武術師範、宿を決める
一週間後。
メタリア王国王都――マスティアパペルツ。
四人は昼過ぎに王都へ到着した。
高くそびえる白い城壁。
石畳がどこまでも続く大通り。
行き交う馬車。
露店から漂う香辛料の香り。
武具を身に着けた冒険者。
制服姿の騎士たち。
その全てが、エンターサンドとは比べものにならない。
「でっけぇ……」
ビルが思わず声を漏らした。
シャーロットも周囲を見回す。
「人も多いし、お店もいっぱい」
カミリーは地図を広げながら静かに呟く。
「王都の人口はエンターサンドの何十倍とも言われている」
「道に迷わないよう気を付けよう」
ヤスヒコは変わらぬ足取りで前を歩いていた。
「まずはギルドだ」
三人は慌てて後を追う。
⸻
王都冒険者ギルド本部。
巨大な建物だった。
吹き抜けの広間には数え切れないほどの冒険者が集まり、受付には長蛇の列ができている。
「すご……」
ビルは思わず立ち止まる。
受付で手続きを済ませると、職員が資料を確認しながら口を開いた。
「ウスイ・ヤスヒコ様ですね」
「ガレス様より推薦状を受け取っております」
「五級昇格審査は一ヶ月後になります」
「一ヶ月か」
「申し訳ありません」
「現在、審査待ちの冒険者が多く……」
ヤスヒコは首を横へ振った。
「構わん」
職員は続ける。
「その間は通常通り依頼を受けていただいて問題ありません」
「同行のお三方も同様です」
手続きを終え、四人はギルドを後にした。
⸻
「一ヶ月もあるんですね」
ビルが言う。
「その間、どうしますか?」
ヤスヒコは歩きながら答えた。
「まずは宿を決める」
「それから考える」
「先生らしい」
シャーロットが苦笑する。
⸻
大通りを歩いていると、小さな声が聞こえた。
「お宿どうですか!」
四人が振り向く。
まだ十歳にも満たない少女だった。
買い物籠を抱え、一生懸命声を張っている。
「お部屋空いてます!」
「ご飯も美味しいです!」
「お願いします!」
必死さだけが伝わってくる。
ビルは思わず笑った。
「こんな小さい子が客引きしてるのか」
少女は胸を張る。
「うちはお母さんと二人だから!」
「頑張らないといけないの!」
ヤスヒコは静かに尋ねた。
「案内してくれるか」
少女の顔がぱっと明るくなる。
「うん!」
⸻
案内された宿は、大通りから少し外れた場所にあった。
決して大きくはない。
建物も古い。
看板も少し色褪せている。
豪華とは程遠い。
だが庭先は綺麗に掃き清められ、入口にも花が飾られていた。
少女が元気よく扉を開ける。
「お母さーん!」
「お客さん!」
奥から一人の女性が姿を見せる。
「いらっしゃいませ」
「娘がお世話になりました」
柔らかな笑顔だった。
宿の中も華美ではない。
木造の床。
年季の入った机。
壁には修繕の跡もある。
それでも隅々まで掃除が行き届いていた。
ビルは小さくヤスヒコへ耳打ちする。
「先生」
「せっかく王都まで来たんですし、もっと立派な宿も見てみませんか?」
ヤスヒコは周囲を見渡し、一言だけ告げた。
「いや、ここにする」
「えっ?」
「一ヶ月世話になる」
女将は驚いて目を丸くする。
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
「ありがとうございます!」
「やったぁ!」
少女も飛び跳ねるように喜んだ。
⸻
夕食。
食卓へ並んだのは豪華な料理ではない。
温かなスープ。
焼き魚。
パン。
野菜の煮込み。
どれも素朴だった。
だが、どこか懐かしい味だった。
食後、ビルは改めて尋ねる。
「先生」
「どうしてこの宿に決めたんです?」
ヤスヒコは湯飲みを置く。
「宿は眠れれば十分だ」
カミリーは少し笑って続けた。
「それだけですか?」
「一ヶ月世話になる」
「世話になる相手は、建物じゃない」
「人だ」
三人は静かに頷いた。
⸻
しばらく沈黙が流れた後、ヤスヒコが口を開く。
「明日から依頼を受けてこい」
ビルは当然のように聞き返す。
「先生も一緒ですよね?」
「いや、俺は同行しない」
三人が同時に顔を上げる。
「え?」
「ここは王都だ」
「格上の冒険者が大勢いる」
「だからこそいい経験になる」
ヤスヒコは静かに続けた。
「考えるのは俺じゃない」
「お前たちだ」
カミリーは真剣な表情になる。
「つまり、自分たちだけで依頼をこなせ、と」
「ああ、困った時だけ来い」
短い言葉だった。
だが三人には十分伝わった。
ビルは拳を握る。
「分かりました、やってみます」
シャーロットは笑う。
「絶対、先生を驚かせるんだから」
カミリーは静かに頷いた。
「まずは情報収集から始めよう」
ヤスヒコはそれ以上何も言わなかった。
もう教える段階ではない。
歩くのは、自分たちの足だった。
⸻
夜。
王城最上階に黒い鳥が飛んでくる。
一人の女性が窓辺に立ち、王都の灯を静かに見下ろしていた。
その視線は街へ向けられている。
やがて、小さく呟く。
「……来たわね」
その声は、夜風に溶けるほど静かだった。
しばらく街を見つめた後、女性は目を閉じる。
「ふふ……」
月明かりが横顔を照らす。
その刹那、紅い瞳が静かに輝いた。




