武術師範、奥義を披露する(前編)
夜。
王都西地区裏路地。
誰もいないはずの石畳の上に、不気味な魔法陣が静かに輝いていた。
紫黒い光が脈打つたび、空気そのものが震える。
やがて――
ズシン……
ズシン……
重い足音が響いた。
魔法陣の中心から現れたのは、巨大な魔物だった。
二本の湾曲した角。
漆黒の体毛。
筋肉の鎧のような肉体。
そして人間ほどもある巨大な斧。
赤く濁った瞳がゆっくりと王都を見渡す。
「グォォォォォッ!!」
咆哮。
その一声だけで近くの窓ガラスが砕け散った。
「きゃあああっ!」
「魔物だ!」
「逃げろ!」
静かな夜は一瞬で悲鳴に包まれる。
巨大な斧が振り下ろされる。
轟音。
石造りの建物が半壊した。
瓦礫が飛び散り、人々は必死に逃げ惑う。
王都の平穏は、ほんの数秒で崩れ去った。
――
王都警備詰所。
鐘の音が鳴り響く。
「魔物出現!」
「西地区!」
「至急、第二騎士団を招集!」
騎士たちが一斉に立ち上がった。
鎧を身につけ、
剣を取り、
馬へ飛び乗る。
その先頭には、第二騎士団団長ジェイムがいた。
「被害状況は」
副団長が駆け寄る。
「建物が複数倒壊!住民避難中です!」
ジェイムは短く頷いた。
「住民を最優先だ」
「はっ!」
馬が一斉に走り出した。
――
数分後。
西地区。
第二騎士団が現場へ到着する。
目の前には瓦礫の山。
倒壊した建物。
逃げ遅れた住民。
そして――
「グォォォォォッ!」
巨大な魔物。
ジェイムは目を見開いた。
「……あれは、文献でしか見たことがないが」
「まさか……ミノタウロスか?」
その名を口にした瞬間、周囲の騎士たちの表情が変わる。
「団長……」
「魔族の地の魔物が……?」
ジェイムは剣を抜いた。
「怯むな!」
「奴はここで止める!」
「まず住民を避難させろ!」
騎士たちが一斉に動き出す。
「こちらです!」
「急いで!」
住民を誘導する者。
負傷者を運ぶ者。
そして。
ジェイム自身は一直線にミノタウロスへ向かった。
「さあ来い!」
ミノタウロスが咆哮する。
巨大な斧が振り下ろされた。
ドォォン!!
石畳が砕ける。
ジェイムは紙一重で回避。
そのまま懐へ飛び込み、横薙ぎに剣を振るった。
ギィン!!
火花が散る。
浅い。
まるで鉄を斬ったような感触だった。
「硬い……!」
ミノタウロスは怯まない。
巨大な拳が振るわれる。
ジェイムは剣で受け流したが、その衝撃だけで数メートル吹き飛ばされた。
「団長!」
騎士たちが叫ぶ。
ジェイムは地面を滑りながら体勢を立て直した。
(強い……)
(だが、止めなければ)
彼は再び剣を構える。
第二騎士団も一斉に突撃した。
騎士たちが一斉にミノタウロスへ斬り掛かる。
「はあぁっ!」
「囲め!」
四方から放たれる剣閃。
しかし。
ガギィン!
ギィン!
鋼を打つような音だけが響いた。
刃は厚い筋肉を浅く裂くだけで、致命傷には程遠い。
「くそっ……!」
騎士の一人が歯を食いしばる。
その瞬間。
ミノタウロスの巨大な腕が横薙ぎに振るわれた。
ドォン!!
「ぐあぁっ!」
三人の騎士がまとめて吹き飛ぶ。
石壁へ叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「負傷者を下げろ!」
ジェイムが叫ぶ。
「隊列を崩すな!」
騎士たちはすぐさま仲間を救助しながら態勢を立て直す。
王都の精鋭だけあり、恐怖に飲まれてはいない。
それでも。
「……強すぎる」
誰もがそう感じていた。
ジェイムは再び飛び出した。
(まずは注意を俺に向ける)
そう判断したのだ。
剣を大きく振りかぶる。
「はぁぁっ!」
斬撃。
ミノタウロスの肩口から血が飛ぶ。
「……効いてはいるか」
今度は首筋を狙う。
ギィン!!
わずかに肉を裂いた。
だが、それだけだった。
「グォォォ!」
怒ったミノタウロスが斧を振り回す。
ジェイムは後方へ跳ぶ。
しかし。
瓦礫が吹き飛び、近くの家屋へ一直線に飛んだ。
「まずい!」
家の中には避難しきれていない母子がいた。
ジェイムは迷わず駆ける。
「伏せろ!」
剣を振るい瓦礫を砕く。
完全には防ぎきれなかったが、大きな破片は逸らした。
「団長!」
「ご無事ですか!」
「問題ない!」
息を整えながらジェイムは立ち上がる。
だが、その隙をミノタウロスは見逃さない。
巨体とは思えない速度で距離を詰めた。
「なっ――」
巨大な戦斧。
ジェイムは咄嗟に剣を交差させる。
ドォォォン!!
「ぐっ……!」
凄まじい衝撃。
数十メートル吹き飛ばされ、石畳を転がる。
鎧が軋む。
口の中へ鉄の味が広がった。
「団長!」
騎士たちが駆け寄ろうとする。
「来るな!」
ジェイムは叫んだ。
「住民を守れ!」
「俺はまだ戦える!」
立ち上がる。
膝は震えている。
腕も痺れている。
それでも剣は離さなかった。
「俺は……」
「メタリア王国第二騎士団団長」
「ジェイム・ヘルフィードだ!」
――
その頃。
王都北門。
一台の大型馬車がゆっくりと門をくぐろうとしていた。
門番が声を掛ける。
「止まれ!」
「現在王都内で魔物が暴れている!」
その刹那
ドォン!
煙の中から、一人の少女が勢いよく飛び出した。
金色の長い髪。
まだ幼さの残る顔立ち。
しかし背中には、自身の身長をはるかに超える巨大な魔法銃が背負われている。
砲身だけで人の胴ほどもある異様な武器だった。
少女は大きく伸びをする。
「ふあ~ぁ……」
そして周りを見回し状況確認。
「ん?なになに?ピンチって感じ?」
門番は唖然とする。
「な……」
「え?」
少女は騒ぎの方向へ顔を向けた。
遠くから聞こえる爆音。
悲鳴。
咆哮。
「よし、あっちだね!」
次の瞬間。
少女は笑顔になった。
「行ってきまーす!」
言うが早いか。
地面を蹴る。
バン!!
石畳が砕けるほどの脚力。
少女は屋根から屋根へ飛び移り、王都の夜空を一直線に駆け抜けていった。
門番たちは呆然と見送るしかない。
「……誰だ、あれ」
一人がぽつりと呟く。
もう一人が苦笑した。
「知らないのか」
「あれが十六歳で特級になった怪物、アリア・グランだ」
夜空を駆ける少女は、無邪気な笑顔のまま、災厄の待つ戦場へ一直線に向かっていた。




