武術師範、王との謁見(前編)
王城正門。
分厚い鉄扉の前には、鎧に身を包んだ近衛兵たちが槍を構えて立っていた。
近付くだけでも張り詰めた空気を感じる。
「止まれ」
先頭の近衛兵が静かに声を掛けた。
ヤスヒコは懐から招集状を取り出し、差し出す。
近衛兵は封蝋を確認すると、表情を引き締めた。
「失礼いたしました」
「ヤスヒコ殿、お待ちしておりました」
鉄門が重々しい音を立てて開いていく。
ギギギ……
ゆっくりと開かれた先には、美しく整えられた庭園が広がっていた。
色鮮やかな花々。
噴水。
手入れの行き届いた芝生。
その奥には、王城本館が堂々とそびえ立っている。
「すごい……」
シャーロットが思わず声を漏らした。
ビルも辺りを見回す。
「俺、こんな場所初めてだ……」
カミリーは二人へ小さく言う。
「先生に言われた通りだ」
「騒ぐな」
「あ……うん」
二人は慌てて口を閉じた。
ヤスヒコは庭園にも目を奪われることなく、案内役の近衛兵の後ろを静かに歩く。
長い廊下を進む。
磨き上げられた大理石の床。
壁には歴代国王の肖像画。
豪奢な赤い絨毯。
すれ違う文官や侍女たちは、ヤスヒコたちを見ると小さく会釈をした。
やがて一行は、大きな扉の前へたどり着く。
近衛兵が立ち止まった。
「こちらで少々お待ちください」
兵士が中へ入り、すぐに戻ってくる。
「陛下がお待ちです」
重厚な扉がゆっくり開かれた。
大広間。
高い天井。
巨大な柱。
左右へ整列する近衛騎士。
赤い絨毯の先。
玉座には、一人の壮年の男が腰掛けていた。
メタリア王国国王。
フレッド・メタリア。
その隣には、柔らかな微笑みを浮かべる女性。
王妃マーキュリー・メタリア。
さらに左右には、
第一騎士団長ラース・ウリク。
第二騎士団長ジェイム・ヘルフィード。
主席魔導士マディアンヌ。
そして宰相サイモンをはじめとする王国中枢の面々が並んでいた。
ビルたちは思わず息を呑む。
(すごい……)
(本当に王様だ……)
(あの人が主席魔導士……)
無意識に辺りを見回しそうになるが、すぐにヤスヒコの言葉を思い出す。
――礼を失するな。
視線を正面へ戻した。
ヤスヒコだけは何も変わらない。
歩幅も。
姿勢も。
表情も。
普段と同じ足取りで玉座の前まで歩く。
その後ろを三人が続いた。
やがて案内役の兵士が静かに告げる。
「ヤスヒコ殿、および同行者三名、お連れしました」
静寂。
誰も口を開かない。
やがて。
国王フレッドが穏やかな声で口を開いた。
「面を上げよ。」
ヤスヒコはゆっくり顔を上げる。
フレッド王はその姿をじっと見つめた。
粗末ではないが絢爛でもない、見たこともない服装。
後ろに束ねた長い黒髪。
静かな眼差し。
報告で聞いていた人物像とは違う。
そこにいるのは、名誉にも権力にも興味を示さぬ、一人の武人だった。
フレッド王は小さく笑みを浮かべる。
「そなたがヤスヒコ殿か」
「その通りです」
「先日の一件では王都を救ってくれた」
「まずは国王として礼を言う」
ヤスヒコは静かに答えた。
「礼には及びません」
「その場にいただけです」
その言葉に、広間の空気がわずかに揺れた。
ジェイムは思わず苦笑し、
ラースも静かに目を細める。
フレッド王は嬉しそうに続ける。
「その場にいただけか」
「はい」
「普通の冒険者ならば、逃げても誰も責めはせぬ」
「それでも戦ってくれた」
ヤスヒコは首を横へ振る。
「逃げれば、誰かが死ぬ」
「だから止めただけです」
マーキュリー王妃は柔らかく微笑んだ。
「お優しい方なのですね」
ヤスヒコは少しだけ困ったように視線を逸らした。
「……そういうものではありません」
そのやり取りを見ていたビルたちは、内心で冷や汗を流していた。
(先生……相手は国王陛下なんだけど……)
(いつも通りすぎる……)
(でも、それが先生だよな)
フレッドは笑みを浮かべたまま頷く。
「よい、飾らぬ者は嫌いではない」
「サイモンよ」
「はっ」
そして一枚の羊皮紙が宰相ディランによって読み上げられる。
「今回の働きは、冒険者として極めて優秀であると判断した」
「よって――」
一拍置く。
「本日付で、ヤスヒコ殿を二級冒険者へ特進とする」
広間に静かな拍手が響いた。
ビルたちは思わず顔を見合わせる。
(二級……)
(先生、本当に二級だ……)
近衛騎士が新しい冒険者証を運んでくる。
六級の証よりも一回り重厚な、深い銀色の冒険者証。
二級冒険者を示す証。
ヤスヒコはそれを両手で受け取り、静かに頭を下げた。
「拝命します」
ヤスヒコは何一つ変わらない表情で冒険者証を受け取った。
二級への特進。
国王からの感謝。
普通の冒険者なら一生に一度あるかないかの栄誉である。
それでも、彼の眼差しはどこまでも静かだった。
その姿を見つめる者は多かった。
だが、その中でも一人だけ。
マディアンヌだけは、その結果よりも"ヤスヒコという存在"そのものを見ていた。
マディアンヌの興味深そうな視線だけが、終始ヤスヒコから離れなかった。




