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武術師範は異世界でも道を示す  作者: 白玉男爵
第四章 武術師範、神の力に触れる
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商会令嬢、再び

王都からエンターサンドへ戻ってきて、数日。


ヤスヒコ達にも、少しずつ以前の日常が戻り始めていた。


そんなある日の朝。


エンターサンド南門。


一台の馬車が、ゆっくりと門をくぐった。


馬車の側面には、商会の紋章が刻まれている。


その後ろには、一人の女性が馬に乗って続いていた。


馬車が止まる。


扉が開いた。


「着きましたね」


栗色の髪を揺らしながら、エイブリル・ラブが降りてくる。


続いて、護衛兼侍女のアンジーも馬から降りた。


アンジーは周囲を見回す。


「ここがエンターサンドですか」


「ええ」


エイブリルは街を見渡す。


表向きは商会の視察。


実際、ラブ商会の支店拡大候補地として、エンターサンドが候補に挙がっている。


だが。


「……」


エイブリルの視線は、商店街ではなく。


街の奥へ向いていた。


アンジーがそれに気付く。


「お嬢様」


「何かしら?」


「視察でしたら、まず商業区へ向かわれるのでは?」


「……そうだったわね」


エイブリルは慌てて視線を戻す。


「もちろん、そのつもりよ!」


アンジーは何も言わない。


ただ、静かにため息を吐いた。


(分かりやすい……)


今回のエンターサンド行きについて、エイブリルは父親にこう説明していた。


――エンターサンドの商業規模を確認し、支店拡大の可能性を調査したい。


父親はしばらく娘を見つめ。


『そうか』


とだけ答えた。


そして。


『ならばアンジーを連れていきなさい』


それだけだった。


エイブリルは、それ以上何も言われなかった。


だが。


出発する直前。


父親が小さく笑っていたことだけは覚えている。


(お父様も、応援してくださっているのね)


エイブリルはそう解釈していた。


アンジーは、その横顔を見ていた。


(……違いますよ、お嬢様)


(お父上も全部分かっています)



エンターサンド冒険者ギルド。


「いらっしゃいませ」


受付にいたエミリアが顔を上げる。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


エイブリルは丁寧に頭を下げた。


「ラブ商会のエイブリルです」


「街の視察で、このエンターサンドへ参りました」


「それに伴い、周辺地域の案内と護衛をお願いしたいのですが」


「指名依頼ですね」


「はい」


エミリアが依頼書を確認する。


「指名される冒険者はお決まりですか?」


「ええ」


エイブリルは迷いなく答えた。


「カミリーさんたちにお願いしたいです」


エミリアの表情が少しだけ緩む。


「承知しました」


「それでは確認を取りますね」



しばらくして。


ギルドの奥から、三人がやってきた。


「指名依頼?」


ビルが首を傾げる。


「俺たちにですか?」


エミリアが頷く。


「はい」


「ラブ商会のエイブリル様からです」


「……」


カミリーが固まった。


「エイブリルさん?」


その声を聞いたエイブリルの表情が、一瞬で明るくなる。


「はい!」


「お久しぶりです、カミリーさん!」


「どうしてここに……」


「商会の視察です」


「そうなんですか」


「はい!」


エイブリルは嬉しそうに頷く。


その横で、ビルとシャーロットが顔を見合わせる。


そして。


二人とも、何も言わずに笑った。


「……何だ?」


カミリーが尋ねる。


「いや」


「何でもない」


「そう?」


「うん」


シャーロットだけは、エイブリルの顔を見ていた。


(絶対、お兄ちゃんに会いに来たでしょ)



街の視察が始まった。


エイブリルは商店街を歩きながら、店の規模や客層、街道からの物流について質問していく。


最初こそ、確かに商会の視察だった。


しかし。


「カミリーさん」


「はい?」


「この街で好きな場所はありますか?」


「え?」


「よく行くお店とか」


「そうですね……」


「好きな食べ物は?」


「……」


「槍の手入れはどのくらいの頻度で?」


「……」


「普段はどんな鍛錬を?」


カミリーの顔が少しずつ引きつっていく。


ビルが小声でシャーロットへ話しかける。


「これ、視察だよな?」


「一応は」


「一応?」


「八割くらい違うと思う」


「……だよな」


カミリーは困ったように笑っている。


しかし、エイブリルを邪険にすることもできない。


護衛対象の依頼主でもある。


「カミリーさんは――」


「エイブリルさん」


「はい?」


「その……」


「はい」


「少し、質問が多いような……」


「す、すみません!」


エイブリルの顔が真っ赤になる。


「つい……」


「つい?」


「……いえ、何でもありません」


アンジーは後ろで静かに目を閉じた。


(お嬢様)


(完全にバレていますよ)



昼を過ぎる。


街道の視察へ移る。


しばらく歩いたところで、草むらが揺れた。


カミリーが槍を構える。


「止まってください」


ビルとシャーロットも即座に反応する。


「何かいる?」


「おそらく魔物だ」


次の瞬間。


角兎が飛び出した。


「ビル!」


「任せろ!」


ビルが前へ出る。


角兎が跳ねる。


木剣が一閃。


角兎が地面へ転がった。


「一匹だけ?」


シャーロットが周囲を確認する。


「……いや」


カミリーが視線を動かす。


「右」


草むらから、今度はスライムが現れた。


「シャーロット」


「分かった!」


カミリーが周囲を見ながら指示を出す。


「ビル、左から回れ」


「了解!」


「シャーロットは距離を取って」


「オーケー!」


三人が動く。


スライムがビルへ向かう。


その動きをシャーロットが魔法で牽制。


ビルが横から叩き。


最後にカミリーの槍が突き抜けた。


魔物の息が絶える。


「終わりました」


カミリーが槍を下ろした。


「お見事でした」


アンジーが感心したように言う。


エイブリルも目を輝かせている。


「すごい……」


「カミリーさん」


「はい?」


「やっぱり素敵です!」


「……」


カミリーが固まる。


ビルが無言で空を見上げた。


シャーロットは額を押さえる。


(もう隠す気ないじゃん……)


エイブリル本人だけが気付いていなかった。



夕方。


ギルドへ戻る。


エミリアが依頼完了の処理をする。


「本日の護衛、お疲れ様でした」


「ありがとうございました」


エイブリルが頭を下げる。


「視察はいかがでしたか?」


「とても有意義でした」


エイブリルは笑顔で答える。


そして。


「それで、エミリアさん」


「はい?」


「今回の視察ですが」


「一週間ほど滞在する予定なんです」


「そうなんですね」


「その間、できれば……」


エイブリルがカミリーたちを見る。


「引き続き、皆さんに護衛をお願いしたいのですが」


「一週間?」


ビルが目を丸くする。


シャーロットも苦笑した。


「随分と気に入られたわね」


「……」


カミリーは何とも言えない表情を浮かべる。


エイブリルは笑顔のままだ。


「駄目でしょうか?」


「いや……」


カミリーは困ったように笑う。


「俺たちでよければ」


「ありがとうございます!」


エミリアも嬉しそうに微笑んだ。


「信頼を得られているようで、良いことですね」


「……」


ビルとシャーロットが顔を見合わせる。


カミリーは何も言わなかった。



ギルドを出る。


夕方の街を、五人が歩いていく。


前をビルとカミリー。


後ろにシャーロット、エイブリル、アンジー。


しばらく歩いたところで。


「シャーロットさん」


エイブリルが小声で話しかけた。


「何?」


「実は……お願いがあるんです」


「お願い?」


エイブリルは少し恥ずかしそうに頬を染める。


「カミリーさんと……」


「はい」


「もっと仲良くなりたいんです」


「……」


シャーロットは前を歩くカミリーを見る。


「それで?」


「何か協力していただけないでしょうか」


「うーん……」


シャーロットは腕を組む。


「どうしようかな」


エイブリルは少し考える。


「お礼はします」


「お礼?」


「欲しいものはありますか?」


シャーロットの目が変わった。


「……新しい杖」


「分かりました」


「本当に?」


「はい」


シャーロットは即答した。


「交渉成立」


アンジーが思わず吹き出す。


「シャーロットさん、切り替えが早すぎませんか?」


「仕方ないでしょ!」


「魔法杖って高いんだから!」


「なるほど……」


エイブリルは嬉しそうに笑う。


「では、よろしくお願いします」


「任せて!」


二人は固い握手を交わした。


その前方。


カミリーが振り返る。


「何を話してるんだ?」


「何でもない!」


シャーロットが即答する。


「そうか?」


カミリーは首を傾げる。


そして再び前を向いた。


夕陽が街を赤く染めている。


その後ろで。


アンジーは小さく笑っていた。


(……お嬢様)


(もう十分、仲良くなっていると思いますが)



―その夜。


エンターサンド。


白い法衣をまとった巡礼団が、宿の一室に集まっていた。


部屋の中央。


一人の少女が窓辺に立っている。


聖女。


彼女は静かに目を閉じた。


「……やはり」


小さく呟く。


周りの者たちには聞こえないほどの声。


「この街には……神気がある」


少女がゆっくりと目を開く。


その瞳は、夜のエンターサンドを見つめている。


「とても……強い」


少女は静かに息を吐いた。

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