武術師範、その名を知られる(後編)
翌朝。
王都冒険者ギルド。
朝早くから酒場スペースには多くの冒険者が集まり、昨夜の出来事を話題にしていた。
「聞いたか?」
「西地区に魔物が現れたらしいぞ」
「ああ。第二騎士団が出動したって話だ」
「しかも相手はミノタウロスだったとか」
その名を聞いた瞬間、周囲がざわつく。
「ミノタウロスだと?」
「おとぎ話でしか聞かない化け物か?」
「俺、確かに遠巻きに見たぜ」
「本当かよ」
一人の冒険者が声を潜める。
「特級冒険者アリア・グランが討伐したらしい」
「なるほどな」
「さすが特級だ」
「それなら納得だな」
誰もが頷く。
特級冒険者。
それは王国において、もはや伝説に近い存在だった。
しかし、別の冒険者が首を振る。
「いや、違う話も聞いたぞ」
「何だ?」
「六級冒険者が素手で倒したって」
一瞬、酒場が静まり返る。
そして次の瞬間。
「ははは!」
「馬鹿言え!」
「六級がミノタウロス?」
「しかも素手?」
「酒でも飲み過ぎたんじゃないか?」
一斉に笑い声が響いた。
誰一人として信じようとはしなかった。
その様子を、少し離れた席でビルたち三人が見つめていた。
「先生なのに……」
ビルが悔しそうに呟く。
カミリーは肩をすくめた。
「まぁ普通は信じないよな」
「俺たちだって、実際に見てなきゃ笑ってる」
シャーロットも苦笑した。
「先生って……本当に何者なんだろう」
三人は自然と視線を入口へ向ける。
そこには、昨夜王都を救った張本人――ヤスヒコの姿があった。
しかし本人は、そんな騒ぎなど意に介さない。
受付へ歩み寄り、一枚の依頼書を差し出す。
「薬草採取を頼む」
「はい、承ります」
受付嬢も普段通り応対する。
それを見たビルは思わず笑った。
「先生らしいな」
「昨日あんなことがあったのに、いつも通り薬草採取か」
その時だった。
「おはよーー!」
元気いっぱいの声がギルド中へ響いた。
入口からアリアが飛び込んでくる。
「受付のお姉さーん!」
受付嬢は苦笑する。
「アリア様、おはようございます」
「聞いて聞いて!」
アリアは身を乗り出した。
「昨日すっごい人いたんだよ!」
「え?」
アリアは依頼受注中のヤスヒコを見つける。
「あ!ヤスヒコ!」
「おはよー!」
「ほら、あの人!素手でミノタウロス倒しちゃった!」
受付嬢全員の動きが止まる。
周囲の冒険者たちも耳を疑った。
「え?」
「……今、何て?」
アリアは両手をぶんぶん振る。
「本当だよ!」
「わたし砲撃したのに全然倒せなくてさ!」
「最後ヤスヒコがバーンって殴ったら!」
「シュワーって消えちゃった!」
ギルド中が静まり返る。
誰も笑わなかった。
特級冒険者アリアが、こんな嘘をつく理由など一つもない。
「……おい」
「まさか」
「本当に六級が……?」
一斉にヤスヒコへ視線が集まる。
しかし当の本人は。
「受理をしてくれ」
「あ、は、はい!」
受付嬢は慌てて依頼を受理した。
「あ!わたしも一緒に行く!」
ヤスヒコは何事もなかったかのように踵を返し、アリアを連れてそのままギルドを後にする。
その背中を、誰もが言葉もなく見送るしかなかった。
――
同じ頃。
王城。
大広間。
国王フレッド・メタリア。
王妃マーキュリー・メタリア。
宰相サイモン。
第一騎士団長ラース。
第二騎士団長ジェイム。
そして主席魔導士マディアンヌ。
王国中枢が一堂に会していた。
ジェイムが昨夜の一件を報告し終える。
「以上が、昨夜の顛末です」
広間は静まり返った。
最初に口を開いたのはフレッドだった。
「つまり」
「特級冒険者アリアの砲撃でも倒せなかったミノタウロスを」
「一人の六級冒険者が拳一つで討伐した、と」
「はい」
ジェイムは迷いなく答える。
フレッドは腕を組んだ。
「……信じ難い話だ」
ラースも静かに頷いた。
「私も同じ印象です」
「ですが、現場にいた者全員が同じ証言をしております」
マーキュリーは穏やかに微笑む。
「王都を救ってくださったのですね」
「素晴らしい方です」
その時。
静かに紅茶を口へ運んでいたマディアンヌが、小さく呟いた。
「興味深いですね」
全員の視線が彼女へ向く。
「私も長く魔法を研究しておりますが」
「そのような戦い方は、一度も耳にしたことがありません」
ラースが尋ねる。
「何か心当たりがおありですか?」
マディアンヌはゆっくり首を横へ振った。
「残念ながら」
「ですが……」
彼女は柔らかく微笑む。
「一度、お会いしてみたいものです」
その笑みはどこまでも穏やかだった。
だが。
フレッドだけは、その横顔を静かに見つめていた。
(珍しいな……)
(彼女が、ここまで興味を示すとは)
王は小さく息を吐き、話題を戻した。
「さて」
「これほどの功績だ」
「何か褒美を与えねばなるまい」
しばし沈黙が流れる。
最初に口を開いたのは宰相のサイモンだった。
「陛下」
「冒険者としての功績を考えるなら、二級冒険者への特進が妥当かと存じます」
フレッドは頷く。
「六級から二級か」
「異例ではあるが、昨夜の働きを考えれば十分納得できる」
「お待ちください」
ジェイムが静かに口を開いた。
「私は、その男をこの目で見ました」
「実力だけで言うなら」
「一級――」
「いえ」
「特級冒険者であっても遜色ありません」
広間の空気が張り詰める。
サイモンが苦笑する。
「ジェイム団長、それはいささか飛躍し過ぎだろう」
「特級とは国家の切り札」
「一夜の功績だけで与えられる階級ではない」
ラースも静かに続けた。
「私も宰相に同意します」
「実力について異論はありません」
「しかし、一級以上となれば魔力を含めた総合評価が必要です」
フレッドはマディアンヌへ視線を向ける。
「主席魔導士としてはどう思う?」
マディアンヌは静かにカップを置いた。
「一級という階級は、単純な戦闘能力だけではありません」
「国家規模の任務を単独で遂行できること」
「そして魔力を用いた災害級魔物への対応能力も含めて判断されます」
一拍置き、穏やかに続ける。
「報告では、ヤスヒコ殿は魔力を持たないのでしたね」
「はい」
ジェイムが答える。
「少なくとも、そのように確認しております」
マディアンヌは微笑んだ。
「でしたら、一級への特進は時期尚早でしょう」
フレッドはゆっくりと立ち上がる。
「決まりだ」
「今回は二級冒険者へ特進とする」
「ただし――」
王の一言に、全員が姿勢を正した。
「一度、その男を王城へ招こう」
「直接会い、この目で見極めたい」
ジェイムは静かに頭を下げる。
「御意」
こうして。
王都を救った一人の男は、自ら知らぬところで王国中枢の注目を集める存在となった。
そして――
王からの招集が、静かに決定されたのであった。




