武術師範、招待状を受け取る(前編)
夕暮れ。
王都の喧騒は、少しずつ夜の賑わいへと姿を変え始めていた。
石畳の大通りには仕事帰りの人々が行き交い、店先には温かな灯りがともる。
その一角にある酒場では、一日の疲れを癒やす冒険者たちの笑い声が響いていた。
木製の丸卓。
酒の香り。
焼いた肉の匂い。
活気に満ちているが、不思議と落ち着く空気が流れている。
その酒場の隅の席。
そこで向かい合う二人の男がいた。
ヤスヒコ。
そしてロブ。
王都へ来てから、こうしてロブと酒を飲むのも三度目になる。
ロブは豪快に杯を掲げた。
「いやぁ、やっぱ仕事終わりの一杯は格別だな!」
そう言って一気に酒を流し込む。
「ぷはぁ!生き返るぜ!」
ヤスヒコも静かに杯を口へ運ぶ。
ゆっくりと酒を飲み干し、そっと杯を置いた。
ロブはその様子を見て苦笑する。
「相変わらず飲んでも顔色一つ変わらねぇ」
「酒は嫌いではない」
「でも酔ってるようにも見えねぇんだよな」
ヤスヒコは少しだけ考えた。
「昔からだ」
「羨ましい体質してるなあ、お前さん」
ロブは笑いながら焼いた肉を口へ運ぶ。
しばらくは他愛もない話が続いた。
王都での生活のこと。
受けた依頼のこと。
王都の料理は田舎より少し味が濃いこと。
ロブは酒が進むたびに饒舌になっていく。
「そういやよ」
「王都はまだ昨日の話でもちきりだ」
ヤスヒコは静かに視線を上げた。
「昨日?」
「ミノタウロスだよ」
「ああ、あの牛の魔物か」
「『牛の魔物』じゃねぇよ」
ロブは肩を震わせながら笑う。
「ここら辺だとな」
『特級冒険者アリア・グランが討伐した』
『いや、六級冒険者が素手で倒した』
「どこ行ってもその話ばっかりだぜ。」
ヤスヒコは静かに答えた。
「そうか」
「で、実際のところお前さんがやったのかい?」
「ああ、そうだ」
ロブは苦笑する。
「六級冒険者が素手でミノタウロスを倒すなんざ、普通は笑い話だからな」
ヤスヒコは杯へ視線を落とした。
「結果としてそうなっただけだ」
ロブは思わず吹き出した。
「ははは!お前さん、本当にそう思ってんのか?」
「自慢にはならん」
「相手も、生きようとしていた」
ロブはしばらく笑い続けたあと、大きく息を吐いた。
「欲もねぇ」
「見栄も張らねぇ」
「本当に変わった男だぁな」
暖炉の薪が小さく音を立てる。
酒場の喧騒が遠く聞こえる。
しばらく二人とも黙って酒を飲んでいた。
やがて。
ロブが静かに口を開く。
「……さて」
その一言だけで空気が変わった。
ヤスヒコが視線を向ける。
ロブは懐へ手を入れ、一枚の封書を取り出した。
厚手の羊皮紙。
深紅の封蝋。
そこには王国の紋章が刻まれている。
酒場には似つかわしくないほど厳かな封書だった。
ロブはそれを静かに机の上へ置く。
「お前さん宛だ」
ヤスヒコは封書へ視線を落とした。
封を切る。
中身を読む。
そこには簡潔な文章が記されていた。
王城への正式な招集。
それ以上でも、それ以下でもない。
読み終えたヤスヒコは静かに紙を畳む。
数秒。
沈黙が流れた。
ロブはニヤリと笑う。
「驚かねぇのかい?」
ヤスヒコは顔を上げる。
「十分驚いている」
ロブは一瞬ぽかんとした。
そして腹を抱えて笑い出す。
「ははははは!表情の読めねぇ奴だ!」
「普通そこは目ぇ見開くだろ!」
周囲の客まで何事かと振り向く。
ヤスヒコは首を傾げた。
「そういうものか」
「そういうもんだ」
ロブはようやく笑いを収め、酒を一口飲む。
「まぁ安心しろ、悪い話じゃねぇ」
少しだけ真面目な顔になった。
「まぁ黙ってたが」
「俺ぁ王城の関係者なんだ」
ヤスヒコは静かに耳を傾ける。
「今回の件で、お前さんを王城へ招くことになった」
「どうやら、お偉いさん方がお前さんに会いたがってるらしい」
ヤスヒコは静かに頷く。
「そうか」
ロブはさらに続けた。
「それとな」
「二級冒険者への特進の話も出てる」
ヤスヒコは少しだけ考える。
「二級」
「興味なさそうだな」
「階級が上がろうと、やることは変わらん」
「必要なら受ける」
ロブは呆れたように笑う。
「普通なら飛び上がって喜ぶんだがなぁ」
ヤスヒコは静かに酒を飲み干した。
「王城へ行けばいいんだな」
「ああ、三日後だ」
「来られるか?」
「問題ない」
短い返事だった。
ロブは満足そうに笑う。
「よし、話は終わりだ」
「今日は飲もうぜ」
二人は再び杯を合わせた。




