EX4 静かに動く歯車
夜。
灯りを落とした静かな一室。
窓の外には、月だけが淡く夜空を照らしていた。
部屋の中央。
一人の男が机へ向かい、積み重ねられた報告書を静かに読み進めている。
その表情は影に隠れ、窺うことはできない。
一枚の報告書へ目が止まる。
◇◇◇
メタリア王国内
魔族らしき存在を目撃したとの噂あり
真偽は未確認
現在も調査継続中
◇◇◇
男は無言のまま紙を机へ戻した。
やがて低く呟く。
「……人間の国で、か」
部屋の隅で控えていた部下が一歩前へ出る。
「各地で同様の噂が確認されています」
「ですが、証拠となるものは何一つありません」
男は静かに目を閉じた。
焦る様子もない。
怒る様子もない。
ただ事実だけを整理するように口を開く。
「噂だけで動けば、こちらの存在も知られる」
短い沈黙。
「監視を続けろ」
「接触はするな」
部下は深く頭を下げた。
「承知いたしました」
男は静かに顔を上げた。
遥か彼方。
夜の向こうに広がる人間たちの世界を見つめるように。
「……まだ、その時ではない」
その一言だけが静かに響いた。
部下は何も尋ねない。
その言葉の意味を理解しているからだ。
一礼すると、音もなく部屋を後にした。
静寂が戻る。
男は机の上へ視線を落とした。
そこには各地から集められた数多くの報告書。
人間たちの動向。
各国の情勢。
日々変化していく世界の記録。
男は一枚ずつ静かに目を通していく。
「……人間も、動き始めたか」
誰へ向けるでもない独り言。
報告書を閉じる音だけが部屋へ響いた。
古くから、人と魔族は争い続けてきた。
それは誰もが知る歴史。
だからこそ、人間の国で魔族を見たという噂は、小さなものであっても決して見過ごせるものではなかった。
夜は静かに更けていく。
男は窓の外へ視線を向ける。
月明かりが、その紅い瞳を静かに照らした。
世界のどこかで、一つの歯車が静かに回り始めている。




