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武術師範は異世界でも道を示す  作者: 白玉男爵
第四章 武術師範、神の力に触れる
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武術師範、日常に戻る

約一か月ぶりにエンターサンドへ戻ってきた翌朝。


まだ朝の空気が冷たい時間。


ヤスヒコたちは、町外れの空き小屋へ向かっていた。


王都へ旅立つ前まで、何度も通った場所。


ビルたちにとっては、修行の場所であり。


そしていつしか、帰ってくる場所にもなっていた。


小屋の前へ着く。


ヤスヒコが扉へ手を掛ける。


軋んだ音とともに扉が開いた。


「……あ」


ビルが声を漏らす。


中には薄く埃が積もっていた。


窓の隅には蜘蛛の巣。


床には枯れ葉が入り込んでいる。


シャーロットが苦笑した。


「一か月も空けてたんだもんね」


カミリーも頷く。


「思ったより汚れてますね」


ヤスヒコは何も言わず、小屋の脇へ立て掛けてあった箒を手に取った。


「まずは掃除だ」


「あ、はい!」


ビルがすぐに箒を受け取る。


カミリーは棚の道具を外へ運び始めた。


シャーロットも窓を開け、雑巾を手に取る。


誰に言われるでもない。


もう三人は自然に動いていた。


箒の音。


雑巾を絞る音。


道具を整理する音。


久しぶりの小屋に、少しずついつもの空気が戻ってくる。


「先生」


ビルが床を掃きながら口を開く。


「王都も良かったですけど、やっぱりここが落ち着きますね」


シャーロットも窓を拭きながら頷く。


「なんか懐かしい」


カミリーは棚を整えながら、穏やかに笑った。


「俺たちにとって、ここが修練場みたいなものですから」


ヤスヒコは返事をしなかった。


ただ、掃き終えた床を静かに見渡す。


やがて。


「……そうか」


小さく頷いた。


それだけだった。


だが、三人には十分だった。


しばらくして、掃除が終わる。


床は綺麗になり、窓から朝の光が差し込む。


以前と変わらない小さな小屋。


それでも。


一か月前より、少しだけ大きく感じられた。


ヤスヒコは箒を壁へ立て掛ける。


「よし」


「稽古を始める」


三人の表情が引き締まった。


「「はい!」」


「「お願いします!」」


この日の稽古は、以前とは少し違っていた。


ヤスヒコは三人を並ばせる。


「王都へ行く前とは、お前たちの動きも変わった」


ビルは少し嬉しそうに胸を張った。


「成長したってことですか?」


「まだ分からん」


「まずは見せてみろ」


「……はい!」


最初にビル。


木剣を構える。


ヤスヒコが向かいに立つ。


「来い」


ビルが踏み込む。


一撃。


二撃。


三撃。


以前よりも身体が流れない。


無理に力を込めることもなくなっている。


ヤスヒコは木剣を受けながら、静かに口を開いた。


「悪くない」


「ただし」


一瞬でビルの木剣を弾く。


「攻めた後の隙が大きい」


「相手を倒したと思うな」


「最後まで立っていろ」


ビルは真剣な顔で頷く。


「はい!」


次はカミリー。


槍を構える。


王都での護衛任務以来、周囲を見る力が明らかに増している。


ヤスヒコが一本の枝を投げる。


カミリーはすぐに反応し、槍先で枝を打ち落とした。


「判断は良くなった」


「だが」


ヤスヒコは足元を指す。


「周囲を見ている時ほど、自分の足を忘れるな」


「……はい」


「指揮する者が最初に崩れれば、全てが崩れる」


カミリーは深く頷いた。


「覚えておきます」


最後はシャーロット。


少し離れた位置から魔法を放つ。


火球。


続けて風。


その後すぐに後退する。


以前のように勢いだけで前へ出ることはなくなっていた。


ヤスヒコが頷く。


「良い」


シャーロットの顔が明るくなる。


「ほんと?」


「ああ」


しかし続ける。


「だが、魔法だけを見るな」


「仲間を見ろ」


「ビルが動けば、お前の位置も変わる」


「カミリーが前へ出れば、射線も変わる」


「戦場では、自分の力だけで戦うものではない」


シャーロットは少し考えた。


そして。


「……分かった」


「あの二人が動くことを、ちゃんと考える」


「ああ」


昼を過ぎても、稽古は続いた。


何度も繰り返す。


失敗する。


直される。


またやる。


王都で一度自分たちだけで戦い抜いたからこそ、三人は以前よりも自分たちの足りない部分が見えるようになっていた。


夕方。


稽古を終える。


三人は地面へ座り込み、肩で息をしていた。


ビルが仰向けになる。


「……きつい」


シャーロットもその場へ座り込む。


「王都でちょっと自信ついたのに……」


「一日で全部砕かれた気分」


カミリーが苦笑する。


「でも、ここに帰ってきた実感が出てくるな」


ヤスヒコは三人を見渡した。


「強くなったと思った時ほど、自分を見直せ」


「昨日より前へ進むことは大事だ」


「だが」


「進んだと思って、足元を見るのをやめるな」


三人は黙って聞いていた。


やがてビルが立ち上がる。


「……はい」


シャーロットも続く。


「明日もやる」


カミリーも頷いた。


「お願いします、先生」


ヤスヒコは一つ頷く。


「ああ」


それだけで、一日目の稽古は終わった。


──


翌朝。


エンターサンド冒険者ギルド。


朝から多くの冒険者が行き交っていた。


ヤスヒコたちが中へ入ると、何人かが振り返る。


王都から戻ったばかりの二級冒険者。


その噂は、すでにギルド中に伝わっていた。


「ヤスヒコの奴、六級から二級に特進したらしいぞ」


「王都でミノタウロスを倒したって噂だぜ」


「それなのに、普段は薬草採取ばかりしてるんだもんな」


小さな声が聞こえる。


ヤスヒコは気に留める様子もない。


そのまま依頼掲示板へ向かう。


そこには高額な護衛依頼や、上級者向けの討伐依頼が並んでいる。


しかし。


ヤスヒコが手に取ったのは、薬草採取の依頼書だった。


ビルが思わず笑う。


「先生、やっぱりそれなんですね」


「ああ」


「二級なのに?」


「必要な依頼だ」


シャーロットが呆れたように笑う。


「本当に変わらないわね」


ヤスヒコが受付で手続きをしている最中、奥から声がした。


「ヤスヒコ」


振り返ると、ギルドマスターのガレスが立っている。


「ガレスか」


「ああ……」


ガレスはヤスヒコを見る。


そして、ほんの少しだけ後ろへ下がる。


ビルたちが気づく。


「……?」


ガレスは咳払いをする。


「いや、その……」


「王都での話を聞いたぞ」


「ミノタウロスを、素手で倒したそうだな」


「ああ」


「……素手で?」


「ああ」


「……」


ガレスがもう一歩だけ後ろへ下がる。


シャーロットが小声で呟く。


「ガレスさん、なんでちょっと離れてるの?」


「知らん」


ヤスヒコが淡々と答える。


「いや、分かるだろ!」


ガレスが思わず突っ込む。


そして周囲を見回す。


「お前らも聞いただろう!」


「二級冒険者になったばかりの男が、王都でミノタウロスを拳一つで消し飛ばしたんだぞ!」


周囲の冒険者たちは微妙な顔をする。


「いや……」


「本人が目の前にいると、どう接すればいいのか……」


「怖いというか……」


「そもそもミノタウロスを素手で倒す奴に、普通に話しかけていいのか?」


ガレスが頭を抱える。


「お前らまで距離を取るな!」


「ヤスヒコはヤスヒコだ!」


そして自分でそう言った直後、ガレスも少しだけヤスヒコから距離を取っている。


ビルたちが思わず吹き出す。


「ガレスさんもですよ」


「……うるさい」


ガレスは咳払いをして姿勢を正す。


そして改めてヤスヒコを見る。


「まあ……何はともあれ」


「二級への特進、おめでとう」


「王都を救った功績も聞いている」


「この街の冒険者として、俺からも礼を言わせてくれ」


ヤスヒコは静かに答える。


「出来ることをしただけだ」


「……それだけか?」


「何かあるのか?」


「いや……お前は本当に変わらんな」


ガレスが苦笑する。


その表情には、先ほどまでの引き気味な態度とは違う、一年前からヤスヒコを見てきたギルドマスターとしての親しみがあった。


「二級になったからって、無理に高位の依頼を受ける必要はない」


「自分が必要だと思う依頼を選べ」


「お前なら、それでいいんだろう」


「ああ」


ヤスヒコが薬草採取の依頼書を掲げる。


ガレスはそれを見て、一瞬黙る。


「……やっぱり薬草か」


「ああ」


「ミノタウロスを倒した男が薬草採取……」


「悪くない」


「いや、悪くはないが……」


ガレスは額を押さえる。


「本当にお前は変わらんな」


ガレスが言い終わるや否や、ギルドの扉が勢いよく開いた。


「ヤスヒコーー!」


聞き覚えのある声。


全員が振り向く。


そこにいたのは、金色の髪をなびかせた少女。


アリアだった。


「いたいた!」


満面の笑みで駆けてくる。


「おはよう!」


ビルが苦笑する。


「朝から元気ですね……」


「だって暇なんだもん」


シャーロットが呆れる。


「特級冒険者が暇って……」


「じゃあ今日は何するの?」


アリアがヤスヒコへ尋ねる。


「薬草採取」


「えー!」


一瞬、心底嫌そうな顔をした。


だがすぐに笑う。


「んー、私も行く!」


ヤスヒコはアリアを見る。


「好きにしろ」


「やった!」


周囲の冒険者たちはざわついた。


「おい……」


「アリアが薬草採取?」


「特級冒険者が?」


「二級と一緒に?」


アリア本人は全く気にしていない。


「ねえねえ、どんな薬草?」


「食べられる?」


「食べるな」


「えー」


ビルたちは思わず笑った。


その日の夕方。


依頼を終え、ギルドへ戻る。


エミリアが受付から顔を上げた。


「お疲れ様でした」


「王都から戻られて、すぐにいつもの生活ですね」


「ああ」


エミリアは書類を整理しながら、ふと思い出したように口を開いた。


「そういえば」


「今朝、神殿から連絡があったんです」


ヤスヒコが視線を向ける。


「聖都から、巡礼団が来るそうですよ」


「聖都?」


ビルが反応する。


「この街に?」


「はい」


エミリアは頷く。


「かなり大きな巡礼団だそうです」


アリアが興味津々に身を乗り出す。


「聖女様も来るの?」


「まだ分かりません」


「ただ、神殿側からは重要な方も同行する予定だと聞いています」


シャーロットが少しだけ身を乗り出した。


「聖女って、やっぱりすごい人なの?」


「ええ」


エミリアは微笑む。


「神の加護を受けた方ですから」


ヤスヒコはしばらく黙っていた。


だが、特に興味を示すこともなく、薬草の入っていた籠を持ち上げる。


「帰るぞ」


「あ、はい!」


「待ってよ、ヤスヒコ!」


五人はギルドを後にした。


──


夜。


エンターサンドの街は、いつもの静けさを取り戻していた。


人々が家へ戻り、


商店の灯りが一つずつ消えていく。


その日の夜。


エンターサンドの南門を、白い法衣をまとった巡礼団が静かに通り抜けていった。


その列の中央には、一人の少女がいる。


「ここですね……」


少女は初めて訪れる街を、静かに見つめていた。

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