武術師範、招待状を受け取る(後編)
酒場でロブと別れたヤスヒコは、夜風に吹かれながら宿への道を歩いていた。
王都の夜は、昼間とはまた違う賑わいを見せている。
露店から漂う香辛料の香り。
遠くで聞こえる吟遊詩人の歌。
楽しげな笑い声。
そんな喧騒の中をヤスヒコは静かに歩く。
懐には、王城からの招集状。
だが、その足取りは少しも変わらない。
やがて宿へ戻ると、食堂には見慣れた三人の姿があった。
「先生!」
ビルが真っ先に立ち上がる。
「遅かったですね!」
シャーロットが不思議そうに首を傾げた。
「ロブって人と飲んでたんでしょ?」
カミリーも静かに席を立つ。
「何かありましたか?」
ヤスヒコは三人の前まで歩くと、懐から一枚の封書を取り出した。
机の上へ静かに置く。
「王城からだ」
「「……え?」」
三人が同時に固まる。
ビルがおそるおそる封書を見る。
「王城って……あの王城?」
「そうだ」
短く答える。
シャーロットが思わず声を上げた。
「えぇ!?なんで先生が!?」
カミリーは封蝋に刻まれた王国の紋章を見つめ、小さく息を呑んだ。
「本物……ですね」
ヤスヒコは静かに椅子へ腰掛ける。
「三日後、王城へ来るようにと書かれていた」
カミリーがゆっくり頷く。
「やはり……昨日の件ですね」
ミノタウロス討伐。
あれ以外に思い当たることはない。
ビルは興味津々だった。
「王様に会うんですか?」
「分からん」
「会うかもしれん」
「えぇぇ……」
シャーロットは思わず頭を抱えた。
「王様って、本当にいるんだ……」
ビルが呆れたように笑う。
「いるに決まってるだろ」
「そういう意味じゃない!」
三人はしばらく騒いでいた。
ヤスヒコは静かにその様子を眺めていた。
やがてビルが真顔になる。
「先生」
「どうした」
「俺たちも行っていいですか?」
ヤスヒコは少しだけ考えた。
「来たいのか」
三人は揃って頷く。
「はい!」
「もちろん!」
「ぜひ」
ヤスヒコは静かに答えた。
「なら来い」
その一言だった。
「やった!」
ビルが思わず立ち上がる。
シャーロットも嬉しそうに笑った。
「王城だって!」
「絶対迷子になる!」
「ならないよ!」
カミリーは苦笑しながら言う。
「先生とはぐれないようにしないとな」
その言葉に三人は自然と笑った。
ヤスヒコは小さく湯飲みを手に取る。
「観光へ行くわけではない」
「王城では静かにしていろ」
「礼を失するな」
三人は姿勢を正した。
「「はい!」」
翌日からの二日間。
三人は普段以上に真面目だった。
依頼も。
稽古も。
掃除も。
一つひとつを丁寧にこなしていく。
「王城へ行くから」
そんな浮ついた気持ちは誰にもなかった。
先生が王城へ招かれる。
その場へ同行する。
だからこそ、恥ずかしい姿だけは見せたくなかった。
ヤスヒコもまた、何も変わらない。
昼は依頼をこなし、
夕方には三人の稽古を見る。
王城へ招かれることも、
二級への特進の話も、
普段の生活を変える理由にはならなかった。
三人は改めて思う。
(先生は、どこへ行っても先生なんだ)
階級ではない。
名誉でもない。
毎日積み重ねること。
それだけを大切にしている。
だから自分たちも、先生についていこうと思えた。
そして迎えた三日後。
王都の朝は雲ひとつない快晴だった。
宿を出た四人は、王城へ続く大通りを静かに歩いていく。
高くそびえる白い城壁。
朝日に照らされる王城。
近付くにつれ、その威容は圧倒的な存在感を放っていた。
ビルは思わず立ち止まる。
「……でっけぇ」
シャーロットも口を開けたまま見上げる。
「本当にお城だ……」
カミリーは静かに息を吐いた。
「いよいよですね、先生」
ヤスヒコは三人を一度だけ見渡す。
「行くぞ」
短いその言葉に、三人は力強く頷く。
王城の巨大な門が、ゆっくりと彼らを迎え入れようとしていた。




