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武術師範は異世界でも道を示す  作者: 白玉男爵
第四章 武術師範、神の力に触れる
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若き冒険者たち、挫折する

エイブリルの護衛依頼を受けて、五日目。


エンターサンドを出発した馬車は、王都マスティア・パペルツへ向けて街道を進んでいた。


御者台にはビル。


その隣にカミリー。


シャーロットは馬車の中でエイブリルと話をしている。


アンジーはいつものように、馬車の後方を警戒していた。


「もうすぐ半分くらいか?」


ビルが前方を見ながら尋ねる。


「ああ」


カミリーが地図を確認する。


「今日の予定地点までは問題ない」


「順調ね」


馬車の中からシャーロットの声がする。


「このまま何もなければいいけど」


エイブリルも微笑む。


「皆さんのおかげで、とても安心しています」


「任せてください」


ビルが胸を張る。


「俺たち、ヤスヒコ先生に鍛えてもらってますから」


「ええ」


エイブリルは嬉しそうに頷いた。


「とても頼りにしています」


その言葉に、三人は少しだけ誇らしげな顔をした。



五日目は、何事もなく終わった。


六日目。


街道を外れた山道を進んでいた時だった。


カミリーが馬車を止める。


「……待て」


「どうした?」


ビルが振り返る。


カミリーは周囲を見回した。


「静かすぎる」


シャーロットが馬車から顔を出す。


「……確かに」


鳥の声がしない。


風の音だけが妙に大きく聞こえる。


アンジーが馬車の中から外を見た。


その表情は変わらない。


「……来ます」


「え?」


ビルが振り返った瞬間。


「動くな!」


山道の両側から男たちが姿を現した。


十人以上。


剣や斧を手にしている。


「盗賊か……!」


カミリーが槍を構えた。


「エイブリルさんは馬車の中へ!」


「はい!」


エイブリルが身を隠す。


アンジーは何も言わない。


ただ、馬車の中から三人を見ていた。



「カミリー!」


「分かってる!」


三人が動く。


ビルが前へ出る。


「下がれ!」


剣を持った男が襲いかかる。


ビルは剣で受け流す。


そのまま相手の腕を取った。


「ぐっ!」


倒せる。


だが。


ビルの動きが止まった。


(……殺す必要はない)


以前。


ヤスヒコと共に隣町への寄り合い馬車を護衛した時にも、盗賊に囲まれたことがあった。


あの時。


ヤスヒコは迷わなかった。


圧倒的な力で盗賊たちをねじ伏せ、一人も殺さずに捕らえた。


そして、隣町の衛兵へ引き渡した。


――強ければ、殺さずに済む。


ビルの中には、そんな考えが残っていた。


だから。


今も。


相手を倒すことより、捕らえることを考えてしまった。


「くそっ!」


男が腕を振りほどく。


「ビル!」


カミリーの声が飛ぶ。


「後ろだ!」


別の盗賊がビルへ襲いかかる。


ビルが慌てて剣を構える。


「うおっ!」


間一髪で避けた。


「全員、殺さずに捕らえる!」


カミリーが叫ぶ。


「シャーロット、牽制を!」


「分かった!」


シャーロットが魔法を放つ。


炎が地面を走り、盗賊たちの足元を焼く。


しかし。


「ちっ!」


「魔法使いだ!」


盗賊たちが散開する。


「カミリー!」


「ビル、左!」


「了解!」


三人は動く。


だが。


いつものようには噛み合わない。


相手を殺さない。


それを前提にしている。


だから攻撃の一つ一つに迷いが生じる。


敵は違った。


最初から殺すつもりで襲ってきている。


「甘い!」


盗賊の剣がビルの肩をかすめる。


「ぐっ!」


血が滲む。


「ビル!」


「大丈夫!」


カミリーが槍を振る。


だが、相手を傷つけすぎないよう無意識に力を抑えていた。


その一瞬。


盗賊が懐へ入り込む。


「しまっ――」


蹴り飛ばされた。


「お兄ちゃん!」


シャーロットが魔法を放つ。


だが、味方が近すぎる。


威力を上げられない。


「くっ……!」


三人の連携が、少しずつ崩れていく。



馬車の中。


エイブリルが不安そうに外を見る。


「アンジー……」


「……」


アンジーは答えない。


ただ三人を見ている。


(やはり……)


(人間を相手にする経験が浅すぎる)


魔物ならば。


倒すべき敵だと、迷いなく判断できる。


だが。


人間となると違う。


無意識に命の重みを測ってしまう。


殺したくない。


捕らえたい。


その甘さそのものが、今は三人の動きを鈍らせている。


(しかし)


(護衛対象を守る以上、そんな迷いは許されない)


アンジーは静かに立ち上がった。



「エイブリルさん!」


盗賊の一人が馬車へ向かう。


「まずい!」


カミリーが立ち上がろうとする。


だが。


足元を払われた。


「うっ!」


ビルも別の男に押さえ込まれている。


シャーロットは魔力を集中させるが、味方と馬車が近すぎる。


「動けない……!」


盗賊が馬車へ手を伸ばす。


その瞬間。


「そこまでです」


静かな声が響いた。


男が振り返る。


アンジーが立っていた。


「……誰だ、お前」


アンジーは腰の剣に手を添える。


「ここからは」


剣を抜く。


「私にお任せください」


次の瞬間。


アンジーの姿が消えた。


「ぐあっ!」


一人。


「な――」


二人。


「速……」


三人。


盗賊たちが次々と倒れていく。


その動きには、一切の無駄がない。


ビルが呆然と見つめる。


「……なんだ、あれ」


カミリーも言葉を失う。


シャーロットでさえ、魔法を使うことを忘れていた。


一人の盗賊がアンジーへ斬りかかる。


アンジーは身体を僅かにずらした。


剣が空を切る。


次の瞬間。


男の胸を剣が貫いた。


「……!」


男が崩れ落ちる。


アンジーは表情を変えない。


そのまま残った盗賊へ向かっていく。


やがて。


山道に立っている者は、アンジーとエイブリル、そして三人だけになった。



静寂。


誰も口を開かなかった。


アンジーは剣についた血を払う。


そして。


ゆっくりと三人を見る。


「……あなた方は」


静かな声。


「何をしていたのですか?」


ビルが俯く。


「……」


カミリーも答えられない。


シャーロットは唇を噛んだ。


アンジーが続ける。


「相手は、あなた方を殺すつもりだったのですよ」


「それなのに」


「捕らえることばかり考えていた」


カミリーが拳を握る。


「……でも」


「でも?」


「先生は……」


「ヤスヒコ先生は、盗賊を殺さずに捕らえました」


アンジーの目が鋭くなる。


「それは」


「ヤスヒコ様だからできたことです」


三人が顔を上げる。


「あなた方は違う」


「……」


「自分たちがどれほど危険な状況にいたのか、理解していますか?」


アンジーの声が強くなる。


「もし私がいなければ?」


「あなた方が倒れた後、エイブリル様はどうなっていたでしょう」


「それを考えましたか?」


誰も答えられない。


「護衛対象を危険にさらす」


「それは、冒険者として最もしてはいけないことです」


エイブリルが立ち上がる。


「アンジー……」


「お嬢様」


アンジーは振り返らない。


「申し訳ありません」


「ですが、ここで曖昧にしてはいけません」


「この三人が今後も冒険者として生きていくのであれば」


「この失敗を、きちんと理解してもらう必要があります」


エイブリルは黙った。


三人も、何も言えなかった。



その後。


王都までの道中、盗賊に襲われることはなかった。


だが。


誰も口数が多くなることはなかった。


ビルは自分の剣を見つめていた。


カミリーは何度も、あの時の指揮を思い返していた。


シャーロットもまた、魔法を使えなかった瞬間を思い出していた。


そして。


三人とも。


自分たちの不甲斐なさが悔しかった。



王都マスティア・パペルツ。


大きな門をくぐる。


エイブリルは馬車から降りると、三人へ向き直った。


「皆さん」


「ここまで、本当にありがとうございました」


ビルが頭を下げる。


「……」


カミリーはしばらく黙っていた。


そして。


「……俺たちに」


「そんな資格はありません」


エイブリルが目を丸くする。


「え?」


「今回の依頼」


「俺たちは、失敗しました」


シャーロットも俯く。


「アンジーさんがいなかったら……」


「私は……何もできなかった」


ビルも拳を握る。


「俺も」


「相手を倒すことすら、迷って……」


エイブリルは三人を見つめた。


そして。


優しく微笑んだ。


「でも」


「皆さんは、最後まで私を守ろうとしてくれました」


「それは、嘘ではありませんよね?」


三人は答えなかった。


「なら」


エイブリルは笑う。


「私は、皆さんに感謝しています」


カミリーが顔を上げる。


「……エイブリルさん」


「ありがとうございました」


エイブリルは深く頭を下げた。


「また、エンターサンドでお会いしましょう」


三人も頭を下げる。


「はい」


「……ええ」


「うん」


馬車が動き出す。


その姿を、三人はしばらく見送っていた。



その後。


三人は王都の冒険者ギルドへ向かった。


依頼完了の報告をする。


「ラブ商会からの護衛依頼ですね」


職員が書類を確認する。


「はい」


「無事、王都まで護衛されたのであれば問題ありません」


「依頼達成として処理します」


「……ありがとうございます」


書類上は。


依頼は成功だった。


だが。


三人は、そう思えなかった。


自分たちの中では。


明らかな失敗だった。



数日後。


エンターサンド。


三人は宿へ戻ると、その足でヤスヒコのもとへ向かった。


「先生」


扉を開ける。


ヤスヒコが三人を見る。


「戻ったか」


「はい」


「無事だったか?」


「……はい」


ヤスヒコは三人を見た。


何かがおかしい。


いつもの三人ではない。


「どうした?」


カミリーが口を開く。


「……話があります」


「分かった」


三人は座った。


そして。


王都までの道中で起きたことを、一つずつ話した。


盗賊。


戦闘。


判断の遅れ。


連携の崩壊。


アンジーに助けられたこと。


厳しく叱られたこと。


そして。


依頼そのものは完了したこと。


ヤスヒコは一言も挟まず、最後まで聞いた。


三人が話し終える。


沈黙。


カミリーが俯いた。


「……俺たちは」


声が震える。


「先生みたいには、できませんでした」


ビルが唇を噛む。


「人間相手に……怖くなりました」


シャーロットの目に涙が浮かぶ。


「魔法も……撃てなかった」


「エイブリルさんを守らなきゃいけなかったのに」


「私……何もできなかった」


一粒。


涙が落ちる。


それを見たビルも、涙を堪えられなくなった。


「……くそっ」


拳で目元を拭う。


カミリーも顔を伏せる。


「悔しい……」


三人は初めて。


ヤスヒコの前で、声を上げて泣いた。


ヤスヒコは黙って三人を見ていた。


責めない。


褒めない。


ただ。


三人が泣き止むのを待つ。


やがて。


「……そうか」


静かな声。


三人が顔を上げる。


「この失敗を忘れるな」


「……はい」


「次に同じことが起きた時」


「同じ失敗をするな」


「はい……」


「失敗したなら」


「己の糧にしろ」


三人は涙を拭う。


ヤスヒコは少しだけ目を細めた。


そして。


「だが」


三人が顔を上げる。


「お前たちが無事で帰ってきた」


「……」


「今はそれだけでいい」


その瞬間。


三人の目から、再び涙が溢れた。


ビルが顔を覆う。


シャーロットが嗚咽を漏らす。


カミリーも俯いたまま、肩を震わせる。


ヤスヒコは何も言わない。


ただ。


三人が泣くのを、静かに見守っていた。


――失敗した。


それでも。


生きて帰ってきた。


その事実だけは。


何よりも大切なことだった。

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