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武術師範は異世界でも道を示す  作者: 白玉男爵
第三章 武術師範、名を知られる
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武術師範、縁を結ぶ(前編)

翌朝。


窓から差し込む柔らかな朝日が部屋を照らしていた。


階下からは香ばしいパンの焼ける匂いと、少女の元気な声が聞こえてくる。


「お母さん! スープできたよ!」


「ありがとう、チコ」


四人が食堂へ降りると、昨夜迎えてくれた女将が微笑んだ。


「おはようございます」


「よく眠れましたか?」


少女も満面の笑みで駆け寄る。


「お兄ちゃんたち、おはよう!」


「今日はお仕事?」


ビルが笑って頷く。


「ああ、頑張ってくるよ」


食後。


「いってらっしゃい!」


チコは小さく手を振った。


女将――マールも穏やかに頭を下げる。


「お気を付けて」


どこにでもある朝。


豪華ではない。


けれど温かな時間だった。



朝食を終えた四人は王都冒険者ギルド本部へ向かった。


昨日と変わらず広間は賑わっている。


依頼掲示板の前には多くの冒険者が集まり、次々と依頼書を剥がしていた。


ビルたちが依頼を探している間、ヤスヒコは静かに掲示板を眺める。


一枚の依頼書へ視線が止まった。


◇◇◇


街外れ旧神殿清掃


依頼主 王都神殿管理局


報酬 銀貨一枚


長期間放置につき清掃希望


◇◇◇


ヤスヒコは迷わず依頼書を手に取った。


受付へ差し出す。


受付嬢は依頼書を見るなり驚いた。


「こちらでよろしいのですか?」


「ああ」


「ありがとうございます……」


その声には、心からの安堵が滲んでいた。


「この依頼、本当に誰も受けてくださらなくて……」


その様子を見ていた周囲の冒険者たちが笑う。


「おいおい」


「六級のくせに掃除かよ」


「王都まで来て銀貨一枚とは、母ちゃんが泣くぜ」


「もっと稼げる依頼はいくらでもあるぞ」


笑い声が広間に響く。


ヤスヒコは気にも留めない。


依頼書を受け取り、そのまま踵を返した。


受付嬢だけが深く頭を下げる。


「本当にありがとうございます」


「助かります」


ヤスヒコは短く答えた。


「困っている者がいるなら、手を貸すだけだ」



その様子を見ていたビルたちが駆け寄る。


「先生」


「俺たちも手伝います」


シャーロットも頷く。


「掃除ならすぐ終わるでしょ?」


カミリーも口を開く。


「人数が多い方が効率も上がります」


ヤスヒコは静かに首を横へ振った。


「必要ない」


三人は顔を見合わせる。


「お前たちには昨日言ったはずだ」


「自分たちで考え、自分たちで動け」


「今日はその一日目だ」


ビルは少し悔しそうな顔をした。


だがすぐに表情を引き締める。


「……分かりました」


「俺たちだけで行ってきます」


「ああ、行ってこい」


三人は依頼掲示板へ向かって歩いていった。


ヤスヒコはその背中を一瞬だけ見送り、自分も神殿へ向かった。



王都の喧騒を離れるにつれ、人影は少なくなっていった。


やがて、小さな石造りの神殿が見えてくる。


決して立派ではない。


蔦が壁を覆い、入口には落ち葉が積もっている。


扉を開く。


静寂。


薄暗い堂内。


祭壇の奥には、一体の神像が静かに佇んでいた。


ヤスヒコは黙って箒を手に取る。


落ち葉を集める。


蜘蛛の巣を払う。


床を磨く。


一つひとつ。


丁寧に。


誰に見られるわけでもない。


誰に褒められるわけでもない。


それでも手は止まらない。


気が付けば昼を過ぎていた。


窓から差し込む光が、掃除を終えた床へ静かに反射する。


ヤスヒコは布で神像の埃を拭き取った。


白い石肌が少しだけ輝きを取り戻す。


静かな空間だった。


箒を立て掛け、祭壇の前へ立つ。


両手を合わせる。


特別な願いはない。


ただ、一礼するだけだった。


立ち上がり、神殿を振り返る。


転生してからの日々が、ふと頭をよぎる。


エミリア。


ビル。


カミリー。


シャーロット。


ガレス。


ギルドの冒険者達。


エンターサンドの街。


昨日出会ったマールとチコ。


知らぬ間に、この世界の人々と深く関わってきた。


ヤスヒコは小さく笑う。


「……俺も、この世界に馴染んだものだ」


静かに神殿を後にする。


その背中が見えなくなった頃――


祭壇に立つ神像の口元が、ほんのわずかに微笑んだ。


だが、その変化を知る者は誰もいなかった。

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