EX3 受付嬢の報告書
エンターサンド冒険者ギルド。
夕方。
昼間まで賑わっていた受付も静かになり、建物の中には紙をめくる音だけが響いていた。
受付嬢エミリアは、机の上へ積み上げられた依頼報告書を一枚ずつ整理していく。
討伐依頼。
採取依頼。
護衛依頼。
失敗報告。
成功報告。
毎日何十枚と目を通す仕事だった。
その中に、一枚の報告書があった。
◇◇◇
冒険者名 ウスイ・ヤスヒコ
依頼達成
護衛対象、負傷なし
被害なし
依頼人記入欄:高評価
◇◇◇
エミリアは小さく微笑んだ。
「……またですね」
思わず口から漏れる。
彼の報告書には、いつも余計な言葉がない。
必要最低限。
淡々としている。
けれど、その一枚一枚を積み重ねると、不思議なことが見えてくる。
⸻
薬草採取。
荷馬車護衛。
迷子の捜索。
街道の巡回。
モンスターの討伐。
行商人の護衛。
どれも特別危険な依頼ではない。
英雄譚になるような大仕事もない。
それでも依頼達成率は極めて高い。
依頼主から苦情が入ったこともほとんどない。
むしろ、
「またあの人にお願いしたい」
そんな言葉が報告書へ添えられることが多かった。
⸻
エミリアは別の書類を取り出す。
ギルド内部評価。
【六級昇級審査資料】
そこには審査官の記録が並んでいた。
戦闘能力は十分。
状況判断能力に優れる。
依頼達成率は極めて良好。
依頼主からの信頼が厚い。
後進育成への貢献を確認。
最後の一文で、エミリアは自然と笑みを浮かべた。
「後進育成……」
あの三人が冒険者登録に来た時。
――仲のいい三人組。
でも、少し危なっかしい。
最初に抱いた印象は、それだけだった。
⸻
だが今は違う。
ビル。
カミリー。
シャーロット。
受付へ来るたびに三人は少しずつ変わっていった。
挨拶ができるようになった。
依頼内容を真剣に聞くようになった。
何より、
依頼主から感謝される冒険者になっていた。
⸻
「先生のおかげです」
今日もビルはそう言って笑っていた。
だが当の本人は、
「そうか」
としか答えない。
自分の手柄にすることなど、一度もなかった。
⸻
エミリアは新しい報告書を綴じる。
依頼達成者。
ビル。
カミリー。
シャーロット。
三人の名前を見る。
その隣には、
同行者 ヤスヒコ
と書かれていた。
ふと、ペンが止まる。
「同行、ですか」
依頼書にはそう書かれている。
だが実際は違う。
最近のヤスヒコは、ほとんど戦わない。
後ろから見守り、
必要最低限しか口を出さない。
それでも三人は成長していく。
冒険者は魔物を倒せば育つわけではない。
自分で考え、
仲間を信じ、
失敗を積み重ねて育っていく。
そのことを、ヤスヒコは誰より理解しているのだろう。
⸻
窓の外を見る。
夕日が街を赤く染めていた。
今日もまた、冒険者たちが帰ってくる。
傷だらけの者。
笑顔の者。
悔しそうな者。
その中には、今日九級へ昇級した三人の姿もあった。
少し誇らしげに新しい冒険者証を見つめるビル。
隣で笑うシャーロット。
静かに二人を見守るカミリー。
そして、その少し前を歩くヤスヒコ。
いつもと変わらない背中。
何かを誇ることもない。
振り返ることもない。
ただ静かに歩いている。
⸻
エミリアは小さく息を吐き、報告書を閉じた。
ヤスヒコという冒険者は、強いから信頼されているだけではない。
依頼を必ず果たし、
人を育て、
街を守り、
その積み重ねを決して誇らない。
だからこそ、多くの人が安心して彼に仕事を任せるのだ。
ギルドにとっても、この街にとっても、かけがえのない冒険者。
それが、エミリアの知るヤスヒコという男だった。
エミリアは報告書を保管棚へ静かに収め、受付へ戻った。
ちょうどその時、扉が開く。
「ヤスヒコさん」
「皆さん」
「お帰りなさい」




