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武術師範は異世界でも道を示す  作者: 白玉男爵
第三章 武術師範、名を知られる
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武術師範、その名を知られる(前編)

――ミノタウロス討伐直後。


王都西地区では、ようやく混乱が収まり始めていた。


倒壊した建物からは住民が救助され、負傷者は次々と運ばれていく。


第二騎士団は周囲の警戒と復旧作業に追われ、先ほどまで命のやり取りが行われていたとは思えないほど、落ち着きを取り戻しつつあった。


その時。


「先生!」


ビルたち三人が駆け寄ってくる。


「避難、終わりました!」


「負傷者も騎士団へ引き渡しました!」


「住民も全員無事です!」


ヤスヒコは三人を見回し、小さく頷いた。


「よくやった」


その一言だけ。


だが三人にとって、それは何より嬉しい言葉だった。


自然と表情が緩む。


その様子を見ていた一人の男がゆっくりと歩み寄ってきた。


鎧は無数の傷に覆われている。


肩当ては砕け、頬には乾きかけた血が付着していた。


それでも、その立ち姿は微塵も揺らがない。


男は数歩手前で立ち止まり、ヤスヒコを真っ直ぐ見据えた。


「――そこの冒険者」


ヤスヒコが振り返る。


「君が、あのミノタウロスを倒したのか」


「ああ」


短い返答。


男は静かに頷いた。


「私はメタリア王国第二騎士団団長、ジェイム・ヘルフィード」


そう名乗ると、騎士らしく胸へ拳を当て、深く一礼した。


「まず礼を言わせてほしい」


「君のおかげで王都は救われた」


ヤスヒコも軽く頭を下げる。


「臼井ヤスヒコだ」


「礼を言われるほどのことはしていない」


「俺にできることをしただけだ」


その飾らない返答に、ジェイムはわずかに口元を緩めた。


「……そうか」


しばらくヤスヒコを見つめた後、ふと思い出したように口を開く。


「一つ確認したいことがある」


「何だ」


「エンターサンド近郊の森奥地」


「洞窟で一匹だけで行動していたゴブリンを討伐した覚えはあるか」


「ああ」


ヤスヒコは迷いなくに頷いた。


「襲ってきたからやむなく倒した」


この世界にきて初めての殺生。


忘れられない記憶でもある。


「何か問題があったか?」


ジェイムは首を横に振る。


「いや、少し厄介な個体だったのでな。」


「討伐してくれて助かった」


そう言いながら口元は緩んでいた。


「そうか」


ヤスヒコはそれ以上何も聞かなかった。


ただ静かに頷くだけだった。


その姿を見て、ジェイムは確信する。


(やはり……)


(この男がグロムを討伐した冒険者だったか)


実力を誇示することもなく、武勇を語ることもない。


ただ当然のように「やるべきことをやった」と言ってのける。


ジェイムは、目の前の男がただ強いだけではないことを理解し始めていた。


その空気をぶち壊すように、元気な声が響く。


「ねぇねぇ!」


「君、ヤスヒコって名前なんだね!」


アリアが満面の笑みで駆け寄ってくる。


「やっぱりヤスヒコって面白い!」


勢いそのまま飛びついた。


「友達になろ!」


「……離れろ」


「えー」


ヤスヒコが冷静に言っても、アリアは全く気にしない。


「気にしない気にしない!」


「今度一緒に冒険しようよー!」


「……勝手にしろ」


その一言を都合よく解釈したアリアは両手を上げた。


「やったー!」


「許可もらった!」


「違う」


「細かいことは気にしない!」


アリアはケラケラと笑う。


その天真爛漫さに、ビルたちも思わず笑ってしまった。


ジェイムは額に手を当て、大きくため息を吐く。


「……頼むからもう面倒は起こすなよ」


誰に向けた言葉でもなかった。


こうして王都を救った英雄たちの、新たな縁が生まれたのである。


――


一方その頃。


魔族領では、この戦いの結末を見届けた者が静かに怒りを募らせていた。


王都から遥か北西。


人の気配すら存在しない黒い山脈。


その地下深く――


巨大な玉座の間。


壁一面には黒い魔石が埋め込まれ、不気味な紫色の光が空間を照らしている。


玉座の前では、一人の魔族が膝をついていた。


長い黒髪。


紅い瞳。


魔族幹部ギラン。


ことの顛末を報告するため、転移魔法陣を使い急ぎこの地に移動をした。


その額には冷や汗が流れている。


玉座へ腰掛ける男は静かに水晶球を眺めていた。


長く白銀の髪。


整った顔立ち。


だが、その瞳だけは底知れぬ威圧感を放っている。


魔王――


リヒト・ブラックモア。


水晶球には、ヤスヒコがミノタウロスを拳一つで消滅させる瞬間が映し出されていた。


長い沈黙。


やがてリヒトが静かに口を開く。


「……これが、その男か」


低い声。


感情はほとんど感じられない。


ギランは頭を下げたまま答える。


「はっ」


「名はウスイ・ヤスヒコ」


「武器を持たず、拳のみで戦う人間です」


「ミノタウロスを完全に消滅させました」


リヒトは映像を止める。


ちょうどヤスヒコの拳が放たれる瞬間だった。


「ギラン」


「貴様はこの男に何を見た」


「……神気です」


ギランは苦々しく答えた。


「神に選ばれた者どもにしか扱えないはずの力」


「それが拳に宿っていました」


リヒトは静かに目を閉じる。


「神気か」


「癒しの力を、拳に宿すとは」


再び目を開く。


「面白い」


ギランは恐る恐る顔を上げた。


「では……」


「討伐命令を?」


リヒトは首を横へ振る。


「いや」


「まだ動くな」


ギランは驚く。


「しかし!」


「ヤツは危険です!」


「放置すれば必ず――」


「ギラン。」


一言。


それだけで空気が凍りついた。


ギランは慌てて頭を下げる。


「……申し訳ありません」


リヒトは再び水晶球を見る。


「先のミノタウロス一体を造るだけで莫大な魔力」


「加えて捉えていた人間の魂も消費した」


「損失は小さくない」


「今は戦力を立て直す」


「表立った行動は控えろ」


「はっ」


「ただし」


リヒトの紅い瞳が細くなる。


「ウスイ・ヤスヒコ」


「この男だけは常に監視しろ」


「最重要警戒対象だ」


「神気を戦闘へ転用できる存在など、イレギュラーにも程がある」


「二度と見誤るな」


「御意」


ギランは深く頭を下げた。


その胸中には、焦りと屈辱が入り混じっていた。

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