武術師範、王都へ向かう
一年が過ぎた。
季節は巡り、エンターサンドの街にも穏やかな日々が流れていた。
あの日、九級冒険者へ昇級したビル、カミリー、シャーロット。
三人は依頼を積み重ね、経験を積み、周囲も驚くほどの速さで実力を伸ばしていった。
薬草採取。
護衛依頼。
討伐依頼。
難易度の高い依頼にも挑戦し、一つひとつ着実に成果を積み重ねる。
そして今では、三人そろって七級冒険者。
エンターサンドでも名の知られた若手冒険者となっていた。
その成長を誰より近くで見守ってきたヤスヒコもまた、六級冒険者として数多くの依頼をこなし続けている。
今日、四人は初めて王都への旅路につく。
目的地は――メタリア王国王都、マスティアパペルツ。
五級以上の昇級審査は、王都にある冒険者ギルド本部でしか受けられない。
何度も打診されながら先延ばしになっていたヤスヒコの五級昇級審査。
そして、七級となった三人にとっても初めて訪れる王都だった。
⸻
街門ではガレスが腕を組んで待っていた。
「ようやく王都へ向かう気になったか」
ヤスヒコは軽く頷く。
「依頼が途切れなかったからな」
ガレスは苦笑した。
「それだけ街の者がお前を頼りにしていたということだ」
「護衛も討伐も薬草採取も……気が付けば、お前を指名する依頼ばかりだった」
ヤスヒコは静かに答える。
「ありがたい話だ」
「そうだな」
「だが、こちらとしては少々困っていた」
ビルたちが首を傾げる。
「何かあったんですか?」
ガレスは穏やかに笑った。
「五級昇格の推薦は、ずいぶん前から本部へ提出していた」
「本来ならもっと早く王都で審査を受けてもらいたかったんだ」
シャーロットが驚く。
「そんな前からだったの?」
「そうだ」
「だが、お前たちも知っての通り、ヤスヒコへの依頼は途切れない」
「本人も街を空けようとはしなかったからな」
ヤスヒコは淡々と言う。
「困っている者を無下には出来ん」
ガレスは小さく笑った。
「分かっているさ」
「だから今回は、皆で相談して依頼を分担した」
「安心して王都へ行ってきてくれ」
ヤスヒコは静かに頷いた。
「ああ」
その様子を見ていたビルが笑う。
「先生、ギルドのみんなに心配されてるんですね」
ガレスは肩をすくめた。
「心配というより、ようやく行ってくれるかという気持ちだな」
周囲で見送りに来ていた冒険者たちから笑いが起こる。
「王都でも暴れてこいよ!」
「帰ってきたら土産話を聞かせろ!」
「五級になって戻ってこい!」
ヤスヒコは短く答えた。
「期待はするな」
「おいおい、相変わらずだな!」
誰もが笑顔だった。
⸻
四人は街道を歩き始める。
一年前。
同じ道を歩いていた頃とは景色が違って見える。
ビルは空を見上げた。
「王都かぁ」
「楽しみだな」
シャーロットも頷く。
「どれくらい大きいんだろう」
カミリーは地図を見ながら答えた。
「エンターサンドの何倍もあるらしい」
「冒険者ギルド本部も王城の近くだとか」
「すげぇなぁ」
ビルが目を輝かせる。
その少し前を、ヤスヒコはいつも通り静かに歩いていた。
歩幅も変わらない。
歩調も変わらない。
一年経っても、その背中は変わらなかった。
⸻
昼過ぎ。
街道の両脇を囲む森へ差しかかった時だった。
ガサッ。
草むらが揺れる。
続いて低いうなり声。
ビルは立ち止まった。
「来る」
森の中から三頭のフォレストウルフが姿を現した。
牙を剥き、ゆっくりと距離を詰めてくる。
一年前。
この魔物を前に、三人は逃げ惑うことしかできなかった。
だが今は違う。
ビルが剣を抜く。
その隣でカミリーが静かに周囲を見渡した。
魔物の位置。
木々の間隔。
退路。
三頭の動き。
一瞬で確認する。
「ビル、正面を頼む」
「ああ」
「シャーロットは後ろ」
「任せて」
「右は俺が抑える」
短いやり取り。
一年間、幾度となく依頼を共にした三人に、もう説明は必要なかった。
ヤスヒコは少し離れた場所で立ち止まり、静かに腕を組む。
もう指示を出す必要はない。
⸻
一頭がビルへ飛びかかる。
ビルは半歩踏み込み、真正面から受け止めた。
重い衝撃。
だが身体は揺れない。
「そこだ!」
剣を払い上げ、体勢を崩す。
同時に二頭目が横へ回り込む。
「右だ」
カミリーの槍が伸びた。
狙ったのは急所ではない。
鼻先をかすめる一突き。
フォレストウルフは反射的に進路を変える。
その動きを見てカミリーが短く告げる。
「まだ撃つな」
シャーロットは魔法を構えたまま待った。
焦らない。
相手が完全に止まる、その瞬間を待つ。
三頭目がビルの死角へ回り込もうとした。
カミリーは槍を横へ払う。
進路を塞ぐだけ。
魔物は足を止める。
「今だ」
「ウィンドカッター!」
風刃が地面を裂く。
足元を失ったフォレストウルフが体勢を崩す。
そこへビルが踏み込む。
「はぁっ!」
一撃。
二撃。
無駄のない剣筋。
最後の一頭だけが残る。
カミリーは静かに位置を変えた。
「左へ追い込め」
ビルが右へ回る。
シャーロットが正面を塞ぐ。
自然と逃げ道は一つだけになる。
逃げようとしたその瞬間。
カミリーの槍が足を払った。
転倒したフォレストウルフへ、ビルの剣が振り下ろされる。
戦いは終わった。
数分も掛からなかった。
森は再び静けさを取り戻した。
⸻
ビルは剣を納める。
「終わったな」
シャーロットが笑う。
「危なげなかったわね」
カミリーは静かに頷いた。
「連携も乱れなかった」
三人は自然と魔物の前へ歩み寄る。
手を合わせる。
「……ありがとう」
生きるために戦った命へ。
短い黙祷を捧げる。
その様子を少し離れた場所から見ていたヤスヒコは、小さく頷いた。
「……成長したな」
三人が振り返る。
ヤスヒコはビルを見る。
「踏み込みが安定した」
次にシャーロットへ。
「魔法を急がなくなった」
最後にカミリーへ視線を向ける。
「周りが見えるようになった」
「仲間を動かすことも覚えたな」
カミリーは少し驚いたように目を見開き、照れくさそうに頭を下げた。
「……ありがとうございます」
ビルが笑う。
「先生に助けてもらわなくても倒せました」
ヤスヒコは静かに答えた。
「ああ」
「よく動けていた」
一年前。
同じフォレストウルフを前に、何もできなかった三人。
その姿はもう、どこにもなかった。




