武術師範、自立を促す
ヤスヒコが街外れの旧神殿へ向かった、その頃――
ビル、カミリー、シャーロットの三人は、王都冒険者ギルド本部の依頼掲示板の前に立っていた。
「先生がいない依頼……か」
ビルは小さく息を吐く。
昨日までなら、不安の方が大きかっただろう。
だが今は違う。
「自分たちで考え、自分たちで動け」
その言葉が三人の背中を押していた。
カミリーは掲示板を見渡し、一枚の依頼書を手に取る。
商隊護衛任務
目的地――隣町ブラクンド。
往復護衛。
「これにしよう」
静かに告げたカミリーへ、ビルとシャーロットも頷いた。
⸻
王都から隣町ブラクンドへ荷を届け、その帰路まで護衛する往復任務。
依頼自体は難しくない。
だが参加者を見て、三人は思わず息を呑んだ。
「……四級?」
「五級もいるのか」
筋骨隆々の戦士。
巨大な斧を背負う男。
歴戦を思わせる女剣士。
王都では見慣れた顔なのだろう。
互いに軽口を叩き合っている。
その中で七級は三人だけだった。
「おい」
一人の五級冒険者が笑う。
「荷物持ちが来たぞ」
周囲から失笑が漏れる。
「七級なら後ろで荷車でも押してろ」
ビルは拳を握った。
だがカミリーが小さく肩へ手を置く。
「今は耐えよう」
シャーロットも黙って頷いた。
⸻
商隊は王都を出発した。
王都周辺はエンターサンドとは違う。
森も深い。
魔物の数も多い。
昼過ぎ。
最初の魔物が現れる。
ゴブリン。
十数匹。
だが四級冒険者が前へ出た。
「お前らは下がってろ」
一瞬だった。
斧が振るわれる。
剣が走る。
数分もしないうちに全滅した。
ビル達の出番は無い。
⸻
その後も同じだった。
オーク。
フォレストウルフ。
見たこともない魔物。
だが全て格上冒険者が倒してしまう。
「だから七級は邪魔だって言ったろ」
ビルとシャーロットは悔しさを押し殺した。
しかし、カミリーだけは違う。
魔物の動き。
連携。
囲み方。
隊列。
全てを静かに観察していた。
「なるほど……」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「そう動くのか……」
⸻
ブラクンドへ到着。
荷物を届け終え一泊。
翌朝、王都への帰路についた。
その途中だった。
森が異様に静まり返る。
カミリーだけが違和感に気付く。
「止まって!」
次の瞬間。
森から大量のゴブリンが飛び出した。
数は三十以上。
さらに後方。
杖を持ったゴブリン。
「メイジゴブリン!」
誰かが叫ぶ。
火球が足元へ飛んでくる。
四級冒険者たちは突然の事に隊列を乱し、一瞬だけ誰も指示を出せなかった。
五級冒険者も当然対応しきれない。
商人達が悲鳴を上げる。
その瞬間カミリーが叫んだ。
「前衛は下がらない!」
「右はもっと際へ!」
「左は馬車を守って!」
「ビル!正面!」
「おう!」
「シャーロット!メイジを狙え!」
「分かった!」
誰もが一瞬驚いた。
だが、指示は正しかった。
混乱していた冒険者達も自然と従う。
ビルが前へ飛び出す。
「道を開けろ!」
剣が走る。
ゴブリン二体を斬り伏せる。
シャーロットの風魔法。
「ビル!行って!」
メイジゴブリンの杖を弾き飛ばす。
その隙を見逃さない。
ビルが踏み込む。
一閃。
メイジゴブリンは倒れた。
統率を失った群れは一気に崩れる。
残ったゴブリンも各個撃破された。
戦いは終わった。
⸻
静寂。
商隊の商人が深く頭を下げた。
「助かりました……!」
「ありがとうございました!」
四級冒険者達も三人を見る。
「さっきの指示……」
「お前が出したのか」
カミリーは少し照れ臭そうに頷いた。
「皆さんの動きを見ていました」
「一番戦いやすい形を考えただけです」
四級冒険者が笑う。
「やるじゃねえか」
⸻
その頃。
馬車の中。
商人の娘はずっとカミリーを見つめていた。
冷静に状況を判断し。
誰より落ち着いて皆を導く姿。
「……素敵」
その小さな呟きを聞いた者はいなかった。
⸻
夕方。
王都へ帰還。
完了報告にギルドへ訪れる。
受付嬢は報告書を見て驚いた。
「今回の作戦指揮……」
「カミリー様ですか?」
周囲の冒険者達もざわめいた。
「七級だろ?」
「本当か?」
四級冒険者が笑う。
「本当だ、俺達も助けられた」
王都冒険者達の、三人を見る目が少し変わった。
⸻
その夜。
宿へ戻る。
ヤスヒコは食堂で静かに茶を飲んでいた。
「戻ったか」
「はい」
「無事だったか」
「はい」
それだけだった。
ヤスヒコは小さく頷く。
「そうか」
その一言だけで十分だった。
三人は互いに顔を見合わせ、少しだけ笑った。
今日、自分たちは確かに一歩前へ進んだ。




