武術師範、微笑みと出会う
翌朝。
宿を出たヤスヒコは、王都冒険者ギルド本部を訪れていた。
依頼掲示板を静かに眺める。
派手な討伐依頼。
高額報酬の護衛任務。
魔物調査。
その中で、一枚だけ古びた依頼書が目に留まった。
◇◇◇
孤児院修繕依頼
依頼主 聖ベルトールズ孤児院
老朽化した建物の修繕補助
報酬 銀貨三枚
◇◇◇
ヤスヒコは迷わず依頼書を手に取った。
受付嬢は少し驚く。
「こちらでよろしいのですか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
「孤児院は職人を呼ぶ余裕もなくて……」
ヤスヒコは短く頷いた。
「行ってくる」
⸻
王都西地区。
石畳の住宅街を抜けた先。
白い塀に囲まれた小さな建物。
そこが聖ベルトールズ孤児院だった。
庭では十数人の子供達が元気よく走り回っている。
「マディお姉ちゃーん!」
「見て見て!」
「できたー!」
一人の修道女へ子供達が次々と飛びついていく。
その修道女は困ったように笑いながら、
一人、また一人と抱きしめていた。
「ふふ、みんな元気ね」
胸元が少し開いた白い修道服。
長い銀髪。
目元は薄いヴェールで隠れている。
それでも整った顔立ちだけは十分に分かった。
子供達は口々に呼ぶ。
「マディお姉ちゃん!」
彼女は笑顔のまま頭を撫で続けた。
⸻
ヤスヒコへ一人の年配シスターが歩み寄る。
「冒険者の方ですね」
「修繕をお願いしたく……」
「ああ」
案内された建物はかなり古かった。
屋根は雨漏り。
窓枠も腐りかけている。
床板も軋む。
「ここか」
「はい」
「よろしくお願いいたします……」
ヤスヒコは袖をまくる。
「任せろ」
⸻
その様子を、
少し離れた場所からマディが眺めていた。
「ふぅん……」
興味深そうに小さく笑う。
そのまま近付いていく。
「こんにちは」
「私はこの孤児院で働いております」
「マディ、と申します」
ヤスヒコは軽く会釈した。
「臼井ヤスヒコだ」
「今日は修繕依頼で来た」
「よろしく頼む」
マディは少し首を傾げる。
(……え?終わり?)
(普通ここは驚くところでしょ?)
胸元の開いた修道服。
少し色気を意識した格好。
男なら大抵、一度は目を向ける。
だが、ヤスヒコは一度も視線を逸らさなかった。
本当に何も反応しない。
マディは小さくため息をつく。
「……つまらない男ね」
「?」
「いいえ、独り言です」
ヤスヒコは特に気にする様子もなく、木材を担いで歩いて行った。
⸻
修繕は昼を過ぎても続いた。
梁を補強し、
屋根を直し、
窓枠を交換する。
子供達は興味津々で見守っている。
「すごーい!」
「お兄ちゃん力持ち!」
ヤスヒコは笑わない。
だが、質問されれば丁寧に答えた。
「これは危ない。」
「近付くな」
子供達は素直に返事をする。
「はーい!」
それを見たマディは、少しだけ目を細めた。
⸻
休憩中。
小さな男の子が転んだ。
「あっ……」
泣きそうになる。
その瞬間。
「大丈夫?」
誰より早く駆け寄ったのはマディだった。
そのまま抱き上げる。
ぎゅっと抱き締める。
「痛かったわね」
「もう大丈夫」
頬を優しく撫でる。
男の子はすぐ笑顔になった。
「えへへ」
周囲の子供達まで集まってくる。
「マディお姉ちゃん!」
「私も!」
「ぎゅー!」
「はいはい、順番、順番」
そう言いながらも、
結局全員まとめて抱き締めてしまう。
年配シスターが苦笑する。
「また始まりましたね」
「マディさんは本当に子供達に甘いんです」
ヤスヒコはその光景を見ながら一言だけ呟いた。
「子供が好きなんだな」
マディは自然に笑った。
「ええ」
「この子達は宝物ですもの」
その笑顔は、少しも演技には見えなかった。
⸻
夕方。
修繕は無事終了した。
年配シスターが深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
「子供達も安心して過ごせます」
ヤスヒコは道具をまとめる。
「依頼だからな」
子供達が一斉に手を振る。
「お兄ちゃーん!」
「また来てね!」
ヤスヒコも軽く手を上げた。
「ああ」
孤児院を後にする。
⸻
ヤスヒコの姿が見えなくなる。
マディは静かにヴェールへ手を添えた。
一人の修道女が近付く。
先程まで他のシスター達と一緒に働いていた女性だった。
誰にも聞こえない声で尋ねる。
「……いかがでしたか」
マディは小さく笑う。
「噂以上ね」
「噂以上にお人好し」
小さく笑う。
「それでいて、呆れるくらい真面目」
「そういう人間ほど厄介なのよ」
修道女は顔を強張らせる。
「邪魔になりそうですか?」
マディは孤児達が笑い合う庭へ視線を向けた。
「……まだ分からないわ」
そう答えた彼女の紅い瞳だけが、
ヴェールの奥で静かに揺れていた。




