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武術師範は異世界でも道を示す  作者: 白玉男爵
第三章 武術師範、名を知られる
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武術師範、奥義を披露する(後編)

ジェイムが剣を構え直した、その時だった。


「ジェイムーーー!」


明るい少女の声が夜空から響く。


全員が反射的に空を見上げた。


屋根の上を、一人の少女が軽やかに駆けてくる。


金色の長い髪が夜風になびく。


真紅のマント。


背中には、自身の身長を遥かに超える巨大な魔法銃。


砲身だけで二メートルを超える、異形の武器だった。


屋根から飛び降りる。


ドンッ。


軽い着地。


しかし、その衝撃だけで石畳が蜘蛛の巣状にひび割れる。


ジェイムは苦笑した。


「相変わらず派手な登場だな」


少女はにかっと笑う。


「えへへ」


「間に合った?」


「ああ、助かった」


少女――


特級冒険者アリア・グラン。


十九歳。


十六歳で史上最年少の特級冒険者となった天才だった。


周囲の騎士達は安堵の表情を浮かべる。


「アリアさんだ……!」


「これで助かる!」


「特級冒険者……!」


だが。


アリア本人はそんな期待など気にも留めない。


「んー」


「じゃ、やっちゃうね」


背中の巨大な魔法銃を片手で持ち上げた。


騎士達が息を呑む。


何度見ても異常だった。


魔法銃は使用者自身の魔力を弾丸へ変換する武器。


魔力量が少なければ小型拳銃程度しか扱えない。


小銃級を扱えるだけでも一流。


対物ライフル級となれば国家戦力。


だが。


アリアが構えるそれは――


身の丈を優に超える砲台。


もはや兵器だった。


「おい」


ジェイムが嫌な予感を覚える。


「待て、街中だぞ」


アリアは首を傾げた。


「うん?」


「でも撃たないと倒せないじゃん」


「いや、そういう問題では――」


アリアは笑った。


「気にしない気にしない!」


その一言と同時に、


魔法銃全体へ巨大な魔法陣が展開される。


青白い光。


空気が震える。


騎士達は思わず耳を塞いだ。


「発射ーーー!」


轟ッ!!


閃光。


凄まじい魔力砲が一直線に夜空を裂く。


ミノタウロスへ直撃。


大地が揺れた。


衝撃波が建物を襲う。


窓ガラスは一斉に砕け、


屋台は吹き飛び、


石畳には巨大なクレーターが刻まれる。


爆炎。


轟音。


土煙。


数秒後。


煙が晴れる。


そこには――


上半身をほぼ失ったミノタウロスが倒れていた。


「やった!」


アリアは満面の笑み。


巨大な魔法銃を肩へ担ぐ。


「これで終わり!」


ジェイムは周囲を見渡した。


半壊した民家。


倒れた街灯。


粉々になった石畳。


深いため息を吐く。


「……お前は」


「加減という言葉を知らんのか」


アリアは首をかしげる。


「え?」


「倒せたからいいじゃん」


「気にしない気にしない!」


「報告書を作るこちらの身にもなってくれ……」


ジェイムは思わず呟く。


騎士達は苦笑するしかない。


これが。


王国最強戦力の一人。


特級冒険者アリア・グランだった。


その時。


「先生!こっちです!」


遠くから若い声が響く。


ジェイムが振り向く。


瓦礫を避けながら走ってくる四人の姿。


ヤスヒコ。


ビル。


カミリー。


シャーロット。


ようやく現場へ到着したのだった。


「先生!」


ビルたち三人が惨状を見渡す。


瓦礫が散乱し、建物は半壊。


焦げた臭いが辺り一面に漂っていた。


シャーロットは思わず息を呑む。


「すごい……これ全部……」


カミリーも周囲を見回した。


「魔法か」


一方、ヤスヒコだけは何も言わない。


ゆっくりとミノタウロスの亡骸へ歩み寄る。


しゃがみ込み、静かに傷口を見つめた。


上半身はほとんど消し飛んでいる。


普通なら、生きているはずがない。


しかし―― 


ヤスヒコの眉がわずかに動く。


(……これは)


飛び散った肉片。


その一つが、ほんの僅かに蠢いた。


まるで呼吸をするように。


(生きている)


ヤスヒコは勢いよく立ち上がった。


そして、この世界へ来てから初めて――


腹の底から声を張り上げた。


「ビル!」


「逃げ遅れた住民を避難させろ!」


「シャーロット!」


「負傷者の救護を急げ!」


「カミリー!」


「ここに人を立ち入らせるな!」


「「「はい!!」」」


三人は迷いなく走り出した。


「え?なに?」


アリアは呆気に取られ、


ジェイムは思わず尋ねる。


「何が起きている」


ヤスヒコは死体から目を離さない。


「来るぞ!」


その瞬間だった。


ぐちゃり。


飛び散っていた肉片が動いた。


「なっ!?」


騎士たちが息を呑む。


肉片同士が勝手に集まり始める。


骨が伸びる。


筋肉が繋がる。


皮膚が再生する。


わずか数秒。


完全に吹き飛んでいた上半身が元へ戻った。


「グォォォォォォッ!!」


ミノタウロスは再び立ち上がった。


騎士たちの顔から血の気が引く。


「そんな……!」


「再生した……!」


アリアですら笑顔を失っていた。


「うそ」


「さっきので倒せなかったの?」


―― 


その頃。


王都から遥か離れた山中。


巨大な水晶玉を覗き込む一人の魔族がいた。


長い黒髪。


紅色の瞳。


魔族幹部――ギラン。


水晶に映るミノタウロスを見ながら、口元を歪める。


「ヒッヒッヒ!成功だ!」


「やはり私の最高傑作!」


「再生能力も完璧だ!」


その笑みは、


妖しく、


そして残虐な影を落としていた。


―― 


王都。


ジェイムが叫ぶ。


「総員再度攻撃!」


騎士たちが突撃する。


剣。


槍。


魔法。


次々と浴びせられる。


アリアも巨大な魔法銃を構え直した。


「もう一発!」


轟音。


再び魔力砲が炸裂する。


ミノタウロスの胴体が吹き飛ぶ。


しかし。


肉片が再び集まり始めた。


「えぇぇ!?」


アリアが叫ぶ。


「また!?」


ジェイムは歯を食いしばる。


「死なないのか……!?」


「どうなっている!」


怒り狂ったミノタウロスは何度目かの雄叫びを上げる。


「グオオオオオォォッ!!」


石畳を砕きながら一直線に住宅へ向けて突進する。


質量。


速度。


誰も止められない。


ミノタウロスの突進、その射線上にヤスヒコは立っていた。


ジェイムが叫ぶ。


「避けろ!」


アリアも思わず身を乗り出す。


「危ないって!」


しかし。


ヤスヒコは一歩も退かなかった。


静かに息を吸う。


(巨大な体躯)


(力も速さも十分)


(だが――)


拳を握る。


腰を落とす。


ミノタウロスの右足が地面へ着いた、その瞬間。


「神楽守道流……」


ほんの半歩だけ踏み込む。


巨体が生み出す力の流れ。


重心。


踏み込み。


その全てを見切る。


――一の理【崩】


ヤスヒコの左手がミノタウロスの腕へ軽く触れた。


押さない。


引かない。


ほんの僅か。


重心へ指先を添えただけ。


次の瞬間。


巨体がぐらりと傾く。


「グォッ!?」


ジェイムが目を見開いた。


「何をした……?」


数トンはあるはずの魔物が、


信じられないほど自然に体勢を崩した。


――


ミノタウロスは自分が何故倒れているのか分からなかった。


ただ、目の前の小さな存在に軽くいなされた事だけは分かる。


武器も持たない、


自分に敵意すら向けていない、


それが何より許せなかった。


―この人間の四肢をもぎ、


―叩き潰し、


―細切れにして喰う。


自分に惨たらしく殺さなければならない。


そうでなければ腹の虫が収まらないのだ。


――


「グォォォオオオオオオオ!」


ミノタウロスは怒りに任せながら、その巨大な腕を振り上げる。


――二の理【流】


ヤスヒコは真正面から受けない。


肩を半身に開く。


右腕を滑らせるように添える。


ただ、それだけ。


ミノタウロス自身の勢いが、


そのまま前方へ流れる。


「グアァッ!」


自らの力で前のめりになる巨体。


完全に隙が生まれた。


アリアが思わず笑う。


「えっ!」


「今のを流しちゃうの!?」


騎士たちも息を呑む。


「あの質量を……」


ヤスヒコは一歩踏み出す。


ミノタウロスの巨体を静かに見つめる。


(終わりだ)


その瞬間。


視界が僅かに変わる。


まるで霧が晴れるように、


ミノタウロスの全身が透けて見えた。


筋肉でもない。


骨でもない。


心臓でもない。


全ての存在には、必ず一つだけ――『崩れる一点』がある。


師である神楽ゲンリュウでさえ辿り着けなかった、


ヤスヒコだけが見ることのできる境地。


存在そのものが最も脆くなる一点。


そこだけが、静かに光って見えた。


「……そこか」


右拳を握る。


力は入れない。


振りかぶらない。


腰だけが僅かに回る。


――三の理【穿】


放たれた拳は、


音もなく、


その一点へ吸い込まれた。


ドッ。


小さな音。


それだけだった。


その刹那――


ミノタウロスが止まる。


全身が硬直する。


「グ……?」


やがて。


身体中へ無数の亀裂が走った。


パキ……


パキパキ……


白い光が漏れ始める。


「な……」


ジェイムが言葉を失う。


アリアも笑顔を忘れていた。


「え……?」


ミノタウロスは悲鳴すら上げない。


そのまま全身が光へ変わる。


さらさらと。


砂のように。


肉片一つ残さず、夜風へ溶けて消えていった。



山中。


水晶球を見つめていたギランが立ち上がる。


「神気だと……?」


「馬鹿な!!」


拳を叩きつける。


「あり得ん!」


「アレは神に連なる者だけの力のはずだ!」


水晶球は、武器を持たずにミノタウロスを撃破した男が映し出されていた。



ヤスヒコはゆっくりと右拳を見つめる。


「……?」


確かに崩は決まった。


流も成功した。


『崩れる一点』を捉え、穿を打ちこんだ。


そこまでは理解できる。


だが――


「ここまで綺麗に消えるものか……?」


武術で人を倒した経験は数え切れない。


獣も。


魔物も。


この世界へ来てから何度も拳を交えてきた。


しかし。


今の感触だけは違った。


拳を通して、


ほんの一瞬だけ。


温かな何かが身体を巡ったような感覚。


不思議だった。


「……ふむ」


深く考えることはやめた。


ヤスヒコは静かに拳を下ろし、


再び前を向いた。



それを見ていたアリアは、次の瞬間、満面の笑みで駆け出していた。


「すっごーーい!!」


「ねぇねぇ!」


「今の何!?」


「めちゃくちゃ面白いじゃん!」


そのまま勢いよくヤスヒコへ飛びつく。


「友達になろ!」


ヤスヒコは突然抱きつかれ、困ったように眉を寄せた。


「……離れろ」


「気にしない気にしない♪」


それを見たジェイムは額を押さえ、大きくため息をついた。


「……また面倒なことになったな」


王都に再び静けさが戻る。


だが、その夜に生まれた幾つもの縁は、静かに未来へと繋がっていく。

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