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武術師範は異世界でも道を示す  作者: 白玉男爵
第三章 武術師範、名を知られる
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武術師範、縁を結ぶ(後編)

神殿清掃を終えたヤスヒコは、冒険者ギルド本部へ戻っていた。


受付嬢は報告書へ目を通し、深く頭を下げる。


「ありがとうございました」


「確認いたしました、これで正式に依頼完了です」


銀貨一枚が入った小さな革袋を受け取る。


決して多い報酬ではない。


それでもヤスヒコは頷いた。


「世話になった」


受付嬢は柔らかく微笑む。


「またよろしくお願いいたします」


ヤスヒコは軽く会釈し、ギルドを後にした。



王都の街は相変わらず賑わっていた。


石畳の道。


何本にも分かれた路地。


見慣れない建物。


人の流れ。


ヤスヒコは一度立ち止まる。


「……」


静かに辺りを見回す。


「どちらだったか」


エンターサンドなら迷うことはない。


しかし王都は昨日来たばかりだ。


目印になる建物もまだ覚えていない。


適当に歩けば余計に分からなくなる。


「ふむ…」


珍しく困ったように頭を掻いた。


その時だった。


「兄ちゃん、迷ったか?」


突然声を掛けられ、ヤスヒコは足を止める。


振り向くと、一人の大柄な男が笑っていた。


短く刈り込まれた髪。


日に焼けた肌。


がっしりとした体格。


肩には荷物を担ぎ、いかにも街の人間という気さくな雰囲気を纏っている。


ヤスヒコは素直に答えた。


「……分かるか」


男は豪快に笑った。


「分かるさ」


「この辺りをキョロキョロ見回してる奴は、大体迷子だからな」


「兄ちゃん、王都は初めてか?」


「ああ」


「なるほどな」


男は腕を組みながら頷く。


「王都は無駄に広い」


「俺でもたまに迷うくらいだ」


ヤスヒコは少しだけ笑った。


「そういうものか」


「そういうもんだ」


男はニヤリと笑う。


「どこへ行きたい?」


「宿だ」


「宿?」


「昨日泊まった場所だ」


男は思わず吹き出した。


「それじゃ余計分からねぇだろ」


「宿の名前は?」


ヤスヒコは少し考える。


「……知らん」


「聞いてなかった」


男は腹を抱えて笑い始めた。


「兄ちゃん!」


「そりゃ迷うわ!」


豪快な笑い声につられて、周囲の通行人まで苦笑している。


ひとしきり笑うと、男は肩を叩いた。


「よし、俺が案内してやる!」


ヤスヒコは軽く頭を下げた。


「助かる」


「その代わり」


男は悪戯っぽく笑う。


「少し付き合え」


「付き合う?」


「酒だ」


ヤスヒコは空を見上げた。


まだ日は落ちていない。


「……まだ明るいぞ」


男は豪快に笑う。


「だからいいんだよ」


少しだけ考えた後、ヤスヒコは静かに頷いた。


「では少しだけだ」


「決まり!」


男は満足そうに歩き出した。



案内された酒場は、市場から少し離れた場所にあった。


扉を開けた瞬間。


店内から一斉に声が飛ぶ。


「おう、ロブさん!」


「今日は早いな!」


「またこんな時間から飲みに来たのか!」


「今日は違う連れか?」


店主までもが笑顔で迎える。


「ロブさん、いつもの席空いてるぞ!」


男――ロブは手を振った。


「悪い悪い」


「今日は客付きだ」


店中が笑いに包まれる。


ヤスヒコは静かに席へ座った。


ロブが向かいへ腰を下ろす。


「俺はロブ」


「兄ちゃんは?」


「臼井ヤスヒコ」


ロブは屈託のない笑顔で返す。


「そうか、よろしくなヤスヒコ!」


店主が酒を運んでくる。


「はいよ、いつもの!」


ロブは礼を言いながら杯を受け取る。


「おう、ありがとよ」


ヤスヒコが静かに口を開く。


「街の者に慕われているようだな」


ロブは照れくさそうに頭を掻いた。


「ここには長く住んでるんだ」


「顔見知りが増えただけだ」


「そうか」


「ヤスヒコは?」


「旅ばかりか?」


ヤスヒコは少しだけ考えた。


「昔はそうだった」


「今は違う」


「ほう?」


「守りたい場所ができた」


ロブは静かに頷く。


「いい顔するじゃねぇか」


その後も二人は他愛もない話を交わした。


これまでの依頼のこと。


酒のこと。


街のこと。


どちらも多くを語らない。


それでも、不思議と会話は途切れなかった。


やがて日が傾き始める。


ロブが立ち上がった。


「さて、約束だ」


「宿まで送ってやる」


「助かる」


「また縁があったら飲もうぜ」


ヤスヒコは静かに頷く。


「ああ」


宿の前まで送り届けると、ヤスヒコは軽く一礼した。


「世話になった」


「気にすんな、また会おうぜ」


「ああ」


ヤスヒコは宿へ入っていった。


ロブはその背中を見送り、小さく笑う。



王都の裏路地。


(ウスイ・ヤスヒコ……)


(報告書の特徴と一致する、武器を持たない妙な服装の男)


「あいつがグロムをねえ……」


ロブは少し考え、笑い飛ばした。


「はっはっは!面白ぇ男だ!」


その時だった。


「団長」


背後から落ち着いた声が響く。


「見つかっちまったか……」


ロブは憂鬱そうに振り返る。


一人の騎士が恭しく頭を下げ、大切そうに畳まれたマントを差し出していた。


「ええ、ようやく見つけました」


「会議のお時間です」


ロブは苦笑しながら受け取る。


「飲む時間くらい、好きにさせろってんだ」


そうぼやきながら肩へ羽織る。


夕風が吹く。


翻ったマントの背には――


第四騎士団の紋章が、静かに刻まれていた。

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