武術師範、静かな来訪者
数日後の夕方。
ヤスヒコとビル達三人は、同じタイミングで依頼を終え宿へ戻る。
宿の扉を開けると、女将のマールが穏やかな笑みで迎えた。
「お帰りなさい。お客さんがいらしてますよ」
「俺たちにですか?」
ビルが首を傾げる。
「ええ。食堂でお待ちです」
四人は顔を見合わせ、そのまま食堂へ向かった。
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食堂には二人の女性が座っていた。
一人は十五歳ほどの少女。
栗色の長い髪を肩まで流し、上品なワンピースを身にまとっている。
その隣には、落ち着いた雰囲気を漂わせる女性。
腰には細身の剣。
姿勢には隙がなく、ただ者ではないことが一目で分かった。
少女は四人を見るなり立ち上がった。
「お待ちしておりました!」
深々と頭を下げる。
「先日は護衛していただき、本当にありがとうございました」
ビルは思い出す。
「あ……」
「商隊の」
少女はにこりと笑った。
「はい」
「改めまして、エイヴリル・ラブと申します」
「こちらは護衛兼侍女のアンジーです」
アンジーも静かに一礼した。
「よろしくお願いいたします」
ビルたちも慌てて頭を下げる。
「ビルです」
「シャーロットです」
「カミリーです」
エイヴリルは嬉しそうに笑った。
「お会いできて良かったです」
「どうしてもお礼が言いたくて」
⸻
話は自然と護衛任務のことへ移った。
「本当に助かりました」
「あの時はもう駄目かと思いました」
エイヴリルはそう言って笑う。
しかし。
話をしているうちに、ビルは違和感を覚え始めた。
(……あれ?)
エイヴリルは、ほとんどカミリーばかり見ている。
「カミリーさんは、ずっと槍を使われているんですか?」
「え、ええ」
「その判断力はどこで?」
「先生に……」
「素晴らしい指揮でした!」
質問は尽きない。
ビルとシャーロットは互いに目を合わせた。
(分かりやすい)
⸻
やがてシャーロットが何気なく口にする。
「私、カミリーの妹なんだ」
その瞬間。
エイヴリルの目がぱっと輝いた。
「そうなんですか!」
「子供の頃はどんな方だったんです?」
「好きな食べ物は?」
「苦手なものはあります?」
「昔から真面目だったんですか?」
質問攻めだった。
シャーロットも困ったように笑う。
「え、えっと……」
「小さい頃から真面目だった、と思う……」
「そうなんですね!」
エイヴリルは嬉しそうに頷く。
一方。
当のカミリーは落ち着かない。
「そ、そのくらいで……」
エイヴリルは思わずカミリーを見る。
目が合う。
「……!」
顔が真っ赤になった。
「す、すみません!」
慌てて視線を逸らす。
アンジーはその様子を見て、小さく口元を緩めた。
(本当に分かりやすいお嬢様ですね)
⸻
その頃。
食堂の隅では、ヤスヒコが静かに茶を飲んでいた。
誰も話しかけない。
完全に蚊帳の外である。
そこへチコが近付いてきた。
不思議そうに首を傾げる。
「ヤスヒコお兄ちゃん」
「なんだ」
「透明人間みたい」
ヤスヒコは少しだけ眉をひそめた。
「……むぅ」
⸻
カミリーが改めて口を開いた。
「紹介が遅れました」
「俺たちの師匠です」
エイヴリルは立ち上がり、丁寧に一礼した。
「初めまして、エイヴリル・ラブです」
ヤスヒコも軽く会釈する。
「臼井ヤスヒコだ」
短い。
実にヤスヒコらしい挨拶だった。
しかし。
アンジーだけは、その一瞬で違和感を覚えていた。
(立ち姿に、一切の隙がない)
目の前の男は、自分が今まで見てきた誰とも違う。
⸻
楽しい時間はあっという間に過ぎた。
日も沈み始める。
エイヴリルは立ち上がった。
「今日はありがとうございました」
「また皆さんとお話ししたいです」
「いつでもいいわよ。ね、お兄ちゃん」
シャーロットが笑う。
カミリーは少し照れながら頷いた。
「……ああ」
エイヴリルはその返事だけでまた頬を赤くする。
アンジーは苦笑しながら頭を下げた。
「失礼いたします」
二人は宿を後にした。
⸻
帰りの馬車。
エイヴリルは窓の外を眺めながら微笑んでいた。
「皆さん、素敵な方でした」
「特にカミリーさんは……」
その先は言わない。
アンジーは静かに答えた。
「お嬢様」
「あの男は化け物です」
「え?」
「ウスイ・ヤスヒコ」
「私では歯が立ちません」
「恐らく、一級冒険者でも」
エイヴリルは目を丸くした。
「でも、とても優しそうな先生でしたよ?」
「それに」
「カミリーさんの先生ですし」
言いながらエイヴリルは顔を赤くし、両頬に手を添える。
その様子を見たアンジーは苦笑するしかなかった。
⸻
その夜。
王都裏路地。
誰もいない路地裏に、不気味な魔法陣が浮かび上がる。
紫黒い光。
空気が震える。
やがて。
魔法陣の中心から、巨大な黒い影がゆっくりと姿を現した。
重い足音。
低いうなり声。
王都へ、災厄が静かに足を踏み入れていた。




