。
そのまま相手の腕を取った。
「ぐっ!」
倒せる。
だが。
ビルの動きが止まった。
(……殺す必要はない)
以前。
ヤスヒコと共に隣町への寄り合い馬車を護衛した時にも、盗賊に囲まれたことがあった。
あの時。
ヤスヒコは迷わなかった。
圧倒的な力で盗賊たちをねじ伏せ、一人も殺さずに捕らえた。
そして、隣町の衛兵へ引き渡した。
――強ければ、殺さずに済む。
ビルの中には、そんな考えが残っていた。
だから。
今も。
相手を倒すことより、捕らえることを考えてしまった。
「くそっ!」
男が腕を振りほどく。
「ビル!」
カミリーの声が飛ぶ。
「後ろだ!」
別の盗賊がビルへ襲いかかる。
ビルが慌てて剣を構える。
「うおっ!」
間一髪で避けた。
「全員、殺さずに捕らえる!」
カミリーが叫ぶ。
「シャーロット、牽制を!」
「分かった!」
シャーロットが魔法を放つ。
炎が地面を走り、盗賊たちの足元を焼く。
しかし。
「ちっ!」
「魔法使いだ!」
盗賊たちが散開する。
「カミリー!」
「ビル、左!」
「了解!」
三人は動く。
だが。
いつものようには噛み合わない。
相手を殺さない。
それを前提にしている。
だから攻撃の一つ一つに迷いが生じる。
敵は違った。
最初から殺すつもりで襲ってきている。
「甘い!」
盗賊の剣がビルの肩をかすめる。
「ぐっ!」
血が滲む。
「ビル!」
「大丈夫!」
カミリーが槍を振る。
だが、相手を傷つけすぎないよう無意識に力を抑えていた。
その一瞬。
盗賊が懐へ入り込む。
「しまっ――」
蹴り飛ばされた。
「お兄ちゃん!」
シャーロットが魔法を放つ。
だが、味方が近すぎる。
威力を上げられない。
「くっ……!」
三人の連携が、少しずつ崩れていく。
⸻
馬車の中。
エイブリルが不安そうに外を見る。
「アンジー……」
「……」
アンジーは答えない。
ただ三人を見ている。
(やはり……)
(人間を相手にする経験が浅すぎる)
魔物ならば。
倒すべき敵だと、迷いなく判断できる。
だが。
人間となると違う。
無意識に命の重みを測ってしまう。
殺したくない。
捕らえたい。
その甘さそのものが、今は三人の動きを鈍らせている。
(しかし)
(護衛対象を守る以上、そんな迷いは許されない)
アンジーは静かに立ち上がった。
⸻
「エイブリルさん!」
盗賊の一人が馬車へ向かう。
「まずい!」
カミリーが立ち上がろうとする。
だが。
足元を払われた。
「うっ!」
ビルも別の男に押さえ込まれている。
シャーロットは魔力を集中させるが、味方と馬車が近すぎる。
「動けない……!」
盗賊が馬車へ手を伸ばす。
その瞬間。
「そこまでです」
静かな声が響いた。
男が振り返る。
アンジーが立っていた。
「……誰だ、お前」
アンジーは腰の剣に手を添える。
「ここからは」
剣を抜く。
「私にお任せください」
次の瞬間。
アンジーの姿が消えた。
「ぐあっ!」
一人。
「な――」
二人。
「速……」
三人。
盗賊たちが次々と倒れていく。
その動きには、一切の無駄がない。
ビルが呆然と見つめる。
「……なんだ、あれ」
カミリーも言葉を失う。
シャーロットでさえ、魔法を使うことを忘れていた。
一人の盗賊がアンジーへ斬りかかる。
アンジーは身体を僅かにずらした。
剣が空を切る。
次の瞬間。
男の胸を剣が貫いた。
「……!」
男が崩れ落ちる。
アンジーは表情を変えない。
そのまま残った盗賊へ向かっていく。
やがて。
山道に立っている者は、アンジーとエイブリル、そして三人だけになった。
⸻
静寂。
誰も口を開かなかった。
アンジーは剣についた血を払う。
そして。
ゆっくりと三人を見る。
「……あなた方は」
静かな声。
「何をしていたのですか?」
ビルが俯く。
「……」
カミリーも答えられない。
シャーロットは唇を噛んだ。
アンジーが続ける。
「相手は、あなた方を殺すつもりだったのですよ」
「それなのに」
「捕らえることばかり考えていた」
カミリーが拳を握る。
「……でも」
「でも?」
「先生は……」
「ヤスヒコ先生は、盗賊を殺さずに捕らえました」
アンジーの目が鋭くなる。
「それは」
「ヤスヒコ様だからできたことです」
三人が顔を上げる。
「あなた方は違う」
「……」
「自分たちがどれほど危険な状況にいたのか、理解していますか?」
アンジーの声が強くなる。
「もし私がいなければ?」
「あなた方が倒れた後、エイブリル様はどうなっていたでしょう」
「それを考えましたか?」
誰も答えられない。
「護衛対象を危険にさらす」
「それは、冒険者として最もしてはいけないことです」
エイブリルが立ち上がる。
「アンジー……」
「お嬢様」
アンジーは振り返らない。
「申し訳ありません」
「ですが、ここで曖昧にしてはいけません」
「この三人が今後も冒険者として生きていくのであれば」
「この失敗を、きちんと理解してもらう必要があります」
エイブリルは黙った。
三人も、何も言えなかった。
⸻
その後。
王都までの道中、盗賊に襲われることはなかった。
だが。
誰も口数が多くなることはなかった。
ビルは自分の剣を見つめていた。
カミリーは何度も、あの時の指揮を思い返していた。
シャーロットもまた、魔法を使えなかった瞬間を思い出していた。
そして。
三人とも。
自分たちの不甲斐なさが悔しかった。
⸻
王都マスティア・パペルツ。
大きな門をくぐる。
エイブリルは馬車から降りると、三人へ向き直った。
「皆さん」
「ここまで、本当にありがとうございました」
ビルが頭を下げる。
「……」
カミリーはしばらく黙っていた。
そして。
「……俺たちに」
「そんな資格はありません」
エイブリルが目を丸くする。
「え?」
「今回の依頼」
「俺たちは、失敗しました」
シャーロットも俯く。
「アンジーさんがいなかったら……」
「私は……何もできなかった」
ビルも拳を握る。
「俺も」
「相手を倒すことすら、迷って……」
エイブリルは三人を見つめた。
そして。
優しく微笑んだ。
「でも」
「皆さんは、最後まで私を守ろうとしてくれました」
「それは、嘘ではありませんよね?」
三人は答えなかった。
「なら」
エイブリルは笑う。
「私は、皆さんに感謝しています」
カミリーが顔を上げる。
「……エイブリルさん」
「ありがとうございました」
エイブリルは深く頭を下げた。
「また、エンターサンドでお会いしましょう」
三人も頭を下げる。
「はい」
「……ええ」
「うん」
馬車が動き出す。
その姿を、三人はしばらく見送っていた。
⸻
その後。
三人は王都の冒険者ギルドへ向かった。
依頼完了の報告をする。
「ラブ商会からの護衛依頼ですね」
職員が書類を確認する。
「はい」
「無事、王都まで護衛されたのであれば問題ありません」
「依頼達成として処理します」
「……ありがとうございます」
書類上は。
依頼は成功だった。
だが。
三人は、そう思えなかった。
自分たちの中では。
明らかな失敗だった。
⸻
数日後。
エンターサンド。
三人は宿へ戻ると、その足でヤスヒコのもとへ向かった。
「先生」
扉を開ける。
ヤスヒコが三人を見る。
「戻ったか」
「はい」
「無事だったか?」
「……はい」
ヤスヒコは三人を見た。
何かがおかしい。
いつもの三人ではない。
「どうした?」
カミリーが口を開く。
「……話があります」
「分かった」
三人は座った。
そして。
王都までの道中で起きたことを、一つずつ話した。
盗賊。
戦闘。
判断の遅れ。
連携の崩壊。
アンジーに助けられたこと。
厳しく叱られたこと。
そして。
依頼そのものは完了したこと。
ヤスヒコは一言も挟まず、最後まで聞いた。
三人が話し終える。
沈黙。
カミリーが俯いた。
「……俺たちは」
声が震える。
「先生みたいには、できませんでした」
ビルが唇を噛む。
「人間相手に……怖くなりました」
シャーロットの目に涙が浮かぶ。
「魔法も……撃てなかった」
「エイブリルさんを守らなきゃいけなかったのに」
「私……何もできなかった」
一粒。
涙が落ちる。
それを見たビルも、涙を堪えられなくなった。
「……くそっ」
拳で目元を拭う。
カミリーも顔を伏せる。
「悔しい……」
三人は初めて。
ヤスヒコの前で、声を上げて泣いた。
ヤスヒコは黙って三人を見ていた。
責めない。
褒めない。
ただ。
三人が泣き止むのを待つ。
やがて。
「……そうか」
静かな声。
三人が顔を上げる。
「この失敗を忘れるな」
「……はい」
「次に同じことが起きた時」
「同じ失敗をするな」
「はい……」
「失敗したなら」
「己の糧にしろ」
三人は涙を拭う。
ヤスヒコは少しだけ目を細めた。
そして。
「だが」
三人が顔を上げる。
「お前たちが無事で帰ってきた」
「……」
「今はそれだけでいい」
その瞬間。
三人の目から、再び涙が溢れた。
ビルが顔を覆う。
シャーロットが嗚咽を漏らす。
カミリーも俯いたまま、肩を震わせる。
ヤスヒコは何も言わない。
ただ。
三人が泣くのを、静かに見守っていた。
――失敗した。
それでも。
生きて帰ってきた。
その事実だけは。
何よりも大切なことだった。




